待望の新居と、ついでに長老たちとの会合
「さて、長老衆。今回の戦争では我らは多くの死人がでた。身内が死んだ者もいるだろう、まずはその事を謝る」
魔王の城から巨人族の集落に戻った俺は、洞穴の中で各村々の長老たちに謝罪と説明をしていた。
洞窟の中でたき火を中心に円となり、獣の皮でできた敷物に座り込んでいる。俺以外の、何十人もの長老衆が、ここに集まっていた。
別にすべての村に長老がいるというわけではなく、周辺の村のまとめ役というポジションである。
洞窟の中で火を囲んで煙い中、こうして話をしていると魔王城とのギャップが酷くて嘆かわしい。
どうして俺は巨人族に生まれたのだろう。魔人のどれかに生まれたかった。
「そのうえで……魔王様から多くの肉と酒をいただいた。全ての村に配られるから安心してくれ。もしかしたら……帰ればもう届いているかもしれないな」
まあ、巨人族の集落には道という概念があんまりない。
なので運搬にはとても時間がかかるだろう。
それでも、魔人の方々はとても有能だ。きっとすべての村に行きわたるはずである。
「それに、人間どもも仲間割れをして殺し合っているそうだ。当分大きな戦もないだろう。存分に遊んでくれ」
基本、巨人族は狩猟民族である。
そして、戦闘民族でもある。
仲間の死は哀しい、家族の死も哀しい。
でも、肉と酒をもらえるならそれでいいや、という蛮族である。
管理は楽だけど、なんて嫌な連中なんだろう。
「はっはっは! そんなことよりも聞いたぞ、王よ!」
と、長老の一人が大声で笑った。というか、他の長老も笑っている。
たくさん死んだとか、食料とか酒とかよりも、大事なことがあるとかこいつらまともじゃないな。
「今回の戦では、他の連中を出し抜いて、ずいぶん活躍したそうじゃないか!」
「ああ、ユミ族の連中が教えてくれたぞ、他の氏族どもを率いて人間どもを叩きのめしたそうじゃないか!」
こいつら頭が花畑だなあ……。子供とか孫とか殺されてるだろうに。
それでもこう、他の氏族から褒められたらそっちの方が嬉しいらしい。
まあ、俺もあんまり気にしていないんだが……。
いいや、怒っていないわけではないが、今は失ったものを取り戻そうと必死なのだろう。
第一、俺に対して怒っても意味がない。俺を殺して別の王を立てても、何か改善されるわけではないのだから。
その程度には長老衆も利害の計算ができるのだろう。
「魔王からも褒められたんだろう?」
「いやあ、タマナシのヒゲナシだが、いい王だ!」
「まったく、まったく!」
さて、言うまでも無いことだが各氏族、或いは種族によって王の、というか族長の決め方は異なっている。
半人、つまりハーピーとか狼男とかケンタウロスは合議制で、長老衆が集まって決めているらしい。
魔人は血統で、基本王族というのがいるそうだ。
で、野人、つまり巨人や鬼人、ドワーフは……ケンカで決める。
俺が王をやっているのは、俺が一番強い巨人だからだ。
「でだ、王よ。俺の娘なんてどうだ? 今回の戦で夫が死んだし、空いているぞ? 子供ももう五人も産んでる」
「いやいや、俺の孫なんてどうだ? 五人いるし、好きなのを選んでいい!」
「おう、俺の姪がだな、ようやく女になった。若いしこれからいくらでも産めるぞ?」
蛮族だなあ、という発言だった。
税収もなにもない、人間に比べればはるかに原始的な王ではあるのだが……。
やはり王の親戚、というのは箔がつく。そういう箔が、原始人の社会では大きいのだろう。
特に、戦争で名を上げた王ならなおのことだ。
どいつもこいつも、俺に話を持ち掛けてくる。
「断る」
俺は、それを頑としてはねのけていた。
ああ、やっぱり、という顔をする長老衆。
一方で、いやいや、と諦められない顔をしていた。
「まあ、そう言うな。一晩試してからでいいぞ?」
「まずは酒盛りに付き合え! 調度肉も酒も来るんだし」
「この際、一緒に住めとも言わんから……」
「断る」
長老衆といっても、この原始人たちが長生きするはずもない。
人間と大して変わらず、五十歳ほどでも村一番の長生きだ。
とはいえ、まだまだ体は現役である。こうして、遠くの村から歩いてきたのだし。
なので、断ることに何の罪悪感もない。
「じゃあなにか? まだ嫁はとらんと?」
「この戦じゃあ他の氏族とも一緒だったつうし……」
「まさか、他の氏族から嫁さんを?」
心配そうな顔をする長老衆。
しかし、嫌なものは嫌だった。
言うまでも無いが、文明的な魔人たちと違って、野人はそもそも臭いのである。
歯も磨かない、風呂にも入らない。そんな連中と一緒に生活するなど言語道断である。
そんな連中を相手に、興奮などできるか。
「嫁はもらった。今回さらってきた人間の姫だ」
「「「はあ?! なんだと?!」」」
と、いうことを聞いて焦りだす、というか困惑する長老衆。
そりゃあそうだろう、巨人族の価値観から言えば魔人や人間と結婚をするというのは、相当おかしいと言うか、ありえない。
ライオンが三毛猫に恋をするぐらいありえない。
何故なら、巨人族にとって大きいとか強いというのは、男の絶対的な価値観である。
同時に、女性も体が大きく健康と言うのは絶対の価値観なのだ。
まあ、日本でも似た価値観の連中は沢山いるだろうが、この原始人共は他の価値観がないのである。
これで、遊牧民とかだったなら家畜とかそういう『財産』も入るんだろうが……生憎そういうものはない。
つくづく嫌になる連中だった。
「なあ、王よ、タロスよ、ダイ族の長よ」
「ちっとは考え直せ、な?」
「そもそも入るのかよ?」
とはいえ、それは向こうも同じだった。
俺がこいつらを嫌うように、こいつらも俺の事を理解できない。
人間なんて、すぐに死ぬひ弱な生き物だ。
おそらく、剛人族や鬼人族と結婚する、という方がよほど理解できるだろう。
実際、そういう例がないわけでもないのだし。
「文句があるなら受けて立つぞ」
と、すごんでみる。
実際、相当鬱陶しい。
もちろん、五十かそこらでも巨人族の長老衆である。
およそ、若くて経験のない巨人では勝てないし、完全武装の人間が相手でも一対一では勝てない。
しかし俺は巨人族最強の男である。車座で並んだ数十人の長老を、全員殴り倒すなどわけはない。
「いや、でもなあ……?」
「ダイ族が一番だって……」
「俺の娘……いい尻してるのにな……」
ということで、流石に及び腰である。
腕力イコール発言力のこの場では、俺に強く言えるものなど一人もいない。
というか、そのために王をやっていると言っても過言ではないのだ。
「これは魔王様からも了解を得ている。魔王様に文句をつけるってことはアレだな? 取り分が減ってもいいってことだな?」
基本的に、魔王と言っても各氏族から税を得ているわけではない。
基本えらそうにしているだけで、そういうものを要求してくることはない。
各氏族は基本的に村々で経済がほぼ独立しており、原始的な自給自足の生活をしている。
人間からの侵略に対抗するとか、逆に人間から食料を奪うとか、そういう結束が必要な時にだけ魔人たちを立てているのだ。
なので、通常ならそんなに権威は無いのだが……。
「「「そ、そう言う事なら……」」」
取り分が減る、となると一気に黙り込む。
本当に腹立たしい奴らである。
いや、もちろん、俺が異物だということもわかっている。
まともな医療技術もないこの原始集落では、健康こそ最大のステータスだ。
病気をしない、怪我をしない、重いものを持ち上げられる、喧嘩が強い。
あとは、狩猟が得意と言う程度で、他に役立つ能力は無い。
評価も何も、そもそも役に立たないのだ。
もっと言えば、役に立ちようがないともいえる。
健康でなければ、この原始の社会は生き残れないのだ。
「祝いの品もなにもいらん。むしろ何もいらん、顔も出すな」
この主張も、大概無茶である。
王とか族長の結婚式に誰も呼ばないとか、そもそも結婚式をしないとか、かなりの暴挙である。
日本でもそういうのは親や親族から、怪訝な目で見られることは確実だ。
まして、この文化圏では異常である。
だが、こいつらの貢物って野生動物の皮製品とかで、臭くてたまらんのだ。
そんなものをもらっても、困るだけである。
「けどよう……なあ?」
「ああ、そうだ。別に一人で足りるってこともないだろう?」
「この際、もう三人だな……」
話をするほどに、どんどんみじめな気分になってくる。
なんというか、蛮族の王になどなるもんじゃない。
「……なあ、倅よ」
と、俺の実父にして、生まれた村の長老が話しかけてきた。
以前は王だった時期もあるだけに、俺を除けば一番デカい。
その割には憔悴した姿で、俺に諭してきた。
「なんだ、オヤジ」
「いい加減、意地をはらんで穴に帰ってこい。お前は王で、村の長でもあるんだ」
「その話は断ったはずだ。俺は帰る気はない」
「髭もない、玉もないお前と一緒になりたいって年頃の娘も多いんだぞ?」
「弟や兄たちにでもくれてやれ。まだ結構いただろ」
大体、玉がないとは失敬だ。
生殖能力がないのではなく、単に野人を相手にやる気が起きないからである。
それに、兄弟だの家族だと言われても、王だったオヤジには沢山の嫁がいて、その分子供も多かった。正直特別に扱う気がしない。
それはそれで、大したものだとは思っている。
少なくとも、俺の実父は子供の腹を空かさせない男だった。
だから、嫌ってはいない。好いていないだけで。
「でもなあ、働き手が減っちまってなあ」
「ああ、ガキばっかりだ」
「今回肉やら酒やらをもらってもなぁ……」
と、もっともなことを言う。
実際、巨人族の中でも働き手が出稼ぎに出た、と言うのが今回の戦争だ。
若い衆も含めて、ごっそりと死んだ今回は、人口にも響くだろう。
もちろん、巨人族は女もムキムキでデカいのだが……。それでも比較すればそれなりには男女差があるのである。第一、狩猟をするノウハウがないし。
多分、俺を婿にしたいというのもその辺りを期待してだろう。
俺は一人で暮らしているが、余れば生家に分けることもあったのだ。
よって、狩上手でも知られている。もちろん、他にステータスなどないからでもあるのだが。
力持ちと狩上手だけが評価される社会とは……。
「確かにな、狩の仕方は長老衆が教えるとして、子供しかいないか……」
この場合、子供とは二十歳未満ではなく狩りに参加しない年齢と言うことである。
大体……十歳ぐらいだろうか。四季による環境の変化が乏しいので、どうしても大雑把になる。
「ああ、そうだ……やっぱ若い男がいないとなぁ……」
「帰ってきた奴らだけじゃ心細いしよう……」
「怪我してるのも多いしよう……」
弱気なことを言っているが、騙されてはいけない。
ぶっちゃけ、俺がどっかへ婿に行っても、その村の貧困が解決されるだけで、他の全部が困窮するのだ。
とはいえ、全部見捨てる、と言うのは流石にどうかと思われる。
流石に、巨人であり蛮人とはいえ……子供が飢えるのは気分が悪い。
「うむむむ……分かった、魔王様にも色々と話を通そう。これ以上人手が割けんのもわかってる。多少でも、しばらくの間でも、何とか食い扶持を都合しないとな」
こいつらの場合、食料が足りなくなったら他所へ奪いに行くのである。
人間相手や巨人族同士なら全然いいのだが、流石に他の氏族が相手だと厄介になる。
というか、野人ならまだケンカになるのだが半人とかが相手だと本気でえらいことになりかねない。
半人は、というか特に狼男たるツキ族は、非常に連帯感が強いので本格的に戦争になるのだ。
「ガキどもがいっちょ前になるまで、何とか持たせないとな……」
というか、その理屈だと俺の結婚式など尚やる暇がないだろうに……。
こいつらは本当に明日を見ていないから困る。
計画性とか、どこにあるんだろう。まあ、無いのは知っている。
「とにかくまあ……小さい集落も招いて宴でも開いてくれ。それから俺に女をあてがうような話を持ってくれば……その時は俺も怒る」
そう言って、後ろに置いておいた斧を手に洞窟を出ていく。
背後では長老衆が落ち込んでいるが……はっきり言って付き合いきれない。
というか、正直に言ってようやくポジティブな人生が待っている。
「こっちは新婚なんだ……初夜もまだなんだぞ……」
言ってて悲しくなってくる……。
正直に言って、俺は彼女の名前もちゃんと知らないわけで……。
戦争中に目についたからさらってきただけで、お見合いですらない。
やってることは、非文化的且つ非人道的且つ、蛮族的だった。
これだけ嫌悪している蛮人同様に、戦争で駆り出された哀れな姫様を掻っ攫った、バカな蛮人だった。
魔王が気を利かせてくれたからいいものの、これでは完全に山賊とかそういうのである。
多分、何かのゲームだったら今頃彼女の国では奪い返そうとしている勇者とか王子とかいるはずだ。これがシミュレーションアールピージーなら、将軍とか傭兵団である。
蛮族の王にさらわれたお姫様を助けようとするとか、完全に王道である。
「ようやくファンシーさが出てきたな……」
せっかく異世界に生まれ変わったのに、やってたことは只の原始人生活である。
そして、ようやく始まるのは……やっぱり原始人生活だった。
「そのファンシーさを掻っ攫った俺って一体……」
まあ、彼女のこれまでの人生がファンシーかどうかは、ともかく……これからの人生は……ファンシーじゃないな、うん。
原始人の格好をした巨人の妻として生きることを強制される人生か……。
とりあえず幸福とは程遠いに違いない。今更、帰すわけにもいかないし……。
そもそも、あの時俺が掻っ攫わなかったら、後続の連中にさらわれるか殺されるかだしなぁ……。
かと言って、あそこ以外を突破しようとしたら殺されてたと思うし……。
そんなことを考えながら、暗くて煙い洞窟を出る。
そこには長老の護衛をしていた、各村の生き残りがいた。
つまり、俺と一緒に突破していた若い衆である。
「タロス王! 話し合いは終わったのか?!」
「ああ、終わったぞ」
長老たちより少し多い若い衆に、迎えに行かせることにした。
今頃、洞窟の中で落ち込んでいるに違いない。
これは俺の父が現役の王だったときもそうなんだが、縁談の話ってのは親主導ってのもあったが子供が望んでってこともあった。
俺の場合、タマナシだのヒゲナシだのと言われても、猟が上手くて力があるのは事実だし。
今回の場合、他の村や他の氏族との争奪戦もあるからな。
「なあ、ヒゲナシ。どこの村の女を迎えるんだ?」
「この際、どこの村でもいいだろう?」
「俺なんてめっちゃくちゃ声かけられたもんな!」
と、戦場を生き残った若い連中にしてみれば、この状況は天国である。
なにせ、男手が足りないので、とんでもなく引く手あまた、女を抱き放題である。
所謂、元女子高で男は俺だけ、みたいな。まあ、美的感覚が合うなら楽しそうだ。俺は不潔なのはちょっと勘弁である。
「長老に聞け、俺は俺の穴に帰る」
こいつら人生楽しそうだな~~とは思うが、まあこいつらも何気に死ぬところだったし、腕っぷしで切り抜けたのだ。これぐらいは良いだろう。
俺より頭一つ小さい他の連中をかき分けて、俺は洞窟の表の山、というか森に出た。
傾斜のある森林地帯。これがダイ族を名乗る巨人族の縄張りである。
「お待ちしておりました、タロス王よ」
と、音もなく森の中から、一人のエルフ、つまりはミミ族の者が現れた。
相変わらず、露出の少ない斥候の格好をしている。とても細身で、少しうらやましい。
「確か、撤退の時に……案内してくれなかったか?」
「さようでございます。憶えていただいて光栄……」
わずかに見える耳は、相変わらず白い。
たしか、衆長のアンドラだったか。
「屋敷の整理が行き届き、お迎えする準備が整いましてございます。姫もお待ちですので、どうか私と同行を」
「おおっ?!」
いやあ、仕事が早いな!
やっぱり魔人は最高だな!
先導を始めたアンドラに従って、俺も歩いて行く。
歩幅は大分違うが、彼女は大分足早である。多分、歩く速さを調節してくれているのだろう。
「それで……どれぐらい歩くんだ?」
「半日ほど……今からでしたら、日中には到着するかと」
木漏れ日の漏れる森の中の獣道を、アンドラと共に歩く。
それにしても、此処からほど近いところにそんな文化的なものがあったとは、驚きである。
「そりゃあよかった……それで、その……なんだ、お姫様は……どうしてる?」
「聡明な方ですよ、自分の置かれた状況をよく理解しておいでです」
やんわり、好きなことし放題ですよ、と言ってくれた。
そうか、し放題か……げへへへ。
それにしても……この行為が認められるとは実に男尊女卑である。
生まれて初めて得をしたかもしれない。
「自決などもされておりませんし……よくお話をすればよろしいかと」
「そ、そうか……」
確かに、巨人の王にさらわれて、それで姫として自決というのもありそうな話だ。文字通り、死ぬほど嫌だろう。
俺だって身長十メートルの女巨人にさらわれたら、その時はいっそ自決を選ぶかもしれない。
「我が一族も此度のお詫びを込めまして、多くの調度品をご用意させていただきました」
「そりゃあ嬉しいな」
「今後も、私の女衆が身の回りのお世話をさせていただきますので、どうかよろしくお願いします」
「……いいのか? ミミ族の王はそれを許可されたのか?」
「もちろんでございます。これは魔王様と、我らが王、そしてヨル族の王も望んだことでございますから」
魔人の王が全員、全面協力とは恐れ入る。
というか、よく考えなくてもそうじゃないと彼女の世話なんてできないし……。
つっかえねぇな、巨人族……。
あいつら、まず飯の準備ができないもんな……。
「屋敷も、タロス王が移動しても問題なきように、扉の高さを調整し、軋みを上げないように補強工事や改修工事を行いましたので、どうかご安心を……ですが、流石に暴れてしまうとその限りではありませんので、どうかお静かに。魔王城ほど頑丈ではありませんから」
「あ、ああ分かった」
姫様さらってから十日ほどしかたってないんだけど……スゴイ有能だな……。
「それからもう一つ、ヨル族からもお世話係として衆長が配下を率いて参加しております。彼女達にも手を付けて構いませんので、どうぞご自由に」
魔王に女の好みを把握されてしまったか……。
確かにまあ、巨人族って基本男も女も健康第一と言うか頑丈さを重んじるからな……。
巨人になって二十年ぐらいだが……ようやく俺にも春が来たのか……。
っていうか、掻っ攫ってきたのだけども。