悪魔の恐怖と、ついでに小娘への罰
こうして、今のメザは取り押さえられていた。なんというか、当然の末路であろう。
彼女の暴挙が許されていたのは、単に戦争で活躍した王の娘であるということと、彼女自身も武勲を立てていたというだけの事で、彼女以上に権威のある魔王や彼女以上に武勲の有る俺が動けばそれまでだった。
そもそも、起動していない伝説の武器など、朽ちないだけの武器だったのだし。
「はぁ……少し悲しいな」
精魂込めて友人の為に作った武器を、仕方ないとはいえ自分で壊してしまった魔王。
それなりに落ち込んでいるらしい、へこんでいた。
とはいえ、確かに英断である。アレ、一応大量破壊兵器だし。
最強の武器と言っても、食料が湧くわけでもないしな。
「あの、魔王様……その」
「安心して欲しい、ネギミ。同じものを作るのは不本意だが、君達の王が決まったときには間に合うように持ってくる」
そりゃそうだよな、伝説の武器だって言っても、作った本人が現役だもんな。
必要に応じて壊すこともあるし、壊したらまた作ればいいしな……。
もしかして魔剣を娘にあげたのって、不要になったというか、最悪また作ればいいと思っていたのでは……。
怖いな、悪魔族怖いな。身近な道具チートって、マジで手に負えないな。
魔王じゃなかったら、危機感に目覚めて闇討ちしているところだ。
「くそ……くそ……!」
もう他に言うことがないのか、罵倒の言葉を言うメザ。ラッパ王の鎖によって、正座の姿勢で拘束されている。
しかし、流石に国宝と言うか三種の神器的なものを分捕って暴れた娘だ。内内に処理したならともかく、全ての王が把握してしまった以上、何かの罰でも受けねばなるまい。
「なんでだよ……私は父ちゃんの金棒を、兄ちゃん以外に渡したくなかっただけなのに……」
いや、だからその金棒は私物じゃねえから。
強いて言えばお前の御先祖であるソボロ王の物で、それを王になった奴が受け継いでるだけだから。
「だから言っただろうが……ありゃあお前の父ちゃんのもんでもねえって!」
「違う! アレは父ちゃんのだ!」
「お前らもういい加減にしろ!」
カナブ王が怒鳴っていた。多分、本気でイライラしていると思われる。
でもまあ、今更説得しようったって、大分遅いだろう。
そもそも、それじゃあ意味なんてなかったわけだし。
「何時までもぐちぐちぐちぐち! 鬱陶しいわ!」
「なんだと、チビが!」
「ああん?!」
どう考え得てもカナブ王の方がましである。
言い方はともかく、言っていることは大分まともだった。
今更説得しても、大分遅いのである。
「……」
同情しているマリーだが、発言しないのは流石であろう。
この状況で彼女が何を言っても、火に油だ。
「ねえねえ、あんまり痛いことしないよねぇ~~?」
昨夜の絡み酒はどこへやら、半狼族のケンチュウ王はメザの受ける罰を心配していた。
こういう時に厄介なのが、鬼人族の王の不在である。
基本的に、鬼人族の罪は鬼人族が罰するべきであるが、その王も今はいない。
となると、法治国家ではないこの魔王領では、魔王の裁定が全てである。
つまり、一切基準がないのだ。
少なくとも、俺は巨人族に明文化された法律が存在しないことを知っている。
何故なら字がないからな!
字がないから、文章なんて残せないからな!
そんなんだから知識が分断されるんだよ!
「ラッパ、アレは持っているか」
「二つほど、アンドラに渡してあります」
「そうか……じゃあ残りを」
しばらくごそごそとして、ラッパ王は小さめのケースを出して、その中身を見せた。
多分、地球基準でも商品化できるレベルのケースには、八個の指輪と、二個の空いたスペースがあった。
一体なんなのだろうか、この指輪は。
見るからに、ヤバそうな代物であるのだが。
「どれにするか……」
八個ある、装飾の施された指輪。
それを手で触れながら選んでいる。
なんというか、諸王がドン引きしていた。
何故なら、バラ女王が身もだえしていたからだ。
「お、おお! これはもしや、噂に名高き禁断の魔法では?!」
半鳥族のツミレ女王が、恐れおののきつつも何かを察していた。
流石は噂好きの一族である。大抵の事はぼんやりと知っている。
「カミ族は道具造りに優れた種族であり、中にはとんでもない道具を作る者がいるとか! 禁断の魔法が込められた道具を、ラッパ王が保管していると聞いたことがございます!」
禁断の魔法って……とんでもなくファンタジーだけど、それを二十年間知らなかった俺って一体……。
というか、今更だけど悪魔族って普段何してるんだ?
魔王とその息子以外、見たことないぞ?
大丈夫なのか? この星を破壊する爆弾とか作ってないよな?
「その通りだ、この道具は以前我が氏族の者の手によって作られたもの。しかし、出来上がったものを試す段になり問題を感じ、この手に預けたのだ」
作る前に気付けよ。
使う前に問題を感じたって、何?
何しようとしたのソイツ。
「リストの末裔、マリーよ。氏族の混血に関しては知っているか?」
「はい……私のような人間と、バラ女王のようなヨル族だけが、他の氏族と子をなせると聞きました」
そうである。基本的に、氏族が異なる者同士では、子はできない。
十の知恵ある者の中で、人間と夢魔族だけがそれを可能にしている。
巨人族と人間が交われば、人間にしては大きい子供か、巨人にしては小さい子供が生まれる。つまり、一種の雑種だ。
これは夢魔族を除く他の氏族にも言えることで、マリーの先祖であるリストは悪魔族との混血であり、人間にしてはあり得ないほど長命だったそうだ。
夢魔族は例外で、人間と交わろうが誰と交わろうが、必ず夢魔族だけを産むそうだ。
「その通りだ。しかし、カミ族の中にはこれに挑戦しようとした馬鹿者がいてな。氏族の異なる夫婦に、子をなす奇跡を与えようとしたのだ」
なんだそりゃ。俺は絶句している。
もちろん、事情を知っているであろう長命な王二人を除いて、誰もが絶句していた。
一番衝撃を受けているのはメザだった。赤い顔が完全に青ざめている。
そりゃそうだ、話の流れからして、彼女に使用されるんだから。
「言うまでも無いが、別にその者は異氏族と子をなしたかったわけではなかった。単に研究の目標として、そのような道具を作ろうとしたのだ」
それは最悪だと思います。完全に狂気の科学者の発想だ。
というか、その理屈だと悪魔族ってみんなそんな事ばっかり考えてるの?!
どんだけ暇なんだよ?!
「色々なアプローチを検討したところ、とりあえずこの道具を作った。これも別に正解と言うわけではないが、ひとまず問題は解決すると思ってな」
魔王はこれでいいか、と一つの指輪を手に取って自分の手にはめた。
それは、俺の武器同様に怪しい光を放っている。
「そこまで作って、そこでその者は気づいたのだ。成した子はどのような子になるのかとな」
そこはもっと早く気づこうよ!
なんでそこで気付くのが遅いんだよ!
滅茶苦茶無責任だな?!
「ハネ族と人間の混血がどのようなものであるか、ツミレ女王は知っているか?」
「はい……人間として生まれれば羽毛を薄く帯びて生まれ、ハネ族として生まれればハネ族としては寿命が長く、その代わり飛ぶ力がやや弱いと……」
「その通りだ。もちろんこの眼でそうした者も見てきたが、別段本人は少しばかり苦労している程度で、不幸と言うわけでもなさそうだった」
それを聞いて、マリーは少し安心しているようだった。
確かに、そこで皆例外なく不幸になった、と言われたら困るしな。
「混血が純血と子をなしても、それはもはや純血のものであり、その代以降に混血としての性質が引き継がれることはない。故に、九氏族が人間と恋をして子をなしても、嫌悪される偏見はあろうとも、禁忌とされることはない」
指輪を付けた魔王は、神妙な顔つきでメザに近づく。
メザは必死でもがくが、生憎と彼女を拘束しているのは不朽の鎖である。
例えもがいても、千切れることはない。
「しかし、仮にダイ族やカタ族とハネ族が子をなせばどうなるか? ハネ族に生まれながら、空を飛べぬ不幸な子になるのではないか?」
「なんと……?!」
ツミレ女王が絶句した。
短命ではあるが、しかし空を自由に飛ぶ半鳥族は、とても自らの生に感謝している。
それが、飛ぶのが下手、少し苦手、と言うのではなく。
ダチョウのように飛べない鳥になってしまえば……。
それは、想像するだに恐ろしいだろう。
「ある程度、推測することはできたが……しかし、可能性が残っている以上、試すこともできない。その結果、この手に預けるという判断をしたのだ」
そして、俺は気づいた。
その指輪のデザインが、印鑑になっていると。
つまり、その指輪ははめた相手に効果を発揮するものではなく、指輪で印を押した対象に効果を及ぼすのだと。
「お待ちください、魔王様! よもやそれは悪名高き奴隷の烙印では?!」
自分が喰らうわけでもないのに悲鳴を上げていたのは、半馬族のエリア王だった。
背中に乗るとか、奴隷とかそういうのに非常に敏感な種族だし……。自分や自分の氏族ではないとしても、とんでもなく忌まわしいのだろう。
「違う。これは精神に作用するものでも、契約を押し付けるものでもない」
「や、止めろ……止めろぉおおお!」
必死でもがくメザ。
彼女の首に、それを押し当てる魔王。
慈悲は無い。
なんというか、本気でビビる恐ろしさがあった。
「ふむ、確かに仕様道理の効果だな」
魔王の手から離れた美しい指輪は、いっきにくすみ、色あせていた。
朽ちることこそないものの、明らかに込められていた魔法の力が失われている。
「あああ、あああ、あああ……」
「もう一度言うが、これは試作品であった。夫婦に子をなす喜びを与えたい、という名目に近い動機ではあるが、それを目指して本気で作成されたものだ」
なんというか、とんでもない光景だった。
指輪の輝きが、彼女に乗り移り、姿を変えていくようだった。
「そして、一番確実で簡単なことは、父親も母親も、同じ氏族なら何の問題もないということだ」
「ううう……ううう……うう、う……っ」
角が縮んでいく、体が縮んでいく。
アイデンティティが、種族としての特性が失われていく。
「これを作った者は、どちらかの氏族そのものを変えてしまえばいい、と思ったのだ」
なんだそりゃあ?!
どう考えても不妊治療よりも難しいぞ?!
っていうか、それを使えば俺も人間になれるの?!
ズルくね?! っていうか欲しいよ! 巨人族の王になる前に欲しかったよ!
「理屈の上では、例えばマリーがダイ族になりタロス王と子をなせば、そのまま純血のダイ族の子が生まれる、ということになるはずだった。しかし、まさか試すわけにもいくまい」
確かに……産んでみたら違った、ってのは冗談じゃすまないな。
っていうか、もしかしてラッパ王がアンドラに渡した指輪って、人間になる指輪と巨人族になる指輪?!
いろいろ上手く行かなかったら、俺を人間にするかマリーを巨人にするつもりだったの?!
選択肢の一つとして?! 怖いぞラッパ王!
だんだんと、赤い肌も淡くなっていく。
筋肉が失われ、体が丸くなっていく。
その喪失を味わって、メザはうめくこともできなかった。
「その、メザは他の氏族になっちまうってことですかい?」
「仕方ないだろう、鬼人族のままでは、我らは抑えることもできん。非力になってもらわねばな」
確かになぁ、正直彼女は納得してないだろうし、暴れ出したら被害も大きいだろう。
鬼人族は彼女を捌けなかったし、かといって巨人族に預けられても困るわけで。
殺せばいい話だけど、そこまで罪深くもないしな……。
「では、まさか、その……」
「ああ、彼女には処置としてヨル族になってもらう」
そっち?! 森魔族でもいいだろう?!
まあ確かに、剛人族にしても巨人族にしても、正直危険度は変わらないし。
半人にしても暴れ出したら変わらないし……半鳥族ならいいかもしれないけど、下手したら墜落して死にそうだしな……。
となると、必然的に魔人の中のどれかか、人間ということになる。
でも、人間の指輪はここに無いわけで。
「バラ、よろしく頼むぞ」
「ええ、任せてちょうだい。どこに出しても恥ずかしくないレディーにしてあげる」
果たして、英雄の娘が受けた罰は適当だったのだろうか。
これは罰としてはどの程度重いのだろうか。
赤かった肌が乳白色に染まり、筋肉が柔らかな脂肪になり、着ていた毛皮の服が張り始めている、メリハリのついた体になっていくメザ。
それを見て呆然としている元王のネギミ。
戦闘民族から奉仕民族に生まれ変わった彼女は、一時的なのか継続的なのか、バラ女王の保護下に置かれるのだろう。
一つ確かなことがあるとすれば……。
「やべえ……やべえよ……」
思わず漏れたカナブ王の言葉通り、この場の諸王が悪魔族の恐ろしさを身に染みて分かったということだろうか。




