表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/168

糸の杖と、暗い欲望

「糸の杖、カミ族の作った道具だな」


 タロスもマリーも、その目を見開いて戦慄していた。

 禁断の魔法、その効果を自分の眼で見た二人は驚愕を隠せない。

 生命の在り方さえ容易く操作できる、禁断の魔法。その存在を知る者は、単なるまやかしだとは考えない。


「はい、カミ族が生み出し、遺失した道具のうち一つです」


 自らも禁断の魔法の管理を任されているアンドラは、厳粛に応じていた。

 カミ族の叡智が生み出す、数多の道具の数々は、便利や不思議と言う言葉に収まるものではない。

 人間を含めたあらゆる種族の中でも、最も抜きんでた存在だ。生物という枠に収まるかも怪しい。


「魔剣に関しては、語るまでもありません。アレもまた長らく魔王領から離れていた遺失物でした。とはいえ、その所在は常に知られていましたし、保管も万全。奇しくも魔王様の手に戻りましたが、そもそもアレはカミ族にしか使えないようにされています。また、仮に使用できるカミ族がいたとしても、単独では意味を持ちません」


 始まりの魔剣アイン。

 魔王自らが友に送るために、詩作として作った剣。

 伝説の武器を支配する力を持ち、起こし、眠らせる力を持っている。

 しかし、カミ族にしか使えぬ武器であり、仮に使用できたとしても単独では意味を持たないものだった。

 魔王シルファーの血を継ぐバイル王国が、多くの伝承を残しながら、多くの国に畏敬を持たれつつそれを保管していた。

 その保管が乱されたことによって、数奇な運命と共に本来の主の元に戻ったことは皮肉である。


「ですが、他にも遺失した魔法は存在します。糸の杖もまたその一つ」


 悪魔族、人間がそう呼ぶ彼らの中でも、実際にそうとしか思えない者もいる。

 稀にではあるが、悪意の道具を産み出し、流出させる者もいる。

 いずれ自滅する、愚かな


「糸の杖は、知恵ある者を支配する力を持った杖。その杖を持つ者は、光の糸玉を対象に当てることで、その心を支配します」

「なんで、そんなもの放置した?」

「そうです、余りにも危険では……」

「カミ族の、その……在り方でしょう」


 長命種である魔人、ミミ族にもヨル族にもなんとなくわかる理屈。

 そして、短命の者には理解できない理屈だった。


「放置しても、問題ないだろうと」



「ここが、魔王の領地か」


 十人ほどの男女を連れた男が、一メートルほどの長さのある杖を手に、朝焼けの空の下で森を前にしていた。

 彼の名はジャック。茶色の髪をした、ある意味一般的な人間である。

 それなりに資産のある、成功している商家に生まれた彼は、ある日倉庫に眠っていた道具を手にする。

 その正式名称は『糸の杖』だったのだが、しかし彼はその杖を『支配の王笏』と呼んでいた。

 どこかの誰かが死んだ後、その杖がその家にしまい込まれ、更にその家が没落した折に売りに出され、流れ流れて彼の手元にはその杖が収まっていた。


「ここには、夢魔族、森魔族、悪魔族……永遠の命を持った魔人がいる……!」


 その杖の効果を知ったものは、悪意のままに使用するか、あるいは破壊を試みる。そして、カミ族の作り上げた物はどんなに脆弱に見えても、尋常の方法では破壊できない。

 正しい使い方がわからないなら、放置されるだけ。だからこそ、この杖は彼の手に収まった。


「半鳥族もいいな……ああ、此処にはまだ知らない女がいる」


 彼はたまたま偶然、その杖を使うことができた。

 そして、実家の金を持てるだけ奪って逃げた。

 その杖は彼の望むままにおとこおんなを手にしていった。

 それが正しいのか、間違っているのか。そんなことは些細である。

 彼は自分の手にした力を、好きなように扱っていった。


「男なら、巨人族も鬼人族も剛人族もいい……もう誰も俺に逆らえない」


 しかし、途中で彼は飽きてしまった。

 無理もない話である、彼はそれなりに利口だったし、それなりに分をわきまえていた。

 糸の杖は、単純にゆったりとした速度で移動する、光る糸玉を相手にぶつけることで支配する。

 当たりさえすれば男だろうと女だろうと、完全に支配することができた。

 だが、問題はそこである。糸の杖は人間が使うにはやや小さい代物だが、それでも凶器として使うには十分な大きさがある。

 まして、その光の玉は使用者にだけ見えるような、そんな都合のいい代物ではない。加えて、同時に数名を操ることができるというわけでもない。

 仮に衆人環視の下で使用し、貴人を支配下に置こうものならば、それはジャックの自滅を意味していた。

 であれば、彼が操ることができる状況に追い込める相手には、当然上限があった。

 金が尽きたなら奪わせればいいが、それはそれで足がつく可能性もあった。

 人間、楽を憶えればより一層の楽を求めるものである。素晴らしいものをあっさり手に入れると、どんどん欲しいものの水準が上がっていく。


「悪魔族は不思議な道具を作れるっていうし、もしかしたらこの杖もそのうちの一つかもな」


 彼は確信していた。

 人の心を操る力こそ最強だと。

 人を意のままに操ることができるなら、それは不可能なことがないのと同じである。

 だが、もっと欲しい。

 もっともっと、色々なものが欲しい。


「食料も、武器も、その他の野営用の装備も整っている」


 彼は護衛用の男と、自分用の女を連れて、森の中に入っていく。

 この魔王の支配する土地の、全ての知恵ある者を支配するために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ