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再出発と、ついでに無駄なこと

 若い、ということは財産である。

 アレックスは若い時間を少々浪費したが、それだけでほぼ歩けるようになっていた。一月ほどの時間で、彼は杖があれば一人で問題なくなっていたのである。

 そんな彼をタロス王は抱えて、ハネ族の縄張りにある新生ユビワ王国へ運び込んだ。

 幸い、既に『ケガをした刃物職人』がいるということは伝えておいたので、既に彼の仕事場と住居は準備されていた。

 もちろん、ユビワ王国にもその手の職人はいないわけではないのだが、タロス王が様々なものと物々交換してくれることや、材料になりそうな廃棄されている武器防具を持ってきてくれるということで、人手が多いに越したことはなかった。


 元々、タロス王に限定するならユビワ王国の住人の心境はとても良い。

 加えて、彼が作ったという兜を見て感心する者も多くいた。

 期待の働き手として、彼は松葉杖をつきながら歩いていたのである。


「畜生」


 夢の時間は終わった。

 タロス王の好意によって、或いは彼女たちの自由意思によって、アレックスに与えられていた圧倒的な厚遇は、必然の終わりを見た。

 正直、誰か一人が自分を気に入って、ついてきてくれるのではないかという期待もしていた。

 だが、彼女たちは彼女たちの王からの命令に従い、というか一時の玩具がどこかへ行くことを受け入れて、そのまま送り出してくれた。


「ああ、畜生」


 アレックスは、いくつかの事を学んでいた。

 少なくとも、金と地位があればああした暮らしができるということである。

 もちろん、そんな単純な話ではない。

 ダイ族の王と言っても、歴代の中であんな暮らしをしているのはタロス王だけである。

 彼らの生活形式の問題でもあるのだが、単純にダイ族にそんな技術がないということだ。

 彼がああした生活をできるのは、子煩悩な魔王シルファーが色々と手引きしただけの事である。

 逆説的に言って、彼が王をやめてもそれなりにその生活が維持できるというわけだ。

 その事実を知れば、きっとアレックスはより一層憤慨するに違いない。


「金が欲しい……!」


 彼は自分の『才能』を発揮して、猛烈な勢いで包丁や鉈と言った日用品を作成していった。

 その中で、その呪いの言葉を吐いていく。

 なんというか、極めて具体的に自分の夢の結実を見てしまったのだから、当然と言えば当然だろう。

 素直に心境を明かすなら、うらやましいに決まっている。

 彼だってそれなりに努力したり危ない橋を渡ってあの状態に至り、それを維持するために奔走しているのだろう。だが、自分だってああなりたい。

 どうせ作るなら最強の武器を作りたいし、どうせ頑張るなら自分の造りたい物の為に頑張りたいし、どうせ働くなら大きく儲けたい。


 自分には才能がある、自分には能力がある。

 だから、自分には夢を見る資格がある。

 だから、まだ自分には機会が残っているはずだ。


 確かに、この地で刃物職人として生きれば、それなりに生活は安定する。

 もしかしたら、嫁さんを迎えることができるかもしれない。

 もしかしたら、子供が生まれて、幸福な家庭を築けるかもしれない。


 だが、それを目指すことと夢を諦めないことは矛盾しない。

 とにかく、包丁と鉈を作ろう。まずは今の生活を維持するところからだ。

 今のアレックスは歩くことがやや不自由だが、そんなこととは何の関係もなく、この辺り一帯の地理などわからない。

 地図を持たされていないのではなく、単純に地図がないのだ。おそらく、測量なども行われてはいまい。

 加えて、道を知っていたとしても、人里から余りにも隔離されすぎている。

 アレックスが此処を抜け出したとしても、ハネ族の領地から抜け出て、更にダイ族の領地を横切らねばならない。

 誰がどう考えても、ムリである。

 自分に食料調達という基本技術がない事を理解している彼は、脱出を早々に諦めていた。


「とにかく、実績だ……いい武器を作れば、俺の武器を使ってもらえば、きっと評価される!」


 だが、彼にはまだやる気が残っていた。

 少なくとも、一つの氏族を治める王と顔見知りになったし、妙に気を使ってもらってもいる。

 確かに、今手元にある材料で、あの刀以上の武器を作ることはできないが、あの刀を沢山作ることはできる。


 確かに、自分の武器は彼の斧に敗北した。

 だが、あの斧はあくまでも王権の武器、伝説の武器である。

 どんな理由かはともかく、基本的に量産されていない、量産される予定のない武器だ。

 であれば、彼の常識にのっとって考えれば、はっきり言って強い武器を持っている人が一人いるよりも、そこそこ強い武器をたくさん持っている方が強いに決まっている。

 自分の凄さを思い知らせれば、その内向こうもアクションをしてくるはずだ。

 そう信じて、彼は待っていた。


 問題は、ダイ族に通貨や資産と言う概念がなく、よって彼に支払われるものがあるとすれば肉か獣の皮。後はメスゴリラの様な花嫁ぐらいである。

 もちろん、ぶん殴って奪われる可能性もあるので、その辺りは仕方ない。

 尚、近隣のハネ族はそもそも道具を使えない。

 鍋を作ろうが包丁を作ろうが、伝説の剣を作ろうが彼らは使用できないのだ。

 よって、彼を称賛するのはこの地に逃げのびてきた、ユビワ王国の住人だけである。

 もちろん彼らに余計な資産などないし、戦争をする予定も未知の脅威も存在しない。


 つまり、彼はユビワ王国の住人やダイ族から、一生包丁や鉈を作ることを求められる日々が続くのだ。

 彼が自棄を起こして仕事を放棄しない限り、他にどうにもなり様などない。


「余った資材で、刀をまた作るんだ……そして、誰か来たら見てもらおう!」


 ただ、その辺りの客観的な視点、あるいは俯瞰した視点があったのならば、彼はこんなところに流れ着いていなかった訳で。

 彼はまさに、無駄な努力で無駄な時間を費やし、無駄に資材を消費していたのだった。

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