ケンカと、ケンカの作法
「良かったです」
「何がだ」
「タロス王が、畏れられながらも慕われていることが」
寄生虫とかが怖いので、良く焼けた部分だけをマリーには食べさせていた。
それはそれで、ビタミンとかが失われるのだが、栄養バランスは家でとろう。
健康的な食事は、まず安全からだ。
「そうか……そうだな」
「ええ、いいことです」
周囲を見れば、そこにはお腹の大きい女性もいる。
時期から考えれば、戦争で夫が死んだ未亡人なのかもしれない。
もちろん、この村の誰か、という可能性もあるのだが。
仮に彼女が夫を失っていなくても、他の誰かはきっと夫を失っている。
戦争とは、そういうものだ。
それを俺は知っているし、魔王はもっと知っている。
だからきっと、まだ誰も殺していない、殺させていないアレックス君を止めたんだろう。
自分の造った武器で、誰かが誰かを殺す哀しみを、彼は知っているに違いない。
まあ、それはそれで国家の元首としてどうかと思うのだが。
「おら!」
「やんのか!」
と、することがなくなったからだろうか、ケンカが始まった。
空腹が満たされて余裕ができると、知恵ある者は暇になって相争うのだろう。
単に女の取り合いかもしれないが、それはそれで俺は彼らを馬鹿にできない。
女の奪い合いで、騎乗して襲い掛かってきたエリック君を、俺は落とし穴で迎え撃ったからなぁ……。失敗した時の為に伏兵も潜ませていたし。
フェアプレーの精神がある分、大分彼らの方がましだった。
「おおっ、いいぞ!」
「やれやれ、やっちまえ!」
「負けるんじゃねえぞ!」
実際、見世物としては皆が喜んでいるので合格である。
分かりやすいのが一番だ。
「マリー、血なまぐさいから見ない方が……」
「いいえ、大丈夫です」
気を遣おうとしたら、気丈にも断ってきた。
よく考え得てみれば、彼女は武術の大会で優勝した者が夫になると教えられてきたから、その分流血には強いのかもしれない。
そもそも、俺自身が血なまぐさい男だしな……。
「それにしても」
「なんだ?」
「凄い迫力ですね」
それはそうだろう。
別に数十メートルもあるわけではないが、筋肉ムキムキで三メートルある大男が二人で殴り合っていたら、そりゃあ怖い。
大型ゴリラと大型ゴリラの正面衝突は、檻がないのだから迫力も満点だ。
とはいえ、言っては何だが……人間の格闘技の試合ほど悲惨なことにはならない。
ルールはないが、暗黙の了解はどこにでもあるのだ。
「おらあ!」
「こらぁ!」
なんというか、声だけは日本のチンピラにも出せると思うのだが、言うまでも無くどっちもスーパーヘビー級。
人間の首など簡単に砕く力で、しかし同種族と言うことで拮抗していた。
力の限り、相手の顔を思いっきり殴る根性比べである。
「なあ、タロス王」
そんな俺の所に、髭の生えそろい始めた若い巨人が現れた。
なんというか、軽く酒が入っているからだろうが、俺を見下しているようだった。
ふと見れば、若い衆がはやし立ててもいた。
「おい、ゴリアテ! タロス王に失礼だろう!」
「長老、いいじゃねえか。タロスだって俺の歳には王だったんだろう?」
仮にも自分たちの王に対して、呼び捨てとは何とも挑戦的である。
とはいえ、この兄ちゃんの言っていることも御尤もだった。
俺もだいぶ無理を言って、王を決める戦いに参加したものである。
まあ、メザほどに無理だったわけではないが、無理は無理だった。
「なあ、タロス。俺が勝ったら、その斧を俺にくれよ」
「やめろ、ゴリアテ! せっかくタロス王が来てくれたというのに!」
軽くアイコンタクトすると、アンドラがマリーを後方へ避難させてくれた。
これはもう完全にケンカする空気である。
「何言ってんだ、長老! 俺はもう強いんだぜ?!」
「馬鹿言うな、タロス王はな……!」
「いいだろう、相手をしてやる」
ここで受けるのも王の務めである。
負けたら負けたで、その時は慰めてもらうとしよう。
その時は、よりふさわしい王が誕生したということで、後進に道を譲るだけである。
「全員下がれ、肉もどっかに置け」
「わかってるじゃねえか」
立ち上がった俺を、不敵に見上げるゴリアテ。
その眼には、若さゆえの傲慢が浮かんでいた。
この眼を、昔の俺もしていたのだろうが。
そう思うと、何とも微笑ましい。
「おい、やべえぞ!」
「タロス王がケンカだと!」
「おい、肉どかせ!」
さて、隣に座っていた長老を含めて、村人が避難した。
結果的に、此処がリングとなったわけである。
俺は皆から見やすいように、比較的焚火に近いところへ行く。
それを見て、ゴリアテも俺から少し離れたところに立って、拳を振り上げていた。
「ダイ族の王は……俺だあああ!」
「いいぞ、やっちまえ!」
「これでその斧はお前のもんだ!」
「あの肉も食い放題だぜ!」
殴りかかってくるゴリアテ。
何とも典型的なことに、分かりやすすぎるテレフォンパンチ。
さて、言うまでも無いことだが……俺が普通に殴り合ったとする。
まず確実に、俺が勝つだろう。なにせ、身長と体重が違うのだ。
目の前の兄ちゃんも三メートルに届かないぐらいで、体重も相応にあるのだが、生憎俺の方が大きくて重い。
素人同士で殴り合えば、よほどの事故でも起きないと結果は印象通りになる。
打撃格闘技で階級と言うものがあるのは、つまりそれだけ体重差というものが意味を持つからだ。
だからと言って、俺がこのまま無策で殴り合う、と言うことはない。
怪我をすることは面白くないし、如何に劣るとはいえ巨人族に殴られれば痛いのだ。
「意気込みは良いが、ゴリアテ……」
しかし、言うまでも無いが……子供とケンカするのだから、相応の手加減が求められることも事実である。
「勢いだけで俺に勝てると思ったら、大間違いだ」
俺は軽く拳を構えて、獰猛に笑った。
手加減はするが、容赦をするつもりはないのだから。
俺が普段横柄に振る舞うのは、それが王として必要なことだからである。
そして、目の前のガキはその威厳に挑んだ。相応の痛みは受けてもらう。
知るがいい、若造。
知っている、と言うことの強さを。




