俺の妻が天使なことと、ついでに開通
銀色のオーラを放出しながら、俺は要石を片手に自分の領地を走っていた。
流石に、自分の氏族が襲っている国の、大まかな場所ぐらいは知っている。
というか、人間が意図して、襲わせるために作った居住区だ。
頭の悪い巨人族でも、あっさりと見つけられる場所。
であれば、一旦山を下りればすぐに見つけられるはずだった。
というか、見つけられない場合、俺はこの国で一番の馬鹿と言うことになる。
それは避けねばなるまい。
「おお、あそこか」
巨人族が襲っている人間の住処がある。それは知っていたが……名前は知らなかった。
ある意味では、俺の無関心からの放置による被害者だった。
もちろん、巨人族も間違いを犯していたというわけではない。
家族を飢えさせないために、なんでもする。それはある意味では、生物としての真理だ。こんな俺でも、そう言う程度には父親の事を尊敬している。
そして、ある所から奪う、というのも巨人族特有の性質ではない。
程度や種類は違っても、人間でもよくやっていたことだ。それが、氏族が違うならなおの事抵抗感は下がるだろう。
「あの女王は敵に頭を下げた、それをぶちのめすのは、明らかに悪だな」
まあ、世の中を善と悪で別けて考えるほど、子供でもないし聖人でもない。
ただ、利害の一致、不一致があるだけだ。そして、別に彼女たちはもう害ではないだけだ。
「ここらの巨人族が、奪う相手が少し遠くに移るだけって話だ」
どのみち、放置してもしばらくすれば滅びた国である。
であれば、俺が手助けをしたところで、巨人族の不利益には成るまい。
「さて、問題は泣いた赤鬼になるかどうかだな……」
既に半鳥族の面々が、幸福が受け入れられたという文章を送っている。
その上で、髭のない巨人族がそちらへ迎えに行くと書いていたらしいが……。
まあ、そう素直に受け入れられるわけもないだろう。
日本人だって、アメリカに負けた時は占領に不服だった奴もいたという。
まあ、そう言うこともあるだろう。
「まあ、石ぐらいは覚悟するとしよう」
俺の怠慢や諦観を垂らすような日差しの中へ、俺は暗い森から一歩前に出て行った。
のしのしと、巨人族の中でもひときわ大きい俺が前に出る。
身を隠すことなく、斧を担いで前に出る。
小脇に抱えた岩が、どう思われるのかは分からないが、怯えられて当然だろう。
そんな俺を見て、物見台の様な所から悲鳴が上がっていた。
まあ、三メートル以上ある大男が、斧を担いで現れればそりゃあそうもなるだろう。
「で、でたぞぉおおお!」
まるで鬼にでもあったような言い方だ。
いいや、事実鬼なのだけども。
「巨人族、ダイ族の王、タロスである! ユビワ王国の女王、エンゲーより助命嘆願を聞き入れて参上した!」
通すべき礼はある。
負けて、降伏した相手にも、尊厳はあるのだ。
「無為に命を散らしたいなら、かかってくるがいい! だが、決死の女王を送り出した自覚があるのなら、無益な抵抗はよせ!」
巨人族特有の大声で、俺は都市国家と呼ぶにも小さい国へ、降伏勧告をしていた。
できれば、これ以上の無益な争いは避けたいところである。
今までの争いは、巨人族に一方的な利益があったので、仕方ないのだ。
俺は悪くねえ!
「そ、その……」
恐る恐る、何やら老齢の男が歩いてきた。
おそらく、この国の建国以前から生きていそうな、平均寿命を越えた御老体であった。
重臣の一人なのだろう、残った大人たちを率いて、代表して話しかけてきた。
ほぼ全員が痩せた顔で、とてもではないが戦えそうにない。そんな彼らの中でも弱そうな御仁が、困惑しながら話しかけてきた。
「貴方は本当に巨人ですか?」
ぐはあ!
い、言ってはならないことを直球で!
確かに俺も、他の巨人族がそんなことをペラペラしゃべりだしたら、すんげービビるけども!
巨人を怖がるよりも、巨人が流暢に理路整然としゃべっているから、難しい言葉を使っていることが怖いだなんて!
「無論だ、我こそは魔王様より王権の武器を賜った、ダイ族の王である」
「さ、さようでございますか……」
「では、この地にこれより、魔王様より賜った奇跡の技をご覧に入れよう!」
地面にどん、と要石を置く。
そしてその上に、蟹の泡を精製したモノを、更に他の薬品と調合した液体を振りかける。
直後、その石は淡く赤く輝きだして、その正面に黒い霧のようなものを産み出した。
そして、その向こうに何やら景色ができてきた。
そうか、これって『どこでも○○』形式(両方固定版)みたいなもんか……。
実物が動くところを見て、少し感動である。
「……みんな!」
「女王様!」
その向こうには、やはりエンゲー女王が居た。
そして、更には興味深そうな顔をしているマリーやツミレ女王も居た。
「ご無事だったのですね!」
「ええ、何とかね!」
と、何とも感動的な会話をしている。
しかし、あれ、これは、テレビ電話じゃないんだから、近づけばいいのに。
なぜか、双方は歩み寄ろうとしなかった。
「みんな、こっちに来て!」
「女王陛下こそ、どうぞこちらへ」
「ここが新天地なのよ!」
「持ち運ぶ物も多いでしょう!」
「みんながこっちに来てよ、こちらをまず片付けないと!」
「運び出す物の準備をしてからでも遅くはないかと!」
そうか、怖いのか……。
まあ、気持ちはわかるが、それはそれとして、押し付け合うとはこいつら実は互いの事がそんなに重要ではないのだろうか……。
「タロス王……設置が完了したのですね?」
と、マリーがこっちに歩いてきた。
驚いて止めようとするエンゲー。
「マリー様?! 危ないですよ?!」
やっぱり危ないと思っていたのか……。
正しい危機管理能力である。
だが、マリーがこちらに来るというのなら、俺も思うところはある。
俺の方から行くべきだろう。
「マリー、そこに行くから動くな。試すなら俺が行こう」
「いいえ、タロス王。妻として、夫を迎えるのは当然の義務です」
そう言って、微笑みながら彼女は空間に開いた扉を通って、こちらに向かってくる。
ほんの一歩か二歩。
彼女は前に進んだだけで、俺の足元にたどり着いていた。
「さあ、ユビワ王国の皆さん。歓迎いたします、どうぞ新しい地へいらしてください」
困惑するユビワ王国の面々へ優雅に、暖かく笑う彼女を見て、俺は何とも言えない幸福を感じるのだった。




