夫婦の関係と、ついでに魔王の話
俺は今まで魔王の事を大分侮っていたようだ。
なんというか、ここまで恐ろしい男だったなんて。
というか、こんなに恐ろしい種族だったなんて。
「あ……あ……あ」
ついに、変化は終了していた。
メザと呼ばれていた鬼人族の女戦士は、あっさりと夢魔族の女に変わり果てていた。顔の傷や足のケガも、急激な変化故か治っている。
既に発光も収まり、ただのきわどい服を着たエロい女に変わっている。
しかし、それでもなんというか……欲情するどころか、恐怖しか感じられなかった。
「あらあら、そんな服じゃ寒いでしょう? 服を着せてあげるわね~~」
ノリノリでどこかの木陰へ連れていくバラ女王。
前向きに受け止めすぎである。
なんというか、必要な行為だとはわかるのだが……それでも怖いぞ、魔王シルファー。
「お、恐ろしい……これが魔王様の、カミ族の力……」
「こ、こわいよ~~~!」
震え上がる新しい王たち。
安心して欲しい、現役続行中の俺達もスゲー怖いと思っているから。
むしろすぐに隠居しようかと思っていたから。
もう今まで通りの年齢詐称だとは思えてないから。
「お、おっかねえな……」
「ええ、私も羽毛の身でありながら震え上がるほどでございました。果たして氏族の者にも伝えるべきか否か……」
カナブ王もツミレ女王もドン引きである。
なんか、後世に残しちゃいけないレベルの問題が生じていた。
少し前まで、カミ族を名乗っている悪魔族は頭が良くて寿命が長いぐらいの認識だったのに……。
もうなんというか、滅びたはずの超古代文明の生き残りとか、そんな感じだぞ。
出身地はムーかアトランティスだな。もしかしたら、この大陸がそうなる可能性もある。
一切笑える要素がないので、此処で打ち切るけども。
「魔王様……今後どうするつもりだ?」
俺は話題を進めることにした。
とにかくもう、此処で終わらせないと怖すぎる。
悪魔族のことなんて、もうこれっぽっちも知りたくなかった。
「さしあたり、この手でもう一度ソボロの金棒を作る……次の王が決まるまでには」
「そうか……だそうだ、ネギミ……蹴り倒しておいてなんだが……とりあえず、その……まあ、うん、氏族の者に説明するべきだ」
「なんて言やあいいんだよ?」
確かに夢魔族は娼婦扱いで、メザは英雄の娘だ。
色々と言いにくいことはあるだろう。
俺だって、似たようなことになったら、と想像しただけでも絶句する。
少なくとも、人間だったころに巨人になる、と言われれば似たことを想っていただろう。
夢魔族は確かに永遠を若く美しく生きるが、それを羨ましく思っているのは人間ぐらいで、少なくとも他の氏族はあんまり羨ましいとは思っていないだろう。
メザは鬼人族であることに誇りを持っていた。そんなメザのことを、他の誰もが知っていただろう。
ギリギリ巨人族なら許容したかもしれないが、これは、すこし、うん、ない。
「魔王が金棒をへし折った。その上で、彼女を更生……反省させようと引き取った。そういえばいい……」
「……ああ、わかった。すまねぇ、これも俺らがあの娘っ子を……止めきれなかったからだ」
結局、そこに帰結するのだろう。
方向性が大分違ったが、俺が危惧していたことだった。氏族の問題を氏族内で解決できず、問題を大きくすること。
メザの事は、せめて俺たちが到着する前に終わらせるべきだった。
「さて、どうするカナブ」
「なにがだ、魔王様よぉ」
「こうなっては、すぐに揃うことはなくなってしまったが、武器を起こすのは今度でもいいか?」
誰よりも武器の起動にこだわっていたカナブ王に、魔王は確認するかのように訊ねていた。
だが、その答えは、俺ももう知っている。
「いいや、後で良い。どっしりと待つさ」
「そうか、待たせて済まない」
いくつかの事を、俺は確認できた。
確かにこの斧は強大で、他の武器もそうなのだろう。
だが、この武器が事実伝説の武器だったとしても、製作したのはあくまでも魔王で、この武器の強さは魔王に帰結するということだ。
どう言いつくろったところで、これは俺達個人のものではないのだろう。
朽ちぬはずの最強の武器。それを知って浮かれていた気分が、一気に冷めたのだろう。
あの、金色に輝いていた金棒が砕けた時点で。
※
諸王と別れて、森の中を歩く。片手には、我が花嫁を抱えていた。
俺とマリーは帰途についていたが、結婚式の帰りとは思えないほどに気持ちが沈んでいた。
何も悪いことは起きていないはずなのに、とても気落ちしている。
「マリー……君の先祖は凄い人だな」
「そうですね……今は畏敬だけではなく、恐怖を感じています」
「だが……尊敬もできる。価値観は決定的なほど合わないが、あの人はあれだけの力を持ちながら、それを今まで前に出さなかった。それは、うん、文化的だ。あの御仁は……本当に君を愛しているし、俺の先祖も友人だと思ってくれているんだろう」
非常に今更ではある。
そもそも、あの恐竜の首をこの斧が切り落とした時点で、その事に気付くべきだった。
この武器を伝説視しすぎて、この斧の製作者である魔王を軽く見ていた。
明らかにおかしくて、どう考えても間違っていた。
こんなスゴイ武器を作った当人が生きているのに、軽く見るなんて。
神様転生の主人公じゃあるまいし、自分の力の出所を考えるべきだった。
これではエリック君を笑えないな。
自分の持っている武器がどういうものなのか、俺はちゃんと考えて行動するべきだ。
「ですが……そうして反省して、謙虚に振る舞えることは貴方の美点です」
「そうかな?」
「ええ……エリックは、最後までそれに気づきませんでした」
確かにな、あれだけ人類全体への貢献をうたっていたくせに、いざとなれば命乞いをして、人類を裏切ろうとした。
精神的に追い詰められていたことは仕方がないとしても、それでも彼は最後まで反省しなかった。
「あのメザという姫も一緒です……王にこだわりすぎて、民が見えていませんでした」
マリーは、俺を横顔に軽くキスをしてくれた。
もちろん、ミミ族の服を着ているので、唇の感触は寂しいものだけども。
「ですが、貴方は国の事を第一に考えてくれています。そんな王に見初められて、私は嬉しいです」
「あ、そう? そうか、うむ、そうか……」
その辺りは、微妙な乙女心なのだろう。
国の事を想いつつ、自分の事も思ってほしい。
それが彼女が夫に求めるものなのだろう。
まあ、私だけ見て、といわれても俺も困る。
私は貴方が嫌いです、と言われたら泣いてしまう。
そういう意味では、いい夫婦になれるのかもしれない。
「それにしてもまあ、まさか種族を変えてしまう道具があるとは……悪魔族はすごいな」
「ええ、封印も当然でしょう」
目的が元々、俺達のような異氏族の夫婦の為ということもあって、大量の相手を一気に変える、と言うことはできない。
基本的に指輪一つで一人しか変身させられず、解除すると同時に指輪の機能が戻るらしい。
つまり、あの色あせた指輪でもう一度彼女の体に印を押さねば、彼女は生涯夢魔族のままなのだ。
というか、夢魔族に寿命は無いので永遠にあのままである。
筋肉馬鹿がエロ女になるとか、完全に嫌だろう。経験者は語る。
「それに、アンドラに渡していたってのも驚きだ……」
「ええ、確かに必要になっていたかもしれませんが……」
もじもじと、マリーは照れていた。
何だろうか、思うところでもあるのだろうか。
「私がその、巨人族になったら嫌いになってしまいますか?」
「……もちろん、俺の為に巨人族になってくれるんだから、君を嫌いには成らない。でも、今の君に会えないのは残念だな」
正直に言えば、風呂に入って歯を磨いてくれるなら、相手が巨人族でも鬼人族でも、それなりに好きになったとは思う。
だがまあ、そんなのはどこにもいないわけで。もしかしたら居たかもしれないけども、先に会ったのはマリーなんだし……。
「マリーは、俺が人間になった方がいいか?」
「そうですね、一度見てみたいとは思いますが……」
人間になった俺か……少し興味があるな。
確かに、そっちの方が彼女も苦しくないだろうし。
「今の貴方も、素敵ですよ?」
「そうか……そりゃあよかった」
今度、使ってみるのもいいかもしれない。
そうおもいつつ、俺はその日が来なくてもいいと思うのであった。




