妻としての宣言と、ついでに順番を守らない奴ら
ミッド平原、つくづく縁のある場所である。
そこに作られた、特設の調理場兼宴会場。
一国の民衆に振る舞うべく、多くの夢魔族が笑いながら恐竜の肉を切り出していった。
硬い肉でも図太い骨でも切り分けられる、精肉用の包丁。
湯で煮るだけで毒が抜ける、消毒用の鍋。
乗せている料理が温度変化しなくなる大皿。
とまあ、インチキ臭い調理道具によって、俺が得た生涯最大の獲物はずいずいと調理されていく。
なんというか、その手慣れた様は年季と団結を感じさせていた。
いいなあ、魔人は。自分が食べるわけでもない料理を、嬉々として作れるなんて。
彼女たちのエロさと、それ以上の勤勉さに涙が出そうである。
「てめえ、割り込んでんじゃねえぞ!」
「ふざけんな! てめぇがちゃんと並んでないだけだろうが!」
順番を守って並ぶ、という当たり前のことができない我が氏族の者たちとの差に、涙があふれて止まらない。
「お前ら、両方殺すぞ」
「「ひ、ひぃ!」」
「ご報告いたします、こちらの方が割り込んでいました」
監視役のミミ族が、俺に報告をしてくれる。
実に頼もしい、というか……我が氏族が全く信用できない現状が嘆かわしい。
最初から期待していないが、それでも酷い。
三人ほどの横幅で、ずらりと列を作っているのだが、割り込んでくる、あるいはぬかそうとする輩が後を絶たない。
まあ、気持ちはわかる。それは仕方のない事だ。
「か、勘弁してくれ! タロス王! 俺の村には、腹を空かせたガキが多いんだ! こんなに並んでたら、飢えちまう!」
「そうだな、喧嘩してでも割り込みたいよな?」
「あ、ああ! そうだ!」
目の前の、ひげ面の原始人の気持ちもよくわかる。
このとっぷりと日が暮れた平原で、松明が並ぶ幕の前。
そこで空腹のまま並ぶ、自分だけではなく家族が飢えているのに。
だが、それは全員だ。目の前の髭面だけではなく、みんなが飢えているのだ。
下手をすると、夢魔族にご迷惑をおかけするかもしれない。
「そんなにたくさんいるんだな? それはすまん。では今すぐお前の家族に肉をくれてやろう」
「本当か?」
「俺とケンカをして勝ったらな」
絶望する、目の前の髭面。
そりゃあそうだろう。同じ筋肉ムキムキの大男でも、俺の方が頭一つ大きいうえに、俺は飢えてなどいないのだ。
満腹で頭一つ大きい俺が、空腹でどうしようもないこの男と戦えば、お互い素手でも結果は見えている。
「そ、そうか……じゃあやめとく……」
さて、この場であっさり引き下がったこの男をどうするべきだろうか?
というか、この髭面はこの後どうするのだろうか?
延々と並んでいる誰かの、更にその後ろに並ぶだろうか?
答えは否だ。
また隙を伺って列に入り込むか、或いは皿を受け取った誰かを襲うだけだ。
「遠慮するな」
「ひ、ひいい!」
不潔な髭をつかみ、それを引き寄せながら膝を叩き込む。
口元の髭が、鼻血で真っ赤に染まった。
「ぐへ!」
「家族の為だ、勝たないとな」
「ま、まってくれ……」
「頑張れよ」
大きく振りかぶって、掌底を叩き込む。それも、何度も何度もだ。
はっきり言って一罰百戒の精神で臨まないと、巨人族には何も伝わらないのである。
結構なペースで前進している、巨人族の列。その全体に伝わるぐらいボコらなければ、殴る意味がない。
みんなで大人しく並ぼうね、そんなこと言って通じるほど、飢えた巨人は生易しくないのだ。
「ま、まいった……」
うん、反省しているね。
でもまあ、これは言ってしまえば、この男が悪いのである。
よし、もっと殴ろう。
「お前さ、喧嘩して、さっきの奴の場所を取る気だっただろ?」
「も、もうしねえからよ……」
「なんでそんなことした?」
「だから、家族が……」
「じゃあ諦めるなよ」
要するにこいつは、相手が自分より弱ければ、喧嘩して分捕るつもりだったのだ。
そんな奴に情けは不要である。
王として、祭りは順調に取り仕切らねばならない。
暴力は、コミュニケーションである。
「も、もう止めてくれ……並ぶから……待つから……」
「お前は俺の結婚を祝いに来たんだろ?」
「あ、ああ……そうだから……」
「お前に祝ってほしくないな」
「や、止めてくれよ! 並ぶ、並ぶから!」
きっと、コイツの家族は本当に飢えているんだろうな。
そんなことは、考えるまでも無い。
一刻も早く、自分だけじゃなくて他の家族にも、村の皆にも食わせてやりたいんだろうな。
でも、それはお前だけじゃないんだよ。
この列に並んでいる奴も、全員そうなんだよ。
そして、お前の行為を放免したらどうなると思う?
全員に行きわたるはずの料理を求めて、殴り合いの大げんかになっちゃうだろう?
「応援してやるよ、頑張れ、負けるな」
「か、勘弁してくれ……」
「俺の結婚式を台無しにする奴は許さん」
最後に、タマを蹴り上げて放り捨てる。
既に、何十人も列の脇に、泡を吹いている巨人族が転がっていた。
こいつは、それを見ていたにもかかわらず、列に横入りしているのである。
「救えねぇな」
見た限り、列は長く見える。それはもう先が見えないほどだ。
だが、配膳の早さが尋常ではないので、ほとんど立ち止まることなく列は進んでいる。
おそらく、混んでいる遊園地よりもずっと待ち時間は少ないだろう。
でも待てない。なんで待たなくちゃいけないのか、分からないのだろう。
気持ちはわかるし申し訳ないが、全体の為には仕方がないのだ。
「なんで結婚式なのにこんな目に……」
本当に泣きたくなってきた。
確かに冷めない皿があるのなら、あらかじめ各村に配膳しておけばいいと思うだろうが、その場合ほぼ全員で、どの村が近いところに座るかで揉めだすのだ。それも、殴り合いをしてでも。
その場合、流石にキャパシティをオーバーするので、こういう形になったのだ。
「俺の結婚式なのに、ただの炊き出しだぞ……」
せっかくの花嫁なのに、全然姿を見られないなんて、俺はなんて不幸なんだ。
とはいえ、流石にどの村にも料理が行きわたり始めれば、この混雑も大分解消される。
実際、昼頃からすでに村々へ配膳を行っている関係もあって、おかわりを要求する輩がほとんどだ。
そこそこ腹が膨れている奴らも多いので、空腹組も大人しく並ぶしかない状態になりつつある。
星空の下のこの列が、ひと段落すれば俺も彼女の元に行けるだろう。
そう信じて、列を見守ることにしていた。
※
「ふははは! お前は本当にリストに似ているな! そのドレスも良く似合う!」
「し、シルファー様……」
「何を他人行儀に! ご先祖様でかまわん!」
酒を飲んでいい年頃には見えないだろう、我らが魔王シルファーは完全に出来上がっていた。
巨人族の長老衆と、各氏族の王とその親族。いわゆるVIPの席で、マリーの脇にシルファーは居た。
ぶっ殺してやろうかコイツ。
割と気が立っていた俺は、してはならないことをしようとしていた。
手に持っている斧の、そのチャージが始まっている。
「おおっ! 花婿の登場だ! 待っていたぞ! 我が子孫の婿殿よ!」
この結婚式の主催者であろう魔王には思うところもある。
だが、マジで許しがたい。
後先考えずにこの男の頭を叩き割ろう、巨人族らしくそう思っていた。
「タロス王、宴の席ですから。奥方のお姿を見て気を静めるべきかと」
俺に近寄ってきたラッパ王がとりなそうとしてきた。
冷静な声を聴いて、改めてマリーを見る。
「あ、タロス王……」
「マリー……」
レースをたっぷり使った、針金などで盛り上げた部分もある、白いドレス。
一切奇を照らさない、スタンダードな花嫁衣裳……
それを見ただけで、それに注目しただけで、おれはもう怒りが抜けていた。
「遅くなって済まなかった……全く、どの村も……大人しくタダ飯を食う気もないらしい」
じろり、と巨人族の長老衆を見る。
やや白髪の混じった髭面どもが、すこし目をそらしていた。
このバカ共は並ぶ必要がないからと、監督責任を放棄してタダ肉を好き放題食っていやがった。
「まったく……本当に済まない」
「ええ、かまいません」
健気に笑っているが、その顔は少し疲れていた。
なにせ、この場の面々の殆どは彼女の敵だ。
如何に祀り上げられていただけとはいえ、彼女は人間の女である。
それも、あの大軍勢を率いていた、人間の国の、その姫である。
先日のエリック君のように、悲惨な目にあっても仕方がない。
その辺り、森魔族と夢魔族、そして魔王は全面的に味方なのが救いだった。
「心細かっただろう……嫌なことを言ってきた奴はいるか?」
「何も言われておりませんから……」
「そうか……安心してくれ、君は俺の妻だ。他の誰かになんと言われたら、その時は……」
このマリーが結婚式を望んだのだが、この子をここに引きずり込んだのは俺だ。
であれば、俺は彼女を守る義務があった。それは己に課した、男の義務だ。
「安心して頂戴な、シルファーがこの子にずっとひっついてたから、誰も何も言えなかったわよ」
バラ女王がそう語る。
なるほど、少しだけ感謝してやろう。
改めて、俺はどかりと敷物の上に座る。
魔王城の会議室同様に、全ての種族が敷物の上に座っている。
いくつかの松明と、料理と酒。
VIP席の周囲には、陣幕がはられており、それだけが周囲とここを遮っている。
座り込んだ俺の隣にはドレス姿なのに座っているマリーと、その向こうに酒臭い魔王。
さらに少し離れたところに、幕のすぐ近くに各氏族の王。
そのさらに先に、巨人族の長老衆が座っている。
「ん? ツノ族はどうした?」
おかしいことに、九氏族のトップがいるべきこの状況で、巨人族の次に大きい鬼人族が一人もいない。
というか、彼ら用らしき席には大皿だけが置かれている。
王がまだ決まっていないとは聞いていたが、代理の長老衆さえ来ていないのか?
別に来なくてもいいけど。
「代理の長老が来るはずだったのだが、こちらに来るはずだった長老がいざこざに巻き込まれて、祝いの席どころではなくなってしまったそうだ」
ラッパ王がそんなことを言う。
アレか、伝説の武器をもって大騒ぎしているっていう娘っ子が、未だにごねてるのか。
スゲー迷惑だな、そんなのがウチの氏族じゃなくてよかったぜ。
まあ、どっこいどっこいだけどもな!
「まあよかろう! こうして主役もそろったことだ……改めて、この口から説明を行う」
花嫁の父の代理として、最高権力者たる魔王が酔いを醒ましたかのように、厳粛に語り始めた。
場が、一瞬で静まり返る。
「カタ族とダイ族は憶えておるまいが……花嫁であるマリーは、我が愛娘リストの直系の子孫である」
ざわり、と巨人族の長老衆が驚いていた。
やっぱり知らないのは、俺だけじゃなかったのか……長老衆、全員困惑しているぞ?
剛人族の王もびっくりしてるし、多分この場にいない鬼人族も憶えてないな。
俺達より寿命が短い半人の面々は知っているのに……。やっぱ野人は駄目だな。
「この度の戦には、我が子孫が旗として担ぎ出されたのだ。とはいえ、見ての通り、我が末裔に戦の心得などない。この哀れな娘に、敵意を向けることはないだろう」
と、とりあえずとりなしていた。
「加えて、あの戦で最も働きを見せたタロス王が見初めた娘だ。これより九氏族の女として扱うことを、この口から伝えておく」
ぱちぱちと、半人と魔人が拍手する。
それを見て、不承不承剛人族の王も応じるし、巨人族の長老衆も拍手で応じていた。
言うまでも無いが……そもそも巨人族が拍手をすれば、結構な音がする。
一応、祝っておこう感が半端ではない。
こいつらの白髪交じりの髭面を見れば、内心がまるわかりだ。
あんな娘のどこがいい。
うちの娘の方が美人だろうに。
俺の孫なら沢山子供が埋めるっての。
そもそも入るのか?
今まで言っていたことを、黙っているだけのことだった。
さて、彼女はどう思っているのだろうか。
この健気な姫は、俺の妻として振る舞いたいのだろうが……。
体が大きい事と、力があることだけが価値観の巨人族に対して、認められようと頑張ってもいいことはないと思うのだが。
「ご紹介に預かりました、ダイ族の王に嫁ぐマリーと申します」
にっこりと笑って、マリーは立ち上がった。立ち上がってなお、俺とさほど目線の変わらない彼女は、それでも笑いながら、氏族の王や巨人族の長老衆に笑いかける。
「妻として、王を支えるつもりです。どうかよろしくお願いします」
それでも、俺の妻として名乗ろうと、彼女は健気に微笑んでいた。




