友達と、友達
俺はマリーを屋敷に置いて、ユビワ王国のアレックス宅に訪れていた。
平屋ではあるが、工房と住居が一体化している、とても仕事のしやすそうな現場だった。
街の人曰く、彼は一切他人の手を借りることなく、凄い刃物を作っているという。
しかし、魔王に色々と言われた後に放心してしまって、仕事が手についていないそうだった。
「失礼するぞ、アレックス」
まるでオモチャの家である。俺は工房の扉の中に入ることもできず、しゃがみこんで首を突っ込んだ。
そこには、憔悴したアレックスが両足を放り出していた。
顔には生気がなく、なんというかやつれていた。
「なんだよ……」
「魔王様からいろいろ聞いてな……心配で顔を見に来た」
自分で言うのもどうかと思うのだが、こんなに気を使う相手はマリー以外にはこいつぐらいだろう。
自分でも甘々の自覚はしている。どう考えても……俺はこいつに構いすぎだった。
「……うるせぇ」
「運がなかったな、余りにも運がない」
この世界はとんでもなくシンプルにできている。
なんだかわからんルールがあるとか、なんだかわからん宗教があるとか、なんだかわからん魔法があるとか、そんなことはない。
その一方で、地球と大して変わらない価値観がある。
少し考えれば理解できるルールで、皆が好き勝手に生きている。
つまりは、まあ普通なのだ。
「この世界で、お前のやり方は通じなかった」
「わかってるんだよ、そんなことは!」
彼のやり方は、この世界の社会では適合しなかった。
あるいは、その性能を披露することができなかった。
つまりは、彼は本当に生まれる世界に恵まれなかった。
「この世界にダンジョンがあって、そこにモンスターがいるなら……冒険者とかがいるなら、お前も活躍できたかもな」
「……そうだよ、なんでいないんだよ! モンスターが!」
ある意味では、九氏族こそがモンスターなのだろう。
だが、そんな彼らと戦うのは軍隊で、軍隊を率いる者は態々若造の主張に付き合わないのだ。
そして、付き合ってくれた魔王も、ぶっちゃけ、価値観が決定的に違いすぎた。
態々付き合うほどに超然としているのだが、それはつまり泰然としすぎているので話が通じないのだ。
「俺は凄いって言ってほしかったんだ! みんなからちやほやされて、沢山の女の子から取り合われたかった! 世界の運命を左右する存在になりたかった!」
「一切罪悪感を抱くことなく、優越感だけ感じてな」
まあ、彼が活躍できる社会もあったかもしれない。
彼の能力が活かせる時代で、彼のやり方が通じる社会があって、彼の良心が痛まない怪物の生息する世界があったのかもしれない。
もちろん、そういう生物がいることも、今の俺は知っている。しかし、そいつらを駆逐する仕事は二千年以上前に終わっているのだ。
「そうだよっ! 全部世界が悪いんだ!」
「そうだな……俺も世界を、生まれを呪ったよ」
家の外から話しかける俺に、アレックスは涙ながらに応えていた。
きっと、コイツも期待に胸躍らせながら、苦心しつつ武器を作っていたんだろう。
しかし、度重なる拒絶と、どうしようもない挫折によって、ここまで荒んでしまったのだ。
「でも、それでも、この世界で生きていくしかないんだ。お互いな」
世界を変えることは、余りにも難しい。自分で変わった方がいいのかもしれない。
しかし、そう簡単に自分は変えられない。他人から奇異の眼で見られたとしても、折り合いを付けながら異物として生きていくしかないのだろう。
「俺達に、歴史の偉人としての力はないよ。こんなあっさり諦める俺達に、そんなことはできない」
「どういうことだよ!」
「一度や二度の挫折で諦めただろ。エジソンもキュリー夫人も、そんな簡単に諦めたと思うか?」
この言葉が、彼に届いているだろうか。
確認することも恐ろしい。
だが、伝わっていると信じて言葉を続ける。
「お前はもっと上を目指すべきだった。その武器がどの程度の力を持っているとしても、もっと強い武器を作ろうと努力してみるべきだった」
「お前、俺がどんだけこの剣を作るのに苦労したと思ってるんだ!」
「わからねえよ」
俺は、コイツが正規の手段で身に着けた技術で剣を作っているのか、それとも何かのチート能力で剣を魔法のように作っているのか。
それすらも知らないし、正直興味もない。
そんなことは、どうでもいいのだ。
「でも、何十年も苦労したわけじゃない。精々数年の筈だ」
「それでも、俺にとっては! 苦労の結晶だったんだ!」
「そんなもん、誰でも一緒だろ。お前以外の職人さんが、一切苦労も努力もしてないとでも?」
結局、お互い自己中心的な考え方をして、世界を下に見ているってだけの事だった。
俺は自分の氏族を馬鹿にしていて、コイツは自分以外の職人を馬鹿にしていたんだ。
俺は自分の氏族と関わり合いたく無くて、コイツは自分以外の職人からあがめられたかったのだ。
「お前が味わった挫折は、お前が味合わせたかった挫折じゃないのか?」
「偉そうなこと言うなよ! お前は……お前は良いだろ、勝ち組だから!」
「そうだな、俺は勝ち組なんだろう。だから、お前に気を使ってるんだ」
自分の造った武器が、ベテランの武器を上回って、その自信を叩き壊して優越感に浸り、彼らから羨望と尊敬と嫉妬を受けたかった。
俺も似たようなもんだ。格闘技モドキで氏族を倒して、それで王になって……包囲戦術を突破するために浅智慧を絞った。それで今の成功がある。
その程度の話で、俺もこいつとそう変わる者じゃない。
だから、コイツに同情している。力になりたいと思っている。
「エリックってやつがいた。俺が殺したわけじゃないが、ある意味止めを刺した相手だ」
「戦争の立役者、敗戦の将だろう」
「アイツは……俺と同じだったのかもしれない。最初はそれに気づいただけだったんだが……だんだん惜しくなってきた」
ああするしかなかった。アレで良かった。彼は自分の賭けの失敗の、そのツケを払っただけだった。
俺が助けようと思っても、助けられない相手だった。助けてはいけない相手だった。
最初から敵だった、仕方がない相手だった。でも……もしかしたら、価値観が共有できたかもしれない、唯一の相手だった。
「この、どうしようもない疎外感を、埋めてくれるかもしれない相手だった、かもしれない」
「疎外感……孤独か……お前、友達いないだろ」
「その通りなんだよ、アレックス君。君が少しでも俺に恩義を感じているんなら、頼みがあるんだ」
「なんだよ」
「友達になってくれないか?」
「……うん」




