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ねだるひ孫

 ヨル族は夢魔族と呼ばれている。

 もちろん、実際に相手の夢の中に入り込むことができるというわけではない。

 だが、彼女達を見ると誰もが夢に見るという。そうした妖しい魅力を持った生物が、ヨル族だ。

 そして、好色であるという情報は完全に事実である。

 それだけしか考えていないわけではないが、人間と九氏族の中で一番、そうしたことばかりを考えている。

 彼女たちの手管は本当に見事で、他の追従を一切許さない。


 だが、そこにも当然個性というものはある。

 人間とヨル族は共に異なる氏族とも子をなせるが、人間は人間同士で子をなせることに対して、ヨル族は女性のみであるため必然他の氏族と交わらねばならないのだが、言うまでも無く各々どの氏族が好みかはわかれる。

 野人を好む者もいるし、魔人を好む者もいるし、半人を好む者もいる。

 当然人間を好む者もいるし、或いは好みが変わっていくことも普通にある。


 よって、ユリがタロス王とマリーの新居にメイドとして常駐していることも、当然彼女が野人、それもダイ族を好むからである。

 経験豊富な彼女の秘術によって、二人の初夜は成功した。セイコウは成功した。


「ユリ、はしゃぎすぎだ」

「あら、そうだったかしら?」


 流石は十五歳の時からダイ族の王を務める、豪勇無双のタロスである。

 雄々しい髭や獣性が味わえないのは残念だったが、あの分厚い胸板と太い指は期待以上だった。

 先々代の王の息子だけあって、ムスコも元気だった。誰だ、彼をタマナシと呼んでいたのは。


「というよりも、専門家の意見を尊重したが、私は必要だったのか」

「あらあら、もちろんよ……好みってものがあるし……私だけだと、委縮しちゃうなんてよくあることよ」


 もちろん、そこをどうにかするのも彼女達の技術の見せどころではあるのだが……。

 それはさておいて、下手にやりすぎれば、自分に夢中にさせてしまう。

 『出稼ぎ』に行ったヨル族の最たる死因は、他の氏族の女性からの他殺である。


 当たり前だ。

 

 ぞくにはいまいちよくわからないのだが、世の大抵の女性は嫉妬心というものを持っているらしい。

 下手に男を夢中にさせると、その男と結婚している女や、あるいは慕っている女から憎まれるらしい。


 主観的にはよくわからないのだが、客観的にはどうしようもない事である。

 なにせ、彼女たちは魔人。永遠に若く、永遠に美しく、永遠に体形が崩れず、永遠に生き続ける。

 とはいえ、彼女達からすれば自分たちが永遠の存在であることは当たり前だし、ミミ族がそうであるように、戦う力の殆どない生物である。

 寿命が永いとはいえ、刺されれば死ぬ。それだけの、永遠とは程遠い生命である。


「ねえねえ、上手く行ったって報告してくれるの?」

「もちろんだ、事実は正確に報告する」


 色々とあってダウンした新婚夫婦を置いて、二人の長命種は夜の闇が覆う森の屋敷で、二人で話し合っていた。

 なんのかんの言って、恋し合っても氏族が違えば色々と問題も多くなってしまう。

 何ゆえか奇跡的にタロス王は紳士だったが、それでも今後上手く行くとは限らない。

 若い二人に任せて、悲劇からの破局が訪れる。そんなことはしょっちゅうだった。

 長い時間で、二人はそれを何度も見てきた。

 もちろん、最大の問題は子を成せないことや寿命であることが多いのだが、人間とダイ族ならさほど問題はない。

 人間は全ての氏族と子をなせるし、ダイ族の寿命は人間と同じだからだ。

 あとは、二人が生きていれば、大抵の問題はクリアできる。


「それにしても驚いたわ……あんな告白、ダイ族の王様がするなんて……」

「良いことだ」


 なんでもそうだが、男女には相性が必要である。

 マリーをさらった形ではあったが、タロスの渾身の力を込めた告白は、彼女の心に響いたようだった。

 身ぎれいにした大男が、顔を赤らめて膝を付き、手を取ったことが高得点だったらしい。

 話に聞くところによれば、彼女の婚約者であり魔剣アインを得たエリックとやらは、大層野心家で彼女を踏み台かアクセサリーとしか思っていなかったそうだ。

 彼女も姫としてそれなりの覚悟をしていたらしいが、それでもやはり、女として求められたことが嬉しかったようだ。


「マリー……さん。どうか……俺の愛を受け入れて……お嫁さんになってくれませんか? ですって! 甘酸っぱかったわね!」

「あまり騒ぐな……お二人の眠りを妨げることになるぞ」


 相変わらず、ミミ族は淡白である。

 ついさっきまで、肉欲を発散していたとは思えない。

 タオルで体を拭ったら、そのまま事務仕事を始めてしまった。

 やはり、氏族が違うということだろう。同じ永久の時間を生きる者でも、気質が大分違う。

 あるいは、ダイ族の男とミミ族の女では、子ができる見込みがまったくないからだろうか。


「ねえねえ、アンドラ。貴女、アレをラッパ王から渡されているのではないかしら?」

「ああ、もちろんだ」


 さほど隠すことでもない、とミミ族の女性はあっさり答えていた。

 なにせ、彼女にとってもとても興味深いことだからだ。

 と言うよりは、ヨル族にとって、例のアレとは大変興味深いものだからである。


「ちょっとでいいから、使わせて頂戴?」

「駄目だ」

「どうしても?」

「駄目だ」


 おおよそ、ヨル族の中で一番難儀をするのは、ミミ族のそっけない男にほれ込んだ女である。

 なにせ、他の氏族にしてみれば彼女たちはよほどの趣味があったとしても情欲を憶える。

 だが、ミミ族だけは例外で、ほぼ確実に降られる。

 あるいは、面倒だからと種だけ出す、と言うこともあるのだ。

 お互い長生きと言うこともあって、しつこく付きまとい続けると、どっちも面倒なことになる。

 もちろん、ユリはダイ族の重厚な筋肉や雄々しい巨体に夢中であって、ミミ族の女性が好みと言うわけではないのだが。


「ケチね……別に減るものではないでしょう?」

「お前達に渡せば、どうなるか分かったものではない」

「禁断の魔法か……憧れるわね……」

「お前達ヨル族には不要だろう」

「分かってないわね、ロマンよロマン!」


 三氏族がひとくくりで魔人と呼ばれているが、それは誤りだ。

 森魔族と呼ばれるミミ族は少々聴覚が優れているだけで、夢魔族と呼ばれるヨル族もひたすら肉感的に美しいだけで、永遠の寿命を持っているだけの生物である。

 真に魔と呼ばれるに値するのは、悪魔族と呼ばれるカミ族のみだ。

 ユリの曾祖母であるバラや、アンドラの父であるラッパが持つ伝説の武器。

 世にありえざる出来事を引き起こせるのは、カミ族の生み出した道具だけである。


 そして、彼らは好き勝手に道具を作って誰かにあげてしまったりするのだが、その中でも彼ら自身さえ封印を施す道具があった。

 それが禁断の魔法、禁呪の込められた道具である。

 言うまでも無く、状況次第では有効で有用なのだが、倫理的な理由で封印されている。

 もちろん、封印の管理を任されているのは、大抵の場合ラッパである。


 その彼が、この状況で必要になるのではないか、と禁断の魔法の込められた道具を、自分の娘であるアンドラに渡してもさほどの不思議はない。

 なにせ、こういう時にこそ有用だからだ。


「ねえ、貸してちょうだいよ……」

「駄目だ」


 アンドラが言うように、この道具はヨル族には不要である。

 そして、この道具には『ある可能性』が存在し、試すことさえ許されなかった禁忌の代物である。

 使わずに済むのであれば、それが一番だった。


「じゃあ、二つなのか一つなのかだけでも……」

「二つだ」

「じゃあ両方貸してよ! 両方試したいのよ!」

「駄目だ」


 言うまでも無いことだが、ヨル族とミミ族はその性質上、基本的に合同で任務にあたるということはマレである。

 しかし、お互い馬鹿みたいに長生きであり、長寿相応に記憶力も良い。

 お互い王の子孫であることもあって、顔見知りだった。


「相変わらず、つまらないわね……」

「それがミミ族だ」


 ことりと、羽ペンを置くアンドラ。

 インクが乾けば、あとは翌朝ハネ族に渡して終わりである。

 万事順調、お互い愛し合っている、と報告した。

 魔王シルファーも大喜びだろう。


「しかし、不思議なものだ。タロス王はダイ族にあるまじき博識さだな」

「そうね……どっちかと言うと、人間臭い気もするわね」


 そこで、人間臭い、という言葉を使うと逃げである。

 というのも、九氏族と違って人間には特定の個性というものがない。

 基本的に、九氏族は共通の気質が存在し、個性といってもさほどの差はない。

 しかし、人間は違う。単独の氏族で複数の国家を形成し、実に複雑な社会を構成している。

 氏族ごとに役割の決まっている魔王領とは、大いに違いがあった。


 こんなことを人間に言えば笑われるだろうが、人間というものには可能性があると、多くの魔人は思っている。

 そうした多様性が、彼らを繁栄に導いたのだろう。

 だが、それは総体としての繁栄であって、個体としての幸福などはまた別であるということも、当然のように理解していた。


「でも、それこそあの人は王の子であり、紛れもなくダイ族の王なのよね?」

「もちろんだ、彼が人間であることはあり得ないし……そもそもなぜ人間がダイ族の王になりたがる」

「そうね……人間はもっと、私達にあこがれるものね。特にカミ族に」


 タロス王本人が散々言っているように、ダイ族の王になっていいことなど、人間基準では一つもない。

 税収があるわけでもないし、大きな城に住めるわけでもないし、人間の基準で言えば不潔で筋肉質の女に言い寄られるだけだ。

 それが人間の想像するダイ族の王の生活であり、同時にそれは事実でもある。

 もちろん、当人たちにとってはそれなりに価値があることなのだが。


「その辺りは我らが気にすることではあるまい」

「そうね……ひいおばさまも、貴女のお父様もいらっしゃるしね」


 少なくとも、典型的なダイ族であれば、マリーの今後は明るいものではなかっただろう。そういう意味では、人間臭い王様で結構だ。


「で、貸してよ」

「駄目だ」

「ケチね」

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