明らかにおかしい王と、ついでに高貴すぎるお姫様
巨人族とはどういう生き物か。
それを直接知っているのは、人間の中では近隣住民だろう。
とはいえ、別段、一般的な知識とそう変わるわけでもない。
巨人族、という亜人や蛮人、野人への認識は大体正しい。
少々誇張されていることはあっても、原則彼らの生態は想像通りなのだ。
そして、巨人族の被害を誰よりも受けていたユビワ王国の一行は、必然巨人族の事を良く知っている。
散々痛い目を見せてくれた、割とどうしようもない相手だった。
「ここが当代の巨人族の王の館だ」
数日かけて到着した場所を見て、誰もが唖然としていた。
なんというか、普通に豪邸である。
多分、エンゲー女王の住んでいる屋敷よりも豪華で、しかも手入れが行き届いていた。
おそらく、人間の屋敷と言ってもさほど意外ではない。
強いて言えば、扉がやたらと大きく、加えてドアノブの位置が高い、というか複数あることぐらいだろう。
人間が開ける用と、巨人族が使う用の二つがあるようだった。
「既に話は通してある。タロス王は、礼儀をわきまえている相手には寛容だ。失礼のないようにな」
「……はい」
にっこりと、おそらく夢魔族であろう豊満な姿のメイドが、ドアを外から開けてくれた。中に案内されると、そこはエントランスであり、普通に豪邸だった。
そして、そんな彼らの印象を裏切ることなく、中に待ち構えていた巨人は清潔な格好で彼らを迎えていた。
「ようこそ、我が屋敷へ。遠路はるばる、大変だっただろう……我が領地は道というものがないからな」
一種の申し訳なさをにおわせながら、今まで出会ったどの巨人族よりも大きい、布を簡単に加工した服を着た男は、大きく体を前傾させながら手を伸ばしてきた。
エンゲーの頭をつかみ握りつぶせそうな手を、彼女は恐怖した。
だが、まさか握手では、と思うと握り返さなければならなかった。
なにせ、失礼なことは命にかかわりそうである。
「こ、こちらこそ……急にお伺いして、申し訳ありません」
「いえいえ……敵国の領地へ、僅かな手勢と共に交渉へ向かう。その勇気には感服しております」
果たして、この男は本当に巨人族なのだろうか。
姿かたちこそ紛れもなく巨人族だが、しかし言動が余りにも穏やかで知的だった。
「こちらに、ささやかではありますが歓迎の用意をしております。妻もおりますので、どうか気を楽にしてください」
ややぎこちないが、彼は大きな手で一階の廊下を手で示した。
それを受けて、エンゲー女王は狐に化かされているかのような非現実感と共に、屋敷の中を歩いて行く。
当然、道なき道を歩いていた彼女と、その護衛である若い兵士たちは、体に葉っぱや土がついている。
なんというか、屋敷を汚して、申し訳ない気分になっているぐらいだった。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
そして、その大きなドアを開けると、そこには花が咲くように笑い、輝くように立ち振る舞う女性、少女がいた。
巨人族の妻の要素など一切ない、高貴なる血筋を感じさせる姫。
エンゲーの様な名ばかりの姫とは違う、本物のロイヤルさを感じさせていた。
「巨人族の王タロスの妻、マリーと申します」
「ユビワ王国の女王、エンゲーです」
呆然としながらも、挨拶を交わして、その上でマリーと言う名前にびっくりしていた。
もちろん、そう珍しい名前でもない。
だが、先日の戦争で行方不明になった姫の事を、彼女は思い出していた。
「もしや、バイル王国の姫君では?」
「ええ、その通りです」
直後、一行は全員ひれ伏していた。
一種、人類の頂点と呼んで差し支えない相手に、さも客人として持て成されてしまったことに、彼女たちは絶望感さえ感じているようだったのである。
「も、申し訳ありませんでした!」
藪をつついて蛇が出る、というレベルではない。
これはもう、一族郎党皆殺しレベルの話である。
建国してから二千年、この大陸で多くの国が建国しては滅ぶ中、唯一その威厳を保ち続けている宗教の宗主国。
その姫と、落ちぶれに落ちぶれた辺境貴族の子孫如きが、挨拶をするなどあり得ないことだった。
「顔を上げてくださいな、今のは私はダイ族、巨人族の王の妻ですから」
「は、はぁ……」
よたよたと起き上がるエンゲー。
噂に聞く通りの美少女であり、寛容な器量の持ち主だった。
清楚を示す白いドレスも、実に似合っている。高貴な生まれである肌の滑らかさも、女性として嫉妬を通り越した羨望を憶えていた。
「久しぶりに人間とお話ができるので、楽しみにしていたのですよ」
「きょ、恐縮です」
余りにも予想外の事だった。
どう考えてもあり得ないことだった。
確かになんというか、彼女が戦争で行方不明になったのだから、此処にいても不自然ではないのだが。
だとしても、何事にも限度はあるだろう。
「さあ、お客人。我が家のおもてなしをどうぞ」
「主人は、お客様をもてなすのを楽しみにしていたのですよ」
並べられた料理は殺人熊の丸焼き、などではなく、給仕をしている夢魔族の調理した高級料理の数々だった。
おそらく、没落する前の自分の先祖さえ食べたことのないであろう、文化の粋が並べられていた。
「よ、よろしいのですか?」
「お客様が多くいらっしゃるということで、立食形式にさせていただきましたが、失礼でしたか?」
と、エンゲーの護衛を務めた兵士たちは、自分の分もあるのか、と向き合っていた。
もちろん、女王の護衛であり、一応その権利もあるとは思うのだが。
「いえ、では御馳走をいただきます」
我知らずに、生唾を呑み込んでいた。
なんというか、非常に豪華な料理が並んでいる。
それを前に、彼女たちは鉄の理性をもって、食器を使って失礼のないように食べていく。
一応、礼儀としてテーブルマナーも仕込まれている。
それを総動員して、かきこまないようにしていた。
ふと頭上を見上げれば、そこにはとても嬉しそうな巨人族の王がいる。
所作からして、下品を嫌うことが理解できるのだが……。
「如何ですか? ミルクを使って臭みを抜いてあるそうなのですが……」
「大変おいしゅうございます」
「そうですか、それは良かった……では、まずは空腹を満たしてください。話があるならば、その後でも……」
パーティーを行うであろう広間には、多くのテ-ブルが並び、そこには多くの料理が乗せられていた。
間違いなく、巨人族の王を除けば食べきれないほどの食事である。
まさか、この後自分達を取って食うつもりなのではないだろうか。
余りの厚遇に、誰もが緊張で走馬燈がよぎり始めていた。
「うふふ……普段の主人は、もう少し横柄に振る舞っているのですが、お客様がいらしたことで舞い上がって、腰が低くなっているんですよ」
「マリー……お客人の前でからかうのはやめて欲しいな」
やや咳払いをして恥じらっている巨人の王。
おかしい、こんなの巨人族じゃないぞ。
これはもう完全に、新種の何かではないだろうか?
「いきなり食事を振る舞う、というのは流石に不適切かとも思ったのですが……何分、いきなり風呂へ入るように指示することは憚られましたので……」
「ええ、まずはお腹を満たしてくださいな」
ものすごく美味しい料理ではあるのだが、しかし味がわからない。
おかしい、こんなにもてなされる謂れなど、どこにもない筈なのだが。
「タロス王」
「どうした、アンドラ」
「氏族の方が、門のところでお待ちです」
自分達をここへ案内した森魔族とは違う森魔族が、巨人族の王の足元で彼に報告する。
それが何を意味するのか、彼は露骨に顔をしかめていた。
「分かった、こちらから挨拶する。マリー、済まないが彼女達を」
「ええ、分かりました」
ものすごく申し訳なさそうにエンゲーに一礼すると、物凄く不快そうにエントランスへ向けて歩いて行った。
そして、そのまま何やら大きな音がすると、玄関の方で口論の声が聞こえてきた。
「すみません、主人は氏族の者と話をしようとしておりまして」
「……そうですか、申し訳ありません」
「いいえ、良いのです。予定にないのは彼らの方でしたから」
本当に申し訳なさそうにしているマリーを見て、何というか益々複雑怪奇なことになってきた。
どういうことだ、彼は巨人族の王ではないのか?
「夫は……ダイ族を余り良く思っていないようなのです」
その言葉を、ああ、なるほど、と納得できるだけのものを既に見ていた。
『よ、ようタロス王』
『久しぶりだなぁ』
『飯時か? うまそうなにおいがしてるじゃねえか』
『何の用だ?』
『いやな、なんか人間の女がまた来たって言うじゃねえか』
『おうおう、また結婚すんのかと思ってよ?』
『もしもそうなら、と思ってよ?』
『……たかりに来たのか?』
『そ、そんなんじゃねえよ……』
『あ、ああ、当たり前だろ? もうチビ共もコツをつかんだしよ』
『まあ、食うには困らない程度にはな?』
『じゃあいいだろうが、失せろ』
『つれねえな、タロス王』
『そうだぜ、自分だけ旨いもん食うなんてよ……』
『お前はミミ族の王でもヨル族の王でもねえ、俺達の王じゃねえか』
『なら、王としてお前らをぶちのめすぞ』
『そ、それは、なあ?』
『ああ、別に悪いってわけじゃねえんだ!』
『ただ、俺らの事も……』
『自分の村の食い扶持ぐらい、自分で何とかしろ』
と、何とも嫌悪感をむき出しにした対応だった。
その会話を聞いただけで、彼が何を嫌い何を好むのか、あっさりと分かるほどに。
だが、むしろ今の対応の方が、巨人族の王らしいと思うのは矛盾だったのかもしれない。
というか、人間の事が好きすぎて、巨人族の事が大分嫌いなように思えるのだが。
「これは、大丈夫なのかしら……」
なんというか、これから起きるであろう軋轢を心配しながら、エンゲーは食事をするのであった。




