もう駄目な国と、もう少し頑張る女王
「もう、駄目だわ」
都市国家ユビワ王国。
当然さほど大きい国ではなく、同じ都市国家であるバイル王国とは比べ物にならないほど、貧乏で何一ついい所のない国だった。
何が不幸かと言えば、魔王領と国境を接していることにある。
もちろん国境という考え方自体が魔王領にはないので、正しく言えば亜人の住む領地の近くに彼らの国があるというべきだろう。
もっと正しく言えば、この国の成り立ちそのものが、亜人たちへの供物と言ってもいい。
元々、亜人達の領地から遠いところに最古の国であるバイル王国が国母リストによって建国された。
それ以降人類は急激に数を増やしながら繁栄を謳歌し、遂にはある意味で故郷である魔王の領地に近くなる。
当然、先住民である亜人と人間は接触し、戦争になる訳だが……。
そもそも、亜人の被害を受けるのは国境沿いであり、奪われるのは食料と民衆の命ぐらいなものだ。
もちろんそれはそれで守らねばならないのだが、一部の権力者が権力争いで負けた者に国を押し付けた。
それがユビワ王国の始まりである。
「こんな国、もう持たないわ!」
要するに、亜人の領地に近いところに国を作り、そこで人に生活をさせれば、亜人たちはそこを襲って食料を奪って、満足して帰っていく。
生贄であり、餌箱。その程度の理由で、この国は建国された。
そして、建国からすでに五十年が経過し……最初から無理のあった国は既に滅亡寸前だった。
第四代目の国王であるエンゲー女王は、城とは名ばかりの屋敷で頭を抱えていた。
重臣と言う名の役人たちも、その言葉にまるで反論していない。
むしろ、誰よりも諦めなかったのはエンゲー女王である。
父親を亜人によって殺された彼女は、婚期も青春も全て捨てて、今日まで何とか国を持たせていたのだ。
その頑張りは、彼女の臣下や多くない領民が一番よく分かっている。
だが、何一つとしていいところのない、あるわけがないこの国が、小娘の浅知恵でどうにかできるわけもない。
というか、できることが少なすぎて最初から誰にもどうにもできなかったのだ。
前記の説明通り、この国は一種の生贄なので、この国から出て他の国に保護してもらうということも不可能だった。
なにせ、この国が消えればこの国の負っていた負担が他の国にも分散してしまうのだから。
なので、閉じ込める。
この近くの国々はユビワ王国の破たんを恐れて、この国からの脱出者を受け入れないようにしていた。
つまり、国とは名ばかりの牢獄だったのである。
虜囚である国民は、肩を寄せ合って生きてきたのだが……それも限界だった。
はっきり言って、この冬を越す食べ物がない。
「だというのに、他の国はもう食料をくれないっていうし!」
何度も言うが滅びられると困るので、他所の国から多少援助をせびることもできる。
もちろん後で返す義務が生じるのだが、そんなことを言っても冬に食べるものがないというのは致命的だ。
この地方は気候が安定しているのだが、それでも穀物の収穫期というものはあるので、食べる物がない『冬』はあるのだ。
そして、それを凌ぐために借金という名の『食料の要求』を代々してきたのだが……。
今回はどこの国もその余裕がなくなってしまった。
単純に、諸国で戦争が始まったからである。
この国には知らされていなかったが、亜人を討伐し魔王領を征服するために、国境を接していない国も立ち上がり攻め込んだという。
だが、バイル王国の姫を失ったことで連合は瓦解。諸国の王は責任の押し付け合いや、捕らぬ狸の皮算用で無茶をした埋め合わせをしようと、戦乱の世になってしまったのだ。
もちろん取るに値するものがないこの土地で、国家間の争いが起きることもないのだが、だからと言って、この国が豊かになる訳でもない。
「もうみんなで飢えて死ぬしかないのよ……」
あと数カ月でこの国の備蓄は尽きる。
数千人しかいない小さな国だったが、その数千人がどんなに切り詰めても、国体を維持できないほど疲弊してしまっていたのだ。
「もういや……どうせこの冬を乗り切っても、この国で生まれる命に何一ついいことなんてないのに……もうみんな諦めましょう……みんなで先祖の所へ行って、文句を言いに行きましょう……」
政争で負けて、子孫の未来を奪った駄目先祖。
その彼らに文句を言うために、いっそ楽になろう。
毒草でも飲んで、死んで楽になろう。
そんな、どうしようもない提案を彼女は真剣に検討し始めた。
「流石に毒草の数が足りないわね……でも、山に入れば……山には巨人族が……ああ、でもいいか、もういまさらそんなことを気にしても……」
基本的に、山として見れば魔王の領地は豊かである。
獲物は多く、香草や薬草、毒草も多い。
しかし、その縄張りを独占しているのは亜人の中でも最強と名高い巨人族である。
彼らは人間を食べるわけではないが、縄張りに入った者には容赦しない。そして、いざ戦えば勝ち目などない。
相手はろくに武装もしていないが、常人の二倍はあるという巨体の前には全てが無意味である。まず、心が折れてしまうのだ。
「もういっそみんなで山に入って殺されてやりましょうか……っは?!」
この時、彼女の心に一つの自暴自棄な国策が思い浮かんでいた。
「……そうだ、魔王に身売りしましょう」
え、という言葉を誰も言うことはできなかった。
余りにも突飛すぎる発言に、誰もが思考を止めていた。
だって、そんなこと考えるわけがないのだから。
巨人族と言うのは言葉が通じる程度で、野生動物と変わらない生活をしているのだ。野生動物に保護を求めるなど、阿呆極まりない事である。
それを統べているという魔王にしても、基本的に人類最大の敵である。
そんなのを相手に保護を求める、それも滅亡寸前の小国が。
「じょ、女王陛下……それは余りにも無理です……」
初代国王の時代から使えている老齢の重臣は、乱心を憐れみながらそんなことを言う。
民衆や家臣総出で盗賊団に身を落して、人知れず他所の村から食料を奪う方がまだ現実的だった。
「うるさいわね! もう他に手なんてないわよ! どうせ死ぬなら、国の為の外交努力の果てに死んでやるわ!」
そうと決まれば、もはや彼女の判断を止められる者はいない。
少なくとももはや打つ手の残っていないこの国で、彼女の暴挙が失敗してもも死ぬのが多少早くなる程度なのだろう。
多少の期待を寄せながら、特使団の編成を始めた彼女の無事を祈るしかなかった。
※
「これが国庫の備蓄のすべてです」
エンゲー女王は集会場に国のお主だったものを集めて、今の国の説明を始めていた。
この国が如何に絶望的な状況なのかは、小さい国だけに国民も知っている。
そんなことを今更言われても、なんの驚きもない。
「このまま何の手も打たねば、収穫を前にして我が国に備蓄が尽きます!」
希少な羊皮紙を使って、彼女は国民に数値として説明を行っていた。
国民の中にはそれなりに学のあるものもいるので、或いは建国前から彼女の家に仕えていた者たちもいるので、知識の伝承もまだ絶えていなかった。
「しかし、既に諸国に送った手紙への返答は無情なものばかり。我が国を見捨てるつもりの様です……その上で! 私に最後の賭けをする用意があります!」
彼女はこの集会を始めた時点で、各人に投げるのに手ごろな石を一つずつ持ってくるように伝えていた。
これからいうことが、どれほど難しい事なのか、良く知っているからだ。
しかし、それしか手がない事も事実。
そして、いっそ死ぬなら民衆に殺されたかったのかもしれない。
「魔王領に入り、交渉し、保護下に入ります!」
今更ではあるが、この国はもっとも亜人の被害を受けてきた国である。
亜人とは忌むべきもの、という程度ではない。確実に敵そのものだった。
育てていた家畜を奪われることがあり、焼いたパンを奪われることがあり、抵抗した市民が殺されたことがあった。
その亜人の総元締めに交渉する、旗下に入る。
そのことに対して、抵抗のない者はいないだろう。
「特使として、私は数名の護衛と共に魔王領に入ります……ですが、市民の皆がそれを良しとしないのであれば……私はここで石に打たれることも、皆と一緒に飢えて死ぬことも良しとしましょう!」
どうしようもない状況で打てるのは、つまりは絶対に打てない一手に他ならない。
皆が沈黙し、検討する。
少なくとも、その結論は楽しいものではないからだ。
だがどうしようもない、というのは本当で、きっと彼女も苦渋の決断だったのだろう。
「……沈黙は、肯定と取ります」
誰もが、このまま真綿で首を絞められるように死にたくない。
家族で飢えて死ぬなどまっぴらだった。
それが、何もかもが流されるままに受け入れてきた市民の、最後の熱だったのかもしれない。
「では、明日私は山に入ります!」




