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子供の心無い言葉と、老人の温かい言葉

 思わず、眼を閉じたくなるほどの匂いだった。

 森魔族が口元も常に布で隠しているのだが、それをこちらもやりたい気分だった。

 しばらく文明に浸っていたからか、この辺りの匂いは刺激が強い。

 多分畜舎とかでもここまで酷くないと思われる。少なくとも、先進的な畜舎なら家畜を病死させないために、衛生には気を使うからな。

 森のすぐ脇にある山、その穴の中に巨人族の集落がある。

 流石にそこいらじゅうに糞尿がまき散らされているとか、そんなことは流石に無いが……まあ、気分のいい場所ではなかった。


「あ、タマナシだ」

「母さん、ヒゲナシがいるよ!」

「本当に髭がないや……女みたい!」


 そして、マリーよりも少し小さいぐらいの幼児が的確に俺の心を抉っていく。

 髭を伸ばしていることがカッコいいとは思わないが、それはある意味巨人族の文化だし、俺の方がおかしいともわかっている。

 でも、子供にタマナシとかヒゲナシとか言われると、結構傷つく。

 本心から馬鹿にしてくるので、無邪気さが心に突き刺さるのだ。


「馬鹿か、お前ら! ちょっと黙ってろ!」

「え、だって父ちゃんは何時も……」

「肉持ってきてくれた王に、何を言ってやがるんだ!」


 そうだよね、肉の力だよね。

 お前ら普段から俺の事をそう言って馬鹿にしてるのは知ってるっての。

 でも、涙がこぼれそうです。


「長老、今日は厄介になる」

「うむ……よう来てくれたな! 今日は宴だ!」


 ちらり、と俺の足元にいるマリーを見て、やや残念そうになりながらも長老は笑っていた。

 大人の気遣いが、今日はありがたかった。

 そういうことなんで、今日の所は嫁を押し付けてこないでくれ。


 なんだかんだ言って、マリーの提案通りに結婚式をしたことで、周囲へのけん制にはなっていた。

 諸王を除いてほぼすべての氏族が、魔王に対して慣習以外の敬意を持っていない。

 父ちゃんや爺さんが言う事聞いているから、俺も……。

 という惰性の忠誠心であるが、魔王からのお墨付きと言うのは大きいのだろう。

 まあ、あの結婚式の後に血も凍るような恐ろしい光景を目にした身としては、絶対に侮れない相手なのだが。


 日が暮れていく中、和気あいあいと洞窟の前にたき火がおかれ、簡単な気による串と、支える棒が用意された。原始人が巨大な肉を丸焼きにするときの、原始的な調理方法を思えば概ね正解である。


 当たり前ではあるが、誰もが俺の捕えてきた猪を見て目を輝かせている。

 純粋な狩猟民族であるダイ族にとって、食事とは朝昼晩に確実に食べられるものではない。

 働き手次第では食べられて、運がなければ帰ってくるものが居らず、最悪全員飢えて死ぬ。

 今日は腹いっぱい食べられる。もしかしたら、明日の分も残るかもしれない。

 そんな、幸運に感謝している子供たちの顔を見ると、懐かしさと申し訳なさを感じる。


「……これも、営みですね」

「ああ、俺が守らないといけないものだ」


 客人と言うことで、俺は長老の隣の、一番の上座に座らせてもらっていた。

 当然、その傍らにはマリーがいる。

 うむ、もしもの時は俺が彼女を守らないとな。


 なにせ、これから起きるのは酒の席でもある。

 腹がいっぱいになって、酔っぱらって、それで機嫌のよくなった輩が暴れ出すのはいつもの事だ。


「それにしてもだ……タロス王」

「なんだ?」

「どういう風の吹きまわしだ?」


 割とストレートに聞いてくる長老。

 まあ、迂遠な言い回しをされてもこっちが驚くのだが。

 とはいえ、驚いているのは長老も同じであろう。

 俺が巨人族に対して嫌悪感を持っているのは、誰もが感じることであろうし。

 それでも、俺はやることはきっちりやってきたつもりだ。

 だから、急に方針を変えても受け入れられているのだろう。

 そういう意味では、やっぱり俺は勝ち組なのかもしれない。


「結婚して、子作りして……もうすぐ親になる、と思うと色々な」


 マリーを抱き寄せる。

 そこらの巨人族の子供より小さい、人形の様な彼女の肩に優しく手を置いていた。この子が俺の嫁になってから、多くの事が良くなっていると思う。

 彼女は俺の幸運の女神だ。

 もうじき、彼女が俺の子を産むのだろう。

 そう思うと、まあ、こういう気分になるのかもしれない。


「なあ、本当に入るのか?」


 長老が心底不思議そうに聞いてくる。

 確かに、知識の上では人間と巨人で子をなせると知っていても、身体の特性上難しいことは自分の下半身を見ればわかることで……。

 俺だって、入ったとき『すげえ』って思ったし。

 マリーは恥ずかしそうに、俺の体に顔を埋めていた。

 ごめんね、下ネタが好きで。

 でもこれは、アレだ、本当にただ疑問に思っているだけだと思う。

 俺だって、他人事だったらまずそこが気になるしな。


「ヨル族の秘技だ」

「ああ……」


 何もかもを納得してくれた長老。

 そうなんだよな、その手の事に関してあの連中に勝るもんはいないからな。

 長い人生で、全部それをしてるからな……。

 っていうか、格が違うからな……。


「まあ、いいけどよぉ」

「で、どうだ鉈は。他の村にも配るつもりだが」

「イイ感じだ……確か、濡らさねえようにしねぇといけねぇんだったか?」

「らしいな。どこよりも先に持ってきてやったんだから、雑に使って壊しても、次のなんて当分はやれねえぞ」

「わかってるって」


 一人で暮らすようになったのは、十五で王になってからだったか……。

 五年ぐらいぶりに、俺は巨人族の村を訪れていた。

 別に、ここに住みたいとは思えない。

 マリーと結婚した以上、俺の家はあの屋敷だ。

 こんな環境に彼女を置けば、妊娠出産どころかすぐにでも死んでしまうだろう。


 暮れている日が、あっさりと沈んだ。

 空には焚火の煙が昇っていき、肉の焼ける匂いが漂ってくる。

 懐かしい、そう思っても仕方ないだろう。

 良いとか悪いとかではなく、そういうものなのだ。


 俺は巨人族が、ダイ族が嫌いだ。

 だが、憎いわけじゃない。

 一人残らず殺したいと思っているわけでもない。


 だから、きっと……一人で何もかもを放り出して、関わりを断って生きることを選ばなかったんだろう。

 そっちの方が、ずっと早くて楽なはずなのに。


「安心したぜ、タロス王よ」

「何がだ」

「昔っから何考えてんのかわからなかったが……お前さんは良い王だ」

「おだてても何も出ないぞ」

「そう言うなって……狩りは上手だしケンカは強い。前の戦争でも、大分助けられたって話だ」


 そうだろう。

 エリック君が主催した戦争が、全てのターニングポイントだった。

 あの時俺が戦局を見極めなかったら、あの戦場の五氏族は全滅していただろう。

 そうなっても、魔王の、カミ族の何かで戦局が一変していたかもしれないが、それでもあの戦場の皆が死んでいたことは確実だ。


「だからよ、皆お前が怖いのさ」

「わかってる」

「他の村も回るんだろう、だったらよろしく頼む。嫁さんが可愛いのもわかるけどよ、お前は俺達の王なんだから」

「ーーーわかってる」


 マリーが口元の布を下げて笑っていた。

 どうやら俺は、やはり勝ち組の様である。

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