雨と、ついでの家
とにかく、なんでか面倒な話になった段階で、俺達は湯を上がった。いくら何でも、長湯が過ぎていた。
どんだけ無駄な話をしていたのか、と言うところである。
ともあれ、俺たちは滞在する予定の剛人族の集落に戻ろうとして……。
「む、奥様、タロス王。こちらをお使いください」
アンドラから、大きめの傘を渡された。
傘というものは、和傘だろうが洋傘だろうが、そう構造が違うもんじゃない。
雨合羽とか簑とかレインコートとかもあるが、とにかくこの世界でも傘は傘だった。
しかし、渡された傘を広げてみると俺は絶句していた。
なんか、やたら頑丈そうで分厚く、更には傘にしては重かったのだ。
もしかしたら、金属製かもしれないと思うほどに。
大きいのは俺用ということかもしれないが、それでもやたらデカいような気が……。
空を見ると、確かに何やら雨雲が忍び寄りつつあった。
この地方の雨は厳しいと聞いたが……。
と思っていると、本当に振り出した。
最初は穏やかだったのだが、猛烈な勢いで土砂降りに変わり、周囲は瞬く間に真っ暗になっていた。
というか、傘を持っている俺をして、そこそこ以上の衝撃を受けていた。
「うぉっ?!」
「まあ……凄い雨! 私、こんな猛烈な雨を見たのは初めてです!」
「うう! うう! うう!」
俺の足元にいるマリーも、俺が抱えているデイダラも大興奮していた。
正直、雹でも降ってきたのかと言う大自然の猛威だったのだ。
「んぎゃあああ!」
「いってえ!」
と思っていたら、シャケもアレックス君も酷い目にあっていた。
流石に怪我をするほどではないが、とにかく雨の一粒一粒が大きく、速度も普通じゃなかった。
というか、鬼人族のシャケが痛がっているので、人間のアレックス君にはさらにきつかろう。
しかし、そうなると人間寄りは貧弱な森魔族はどうしているのかと思ったら雨ざらしで、無言で耐えていた。
そんなに我慢しなくてもいいのに……。自分達の事よりも、俺の家族の事を優先するとは、流石の仕事人ぶりである。
しかしこの雨に耐える雨具は、彼女達には重すぎて持ち運べないのだろう。対策が我慢と言うのは哀しいので、悪魔族には夢魔族用の皿だけではなく、この地方で任務に就く森魔族用の雨具も作ってほしいところである。
「きゃあ、怖い!」
「雨粒が痛いです!」
「助けてください!」
「へっへっへ……こんな小ぶりでおたつくとはなあ」
「どうだい、俺の腕はたくましいだろう?」
「もっとしがみつくて来ていいんだぜ?」
夢魔族は……夢魔族らしく、剛人族に縋り付いていた。
現地住民であり、ある意味最も屈強な肉体を持つ剛人族の男衆は、そのたくましく大きい腕で夢魔族を抱えてやっていた。
男も嬉しい女も嬉しい。そんな状況であるが、女が普段俺の家で働いていることを思うと、心中複雑である。
娼婦の親玉になった気分だった。もちろん、今更ではあるのだが。
「ここではこんな雨が良く降るんですねえ……」
「そうみたいだな。小ぶりとか言っているし」
「そうなると不思議なんですが、あの石の家の屋根って、草じゃありませんでしたか?」
そういえばそうだった。
剛人族の集落は、壁は石でも天井は草だった。
草と言うか、大きめの葉っぱだった。
どう考えても隙間だらけだし、そもそも強度的に持たないと思われる。
現地住民がそうやって過ごしているのだから、なんか理由があるのではないと思われるが、少なくとも今の俺達に対して、答えてくれる人はいなかった。
この雨はそう長続きするものではないらしく、俺達以外の全員が棒立ちのまま雨に打たれていた。
野生の獣だってもうちょっと賢い対応をするとは思っていたのだが、そのまましばらく雨が通り過ぎるのを待つことになった。
そして……。
「んがああ~~~」
集落への帰り道、さっきまでの雨水が流れている温泉地帯の道で、雨に濡れたまま寝ている剛人族の男の子を見つけていた。
多分、道で昼寝していて、そのまま雨に濡れて、そのまま寝続けていたと思われる。
「んがあ~~」
そして、剛人族の大人もノーリアクションだった。
つまり、よくある光景なので、特に咎めることもなかったのだろう。
「あ、お帰り~~」
「雨が降ったからね、替えの屋根をとってきたよ~~」
「もうすぐふさぐから、ちょいと待ってね~~」
そして、集落に戻ると案の定葉っぱの屋根は全滅していた。
何事もなかったかのように女衆は千切ってきたであろう葉っぱで、屋根を張り直していた。
水没するかもしれない、と思っていた雨は天井を突き破ってそのまま家の中に入り、隙間だらけの石の壁の隙間から逃げていく。
そういう家だった。
「あの……これ何のための家なんですかねえ……」
縄文人ばりに竪穴式住居を設営して生活している鬼人族のシャケは、俺やマリー、アレックス君と同じ感想を抱いていた。
合理的思考の下に設営された住居と言うか、思考放棄の結果設営された住居には呆れるしかない。
この氏族は、下手したら巨人族より住居が雑だ。
コレ、夜中に雨が降ったら全員ずぶぬれになって、そのまま朝まで普通に寝るんじゃないんだろうか。
なんて嫌な蛮族なんだ、絶対俺は寝泊まりできないぞ。




