とても怖い初夜と、ついでに体を泡まみれにしてもらう
「おおお……ここが魔王様のご用意してくださった、姫様のお屋敷か……」
石造りではあるが、魔王の城と違って重厚感はない。
庭に池もある、なんというか……森の中の小さなお屋敷と言う感じだ!
いいなぁ……すごくいい……扉がやたらデカいが……俺が入るようなので仕方ない。
「何をおっしゃいますか、ここは貴方の屋敷ですよ」
「ーーーそうだな! 俺の屋敷だな!」
そうか……これで俺も、獣臭い獣の皮ぐらいしか敷くものがない洞穴の住居生活を卒業できるのか……。
二十年……長かったな……。
「で、アンドラ。邸に入る前に頼みたいことがあるんだが……」
「何でございましょうか」
「湯と石鹸、あるか?」
「ーーー」
なんか、無言で驚かれた。
そりゃあまあ、獣の毛皮をきた原始人が風呂に入って体を綺麗にしたいとか言い出したら、そりゃあびっくりだよな。
「いや、臭いと思ってさ! 屋敷の中が臭くなるのも、姫様を臭くするのも嫌でさ……入る前に綺麗にしときたかったんだ」
「気が回らず、申し訳ありません……奥方様の為に石鹸を用意してありますので……それでよろしければ、どうかお使いください。湯も布も持ってきますので」
彼女がそう指示しただけで、周囲の森から音もなく数人のエルフが出てきた。どうやら彼女の配下らしい。
いいな、とんでもなくプロフェッショナル感があるぞ……。
ウチの巨人族は、前に進めとか俺について来いとか、そういう作戦しか聞けないんもんな……。
「聞いたな? ユリの者と手分けをして準備をせよ。それから、ハネ族への注文品に追加だ」
アンドラの指示に従って、彼女の部下たちはすぐに屋敷の裏手に回っていく。
いやあ、流石エルフ。頭イイな。
そうして、自分の屋敷を満足げに眺めていると、しばらくして大量の湯の入った瓶をもって斥候姿のエルフや侍女姿……いいや、メイド姿のサキュバスが現れた。
流石にエロメイド、というかこう、半袖で丈の短いパンツの見えそうなスカートではない。
仕事に支障のなさそうな、長袖の服だった。
にもかかわらず、服の上からでもわかるグラマラスな体形だった。
なんというか……服でも隠せないほどエロイな。
「準備が整いました、庭先で失礼ですが……」
「ああ、頼む」
「では、私めは姫様にお待ちいただくようにお話をしてまいりますので……」
そう言って、アンドラは屋敷の裏手に向かっていった。
いやあ、ドキドキするが……臭い男と思われたくないし……。
やっぱり、最初が大事だよな!
いや、そもそも最初って戦場だったけど。
ただの蛮族がダッシュしてただけだけど。
「さあ、タロス王。こちらへどうぞ」
と、手招きしてくるのはサキュバスの女性だった。
もちろん、俺よりはだいぶ背が低い……目測だが、女性としては平均的ではないだろうか。
「あ、ああ、頼む」
「まず身だしなみを整えるとは……タロス王は紳士なのですね」
と、湯を付けたスポンジ状の何かで、俺を拭い始める。
さらに、石鹸も使い始めた。
なんというか……草地に座り込んで、人生で初めて体を綺麗にしてもらっているだけなのに、とんでもなくいかがわしい雰囲気になってきた。
「名乗り遅れましたが……私、ヨル族の衆長でありますユリと申します。今後、今後私は部下と共に、奥様やタロス王の身の回りのお世話をさせていただきますので……」
そう言って、俺の服を脱がせ始めるサキュバス一同。
なんだろうか、囲まれてしまったぞ……。
数人のサキュバスが、俺の体を泡まみれにしていく……。
本当に、全員エロい……。
「もちろん、ご子息が生まれましても、乳母などを務めますので、どうかお気遣いなく……」
すごいな、柔和に笑っているだけで、一切色気を振りまこうとしていないのに、完璧にエロい……。これが種族差か……。
もう完全に話の内容が頭に入ってこないぞ……。暴発しそうだった。
「そ、そうか! よろしく頼むぞ!」
「体臭が気になりますのでしたら、お召し物も良いものを……とは言いましても、流石にダイ族の方に会う洋服はありませんので……しばしお待ちいただければ、大きめの布を簡単に縫ってまいりますが、如何しますか?」
「た、たのむ!」
そうだった、巨人族の着ている原始人の服が、臭くないわけがないな……。
もう捨てちまおうかな……。ここに住むんだし……。
「どこか、おかゆいところはありませんか?」
「な、無いな! それよりも虫とかいたら……」
「ええ、良い虫退治の薬がございます。香水代わりにもなる香良いものですから、後で塗っておきましょう」
柔らかいな……スポンジではなく、彼女たちの手がである。
なんというか、細い様で肉がある。エルフ連中はとんでもなく繊細な指をしているのだが……サキュバスたちは本当に女性的だった。
いかん、人間の姫を嫁にするためにここに来たのに、サキュバスの風呂屋に囲まれてしまった……。
手も足も洗われているので、何というか……。普通に恥ずかしい!
まあ、長年の垢を落すと思えば致し方ないが……。
いかん、このままでは目的を見失ってしまうぞ!
「そ、そろそろいいか?」
「何をおっしゃいますか、タロス王。ご覧になってください、こんなに汚れがびっしりと」
見せてもらったスポンジ的なものは、それはもう汚れきっていた。多分、廃棄である。実際、新しいものに変えてこすり始めていたし。
一族のモノにどれだけ奇異の目で見られようと、一日一回泉で水浴びをしていたが……やはりそれでも汚かったか……。
やはり、文明の利器がないと駄目か……。
「石鹸はヨル族の手製か?」
「まさか、これは人間と取引をしたものです。こうしたものに関しては、人間が頭抜けていますから」
やはりか、と納得する。
ごく普通の、固形の石鹸だが……それでも、それなりに彫刻のようなものも刻まれた高級品だった。
「人間の中には、我らとこうして取引をする組織もいるのですよ。夜目の効くハネ族が運送をしてくださるのです」
それって、闇取引では……なんか、滅茶苦茶高くつきそうだ……。
「ああ、ご安心ください。魔王様がそうした交渉ごとを行い、取引をしておりますので……」
「ーーーちなみに、こっちは何を差し出しているんだ?」
「カミ族の作る薬などですね。ハネ族の羽を用いた飾りなども高価に取引をしていますよ。物々交換ですが」
魔王様も大変なんだなぁ、と思う。
というか、サキュバスに洗われていると、そういう商売を彼女達もしているのではないか、と邪推してしまう。
というか、エルフたちに洗ってもらえばよかった……っていうか、自分で洗えばよかったような……。
とはいえ、この体の汚れ具合から察するに、どう考えても一人で洗っていたら夜が更けてしまうな……。
既に日が暮れており、ランプなどを持ってくるエルフたちもいる。
これが松明じゃない当たり、文明を感じることができるな。
「ユリ、あといかほどかかる?」
「一晩、と言うことはないから安心してちょうだい。もう少し待ってもらって」
「承知した」
他と見分けがつかないが、アンドラはユリと確認を取っていた。この二人がこの屋敷のトップらしい。
魔人と言っても、エルフとサキュバスじゃ大分気質が違うな……。
まあ、あんまり付き合いはないが、エルフは仕事人と言う感じで、サキュバスは接客業と言う感じだ。
「タロス王」
「ん?」
「姫はあまり慌てておりません。どうかごゆっくりどうぞ」
と、まあ、アンドラは嬉しいことを言ってくれる。
まあ、庭先で体を洗っている、と言われて急がせないだろう。
だって、臭いのは嫌だろうし。むしろ、望まれたらいやだし。
それにしても、彼女たちはやっぱり文明人だな……種族が全然違うのに、王様扱いしてくれる。
というか、王様になって五年程度だが、それでも初めてだぞ、ここまで王様扱いされたのって。
というか、巨人たちに王様扱いされても、全然嬉しくないし。
俺の父を見るに、巨人族の王って各村を回って酒飲んでるイメージしかないし……。
もちろん、今の俺を思うに色々仕事もしてたと思うんだが……。
「そうか、そう言えばアンドラ。これからはお前が俺に専属となるのか?」
「ええ、先ほども申した通りでございます」
「それじゃあ……魔王様に仕事が欲しいと伝えてくれ。ここまで良くしてくれた借りを返したいし、なによりもダイ族の奴らがな……」
「タロス王の氏族がですか?」
「ああ、アイツら男手が減ったんで食うものがないと言ってやがる。まあ、獲物の取りすぎとか考えたら、いい機会だとは思うが……狩りができないっていうか、ガキしかいないからしばらく獲れる量が減ると思うんだよ。もちろん、しばらくは魔王様からの報酬で食いつなげると思うんだが……」
何分、巨人族は大柄なので、その分良く食うのだ。
育ちざかりが多いならなおさらである。
栄養バランスもへったくれもないし……。
「下手をしたら、その内他所の氏族に迷惑をかけかねん。その前に手を打ちたい」
「……では、人間から略奪の準備を、と言うことで?」
「ああ、できれば俺一人で済む仕事がいいな。流石に死にすぎた」
「重ね重ね、申し訳ありません」
「気にしなくていいって、もうアイツら全然気にしてないから。自分たちの事しか考えてないから、だから同じぐらい困ってる連中からもむしる気なんだが……」
実際、巨人同士で殺し合う分には困らない。
電話があるわけでもないし、一々わからないし……。
よほど大きくなれば話も来るが、その頃には手遅れだしなぁ……。
「承知いたしました。では魔王様に報告いたします」
「ああ、なんでもすると言ってくれ」
絵的にはサキュバスに体を洗ってもらいつつ、魔王に略奪の算段を頼むという最悪の絵面だが……。
しかしこっちにも余裕がないしなあ。仕事は早く片付けないと、どんどん面倒が増える。
「さあ、これでさっぱりいたしますわ」
と、もうこの際この人がお嫁さんでいいんじゃないかな。という母性と共に、座り込んだ俺の頭に、ユリさんが椅子に乗ってお湯を頭からかけてくれた。
いやあ、なんかすっきりしたな!
もう帰って寝てもいいような気がしてきたぞ。
「それでは、お立ちになってくださいな、タロス王」
立ち上がった俺に、ばさりと大きな布をかけてくれる。
光沢は無いが、軽く引っ張ってもちぎれそうにない、頑丈な布だった。
それを、とても簡単に縫い付けていく周囲のサキュバス達。
あたり前だが、女子力が高すぎて困る。
「おお……」
「ああ、動かないでください」
なんか、原始人からギリシャ人ぐらいにはクラスチェンジした感がある。
少なくとも、文明人としてレベルが上がった気がした。
「おお……」
「紳士服に関しましては、また以降に……」
そうか……俺もようやく服をオーダーメイドしてもらえるのか……。
長かった……なんか色々と、こう、レベルが低い気もするけど……。
「なんか素足とか毛深い体が全てを台無しにしている気もするが……」
「いいえ、タロス王。確かにダイ族では、殿方も女性の方も武勇を良しとしていますが……人間の女性はむしろ内面を見るのですよ?」
どう考えても、目についた女を掻っ攫った時点でさっぱり内面は良くないと思うんだが……。
そもそも、護衛の女騎士をくっ殺せどころかぶっ殺してたし……。
「勇気を持つことですよ、ダイ族のタロス王!」
参った……この人がお嫁さんでいい気がしてきた。
とはいえ、ここが男の見せ所である。
体を清潔にして、服を着替えた。
こう、男前も多少は改善されただろうか?
「よし、では我が花嫁に会いに行くか!」
威勢だけは良く、俺はぎこちない所作で大きな扉をゆっくりと開けた。
中は広々として、巨人の俺でもさほど窮屈ではない。
入り口は二回まで吹き抜けで、開放感があった。
多くの蝋燭が既に灯されており、まるで昼の様だった。
もちろん、洞窟特有の湿っぽさも臭いにおいもない。
正しく、文明の世界だった。
「ここが俺の屋敷か……」
もうなんていうか、二十年ぐらいの人生で異世界に来たのか原始時代に来たのか、さっぱりわからない状況だった。しかし、こうして訪れてみると、少なくとも文明に浸っている安心感が得られていた。
「お待ちしておりました、タロス王。姫は二階にてお待ちです。こちらへどうぞ」
ろくに顔も見えない服装がエルフの正装なのか、アンドラはやはり先ほどまでと変わらない格好をしていた。
いや、しかし、こいつら絨毯とか敷かれてる家にいると、とんでもなく浮くな……。
「分かった」
固く返事をして、その上で彼女に続く。
我ながら、めっちゃ固くなってて、みっともない。
そう思っていると、背後からユリさんも付いてきていた。
というか、よく考えれば彼女が家の中の責任者なんだから、彼女が案内するべきだよな。
「それにしても……ヨル族はともかくミミ族は忙しいんじゃないか?」
「いいえ、現在人間たちは非常に争いやすくなっております。ここで下手に我々の影を臭わせますと、我々を諸悪の原因に仕立て上げてしまいますので」
非常に今更だが、巨人族と剛人族、鬼人族と半馬族、そして半狼族は少々違いがあるとしても基本的に兵士である。
少なくとも、戦争がはじまるとすれば俺たちが戦場で戦うことになる。
なにせ、ゴリラが武装しているようなものなので、他の氏族や人間とは戦闘能力が違うのだ。
一方で、森魔族たちは何というか、ニンジャと言うかスパイっぽい仕事を担当している。
よって、前回の奇襲では彼女たちが咎められたというわけだ。
「本来調停役を務める、かの姫の祖国も、今は人間全体に対して不快感を表明しています。このまま大いに疲弊していただきたいものですね」
「あらあら、ユリ、いくら話を振られたからとはいえ、血なまぐさい話ばかりするものではなくてよ?」
「---失礼しました」
ユリはアンドラをたしなめている。
どうやら、知らない仲ではないようだ。
「いや、俺が悪かった」
俺の足の大きさでも問題ない大きさの階段を上って、俺は姫の待つ部屋に至った。
ごくり、と生唾を飲む。
言うまでも無く、この先には俺の嫁になる人がいるのだ。
さらってきた彼女の事は、今でも瞼に焼き付いている。
綺麗な人だった、美しい姫だった。
彼女の事情の一切を組まずに、力づくでさらっておいてなんだが……さらう価値のある人だった。
「……姫様、タロス王がおいでです」
と、ノックしてアンドラが開けてくれる。
それを見てから、俺は……中にのっそりと入った。
そこには、天蓋付きのベッドの前で立つ、美しいフリルの付いた、金髪碧眼の『お姫様』がいらっしゃった。
彼女を見た時の、俺の間抜けな顔と言ったらないだろう。
正に間抜け面だったに違いない。
「ん、ん~~」
軽く咳払いをする。
よし、名乗るぞ!
「ダイ族の王、タロスだ。美しい姫よ、そなたを始めて見た時から、我が心は奪われていた……」
なんというか、悪役全開すぎる発言だった。
多分これ、絶対悪役の言葉である。
「人間の姫よ……名を何と言う」
「……」
とても驚いた顔をしていた彼女は、しばらく沈黙したのちに、慌てて名乗っていた。
「マリーと、お呼びください」
「マリーか、憶えたぞ」
何語?
我ながら固くなりすぎている。
いや、本当に、マジで固くなりすぎている。
「ん、ん~~。この度の戦で、汝は我が虜となった……つまり、そのなんだ……うむ……」
なんだろう、この童貞臭さは。三メートル以上ある大男が、そんなこと言うとか完全にギャグである。
「マリー……さん」
俺は、片膝を付いて、彼女の手を取っていた。
それでも、俺の方が少し視線が高い。
怯えるというか、驚いている顔をして、彼女は俺に手を取らせていた。
「どうか……俺の愛を受け入れて……お嫁さんになってくれませんか?」
何様?!
キャラが一貫してない!
いきなりへりくだったぞ?!
この状況でNOと言えるわけがないんだから、この際強気で行けよ!
「……覚悟はできております。この身を貴方に預けましょう」
……この時の、俺の顔はさぞ間抜け極まりなかったに違いない。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
その手を、両手で包んで握った。
なんというか、折れそうな優しい手だった。
なんというか、長手袋に包まれていてもわかる、フォークよりも重いものを持ったことのない手だった。
感動である……。
「おめでとうございます、タロス王」
「お優しい方で良かったですね、マリー様」
と、両女性は俺の背後で手をぱちぱちとしていた。
拍手であるが……よく考えたら、俺はこの人たちの前でプロポーズしたのだろうか?
っていうか、出て行って欲しいんだが……。
「ではユリ、私も脱ぐとしよう」
「そうね、アンドラ。私も脱ぎましょう」
え?
「あの、お二人とも、何を?」
マリーが慌てて訊ねていた。俺も慌てていた。
なんというか、姫も俺も同じ顔をしていた。
え、これから二人の初夜が始まるんじゃないの?
「お二人とも、ご経験がない様子です。であれば、先達の指導は必要かと」
「タロス王、氏族が異なる場合、失敗することも多いのです。最初だけでも、私達の指導を受けてくださいな」
……と、肌を晒し始めた二人。
アンドラは幽鬼のように透明感のある白い肌を晒し、ユリさんはこう、しっとりとした乳白色の肌を晒していた。
というか、森魔族の素肌なんて初めて見た気がする。顔もキリッとして、とても凛々しい。体は非常に細く、まさにエルフ。何というか、無駄な属性を一切含まないエルフっぷりだ。
ユリさんも、どうして露出を極限まで抑えていたのかよくわかる。
そうか、彼女を、ヨル族を、夢魔族をサキュバスだと思っていた俺はやっぱり間違いじゃなかったんだ……。
なんというか、底知れぬエロスを感じさせる、いい意味で肉感的で女性的だった。
こう、包容力の塊だった。
「タロス王、貴方は初夜の失敗を侮りすぎです。時に不能になることもしばしば」
「どうか、姫様共々我らに身を委ねてくださいな」
何故だろうか、俺は体格的に劣る二人に対して、恐怖を感じていた。
おもむろに、同じぐらい恐怖に震えているマリーを抱きしめていた。
「あ、あの、タロス様?」
「え、ええっと……?!」
怖い、魔人怖いよ?!
そんなこんなで、俺の初夜は何から何までお膳立てしてくれた、魔王様に対しての全面敗北となっていた。