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人間の理屈と、悪魔の理屈

 ユビワ王国の住人にとって、九氏族とはつまりは亜人だった。

 誰よりも近くで彼らの脅威にさらされていたのだから当然だが、好印象を抱いているものなど一人もいないだろう。

 しかし、一旦彼らの懐に飛び込んでみるとこれが楽だった。

 というのも、少なくとも彼らを招き入れたハネ族は、人間と生活形式が違いすぎて、衝突することがほとんどなかったのである。

 まず耕作地帯は完全に放棄されていた。当たり前だ、彼らは鍬を持てないのだから。

 加えて、彼らは上空を横切ることはあっても、それはかなりの上空で、探そうと思わなければ見つけられなかった。

 時折女王であるツミレが顔を出すぐらいで、彼女のためにパンを差し出すことで出迎えは済んでいた。その程度の事である。

 ユビワ王国の面々は、近くの川にある漁場がそれなりに豊かであること、所有権を主張する相手がいないことなどから、通路を整備して地形を改善し始めた。

 その辺りの建設的な行為こそが、人間の繁栄の力だろう。

 道を作り通りやすくしたことで、別に食糧が発生するわけではない。

 しかし、交通の便が良くなり様々なことが短時間で行えるようになり、多くの物を運べるようになる。

 そうした細やかで長期的な視点が種としての人間の強みだった。


「ああ、皆さま! 本日も勤勉で結構ですね」


 空から舞い降りてきた、ハネ族の女王。

 相変わらず芝居がかった振る舞いだが、何やら普段とは雰囲気が異なっていた。

 ユビワ王国の国民は、何事か、と集まってくる。

 その中には当然、エンゲー女王も含まれていた。


「おお、エンゲー女王、執政中の所申し訳ありません」

「いいえ、丁度昼食後の休憩でしたから……如何されましたか?」

「ーーーこの度魔王様がおいでになられます」


 何を思い出しているのだろうか。ツミレ女王は鳥肌を立てつつ皆に告げていた。

 彼女のよく通る声が、彼女の心境の中にある恐怖と畏敬さえ、全体に伝えてしまっていた。

 基本的に、悪魔族と呼ばれるカミ族は、人間に対して顔を出さない。

 というよりも、カミ族の中でタロスと面識があるのは、シルファーとその子息ぐらいだった。九氏族の中でも、カミ族と関わる者は少ない。

 つまり、人間はもっとカミ族の事を知らないのである。

 なまじ、ダイ族の王を知るがゆえに、彼らの心はどうしようもなく不安に駆られていた。

 ダイ族の王タロスさえも従える、魔王とは一体どれほどの王なのか。

 もちろん、許可を得て暮らしているのだ、やましいところは無い。いきなり追い出されることもないだろう、しかし、怖いものは怖かった。


「女王様、大丈夫でしょうか?」

「魔王、様はどんな方ですか?」

「やっぱり、タロス王よりも大きいので?」


「安心しなさい……別に、危害を加えてくるような方ではありませんし、恐ろしい風貌の方でもありません」


 直接の面識があるエンゲーは、むしろツミレ女王の反応が解せなかった。

 確かに底知れない雰囲気を持っていたが、九氏族の女王であるツミレにとって味方の筈である。

 なぜそこまで恐怖を感じているのか、何も知らない彼女にはわからなかった。


「現在魔王様はミミ族のラッパ王と、ヨル族のバラ女王、それからツノ族のメザを連れてこちらに向かっています。よろしければ、夕食頃に合わせて歓迎の準備をお願いします」

「魚料理かパンぐらいしか……」

「かまいません、魔王様もこちらの忙しさをよく存じておりますから……」


 くわ、と目を見開いて、ツミレ女王は王国の民に懇願していた。


「くれぐれも、粗相のないように願います」



「久しいな、エンゲー女王」


 夕日が渓谷を照らしている時刻に、四人の九氏族が現れた。

 その中でもひときわ小柄で、尻尾が生えていること以外際立った特徴のない、少年の様な風貌の王。

 その彼が、自らこそ魔王であると名乗っていた。


 あらかじめ聞かされていたとはいえ、やや驚き、安堵する王国の民。

 もちろん、彼らもこの場で態々魔王を討つという意味のない行為をすることはない。

 目の前の彼が寛容にも自分達を受け入れてくれたのだ、なぜ態々反骨心など発揮せねばならないのか。


 元々、同族である人間から捨てられた彼らである。

 背後で立っているツノ族の少女の畏怖もあって、恭しくもてなしていた。


「さて、この街は大分住めるようになっているようだ」


 旧都市から運び込んだ資材によって、あるいは旧都市を壊して材料にした建材によって、この放棄された街もだいぶ人が住む街として復興していた。

 日が暮れた広場には松明が並び、多くの人々が切り詰める必要がなくなりつある料理を並べて楽しんでいた。

 貴賓席として置かれた、エンゲーの屋敷から引っ張ってきた机や椅子で、四人の王は食事を楽しんでいた。


「人間はヨル族に負けないぐらい料理が上手だな」

「そうですね、これは若い娘たちにも頑張らせないと」


 とはいっても、主に食べているのは魔王シルファーとバラ女王だった。

 ツミレとラッパは小食の氏族なのでほとんど食べないし、ツノ族のメザはなぜか食欲がないようだった。

 とはいえ、それはある意味当たり前の事。

 決して悪印象を受けているわけではない、と誰もが安心していた。

 

「……ほう」


 その中で、魔王は杖をつきながらこちらを見てうろうろしている男を見つけていた。足にケガがあるにもかかわらず、片手には布にくるんだ荷物まで持っている。

 問題は、その布に隠してあるものが、何やら武器の様な大きさだったことだ。


「アレは、剣か」


 その言葉を聞いて、ラッパの視線が彼に向けられていた。

 魔王を前に、武器を隠し持つなど手打ちにされても文句の言えないことである。

 もちろん、殺気がまったく感じられないことや、足のケガが本当であることは察しているが、それはそれである。

 世の中には悪気がなかった、では許されないことだってあるのだから。


「控えろ、ラッパ。アレは持ち込みだ、うむ、感心だ」


 とても期待しているように、彼は椅子を立った。

 その上で、気負いなく杖をついている彼の所に椅子をもって歩いて行く。


「さて、この魔王に用か」

「~~はい!」


 困惑しつつも、足を怪我したアレックスは頷いていた。

 ホスト役のエンゲーとツミレはとても困っていたが、しかし魔王がとても楽しそうなので中々言えなかった。

 ラッパは完全に諦めていたが、しかし茶色の鎖を軽くほどき準備をしていた。


「これなんですけど、俺の作った武器なんです!」

「ふむ」


 差し出された椅子に座って、アレックスは簡単な白い布に包んだ刀を魔王に渡していた。

 元々、魔王は武器職人でもある。彼が差し出した日本刀を鞘から抜くと、それを何度も吟味していた。


「これは……人間が作ったとは思えないな」


 それは、カミ族の頂点に君臨する者として、最上級の誉め言葉だった。

 少なからず、ラッパとバラが瞠目して動揺を周囲に悟られたほどである。

 言った当人はとても感心しているだけなのだが、それはありえない言葉でもあったのだ。


「……だが、やはり人間の作った物だ」

「どういうことですか?」

「この剣の性能は、とても素晴らしい。おそらく、人間が作った防具なら簡単に切断できるだろう」


 実際に試し切りをしたわけでもないし、軽く振るったわけでもない。

 だが、彼はその剣の刃を軽く見ただけで、その真価を理解していた。


「だが、カミ族の作品ではないな。間違いなく君が作った物だろう」


 人間が作ったとは思えない性能を持っていたその剣を、そのまま彼は理解していた。その上で、考え方が違いすぎると認識していた。

 こんな設計思想の『武器』を作るのは人間だけだ。


「その上で……君は魔王に何を求める?」

「取り立ててください! 俺は……出世したいんです!」


 その嘆願を聞いて、その広場は沈黙に包まれた。

 確かに彼が作る刃物は、とても性能が良かった。

 正直、何をどうやってあそこまでの物を作っているのか、街の刃物職人でもわからなかったほどだった。


「そうか」


 それを、心底理解に苦しむという顔で、魔王は椅子に座っている彼に剣を返した。

 丁寧に鞘にしまい、丁寧に布に包み、丁寧に彼の手に返した。


「君には実力がある。だが、生憎と武器職人はこの領地には不要だ」

「なぜ?!」

「その辺りは、人間との価値観の違いだ。なぜ説明をしなければならないのか、他のカミ族では理解もできないだろう」


 人間の青年に対して、彼は長い年月をかけて理解してきた自分達との齟齬を伝えていた。


「生憎と、戦争の予定は当分ない。そして、戦争が起きたとしても各氏族は各氏族の武器で戦うだろう。君が作った武器を使う者は、多分いないだろう」

「なぜ?! 優れた武器で戦えば、その分強い筈で、その分生き残れるはずだ!」

「この剣は、君が作った武器だ」

「はい!」

「たくさん作った、或いはたくさん作れる武器なんだろう?」

「そうです、大量生産こそが道具の基本の筈だ! 共通規格こそが、そのために必要なんです!」

「それは理解している。君達人間はそういう種族だから」

「こうしている間にも、人間はどんどん強力な武器を作っています! 伝説の武器に及ばないことはわかりましたが、それでも、武器は一人一人の兵士に分配されて意味があるんです!」


 アレックスは気づいていない。

 自分の言葉の致命的な祖語に気づいていない。

 そもそも、『自分』にしか作れない武器を『大量生産』するという矛盾を、その先にあるものを想像できない。

 そして、もっと決定的なことに気づけない。


「伝説の武器か……そう褒めてくれることは嬉しいが、別に、武器としては大したものじゃない」


 そう言って、魔王は自作の魔剣をアレックスに手渡してみた。

 即ち、カミ族にしか扱えない最初の魔剣である。


「これは、あの銀色の斧と同じ……」

「ああ、この手が作った武器だ」


 羞恥と絶望が、アレックスの顔を染めていた。

 自分は寄りにもよって、自分以上に武器造りに優れた男に向かって、劣化品でしかないものを売り込んでいたのだ。


「今日ここに来たのも、寄り道の様なもの。先日壊した獄棍ドライを作り終えたので、ツノ族の元へ運んでいたところだ」

「そんな……」

「作ろうと思えば、この手であの武器を多く作ることはできる。ただ、作る気が起きないだけだ」


 カミ族は少なからず、人間の職人を尊敬している。

 あんなにも同じものを、延々作り続けるなど彼らには耐えられないのだ。

 自分達と違い、限られた時間しかないにも関わらず、同じものを作り続けることができる。それがどれほど辛い事なのか、想像を絶してしまう。違うものを模索し続けている自分たちがどれだけ能天気なのか、長い時間で理解している。

 有用性と言う意味なら、きっと彼らの方が自分達よりも優れているのだと、実感を持って理解しているのだ。


「ただ、カミ族はそうしたことを好まない」

「だったら、俺が補います! 俺が沢山作ります!」

「不要だ。どの氏族も、自分の手になじむ武器を自作して戦っている。他人が作った武器など、この手で作った武器ぐらいの物だ」


 ある意味では、自給自足の極みなのかもしれない。

 どの氏族も、戦う時は自分で作った武器だけで戦っている。

 それは拙いながらも、態々人間に劣る剣を作成しているツキ族もそうだった。


「それに……分からないのだが」

「何がですか!」


 この大陸を開拓するために、友たちに武器を送った魔王は心底わからない、と首をひねっていた。


「人殺しの道具を大量に作ることで名を上げて、何が楽しいのだ」

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