ダッシュのチュートリアルと、ついでに哀しい話
「魔王シルファーの武器に関しましては、説明させていただいた通りです使い方を貴方が認識した時点で、共有機能も固有機能も発揮可能です」
「走るペースはもう貴方に合わせるから、私についてきてちょうだいね」
「ものすごくドキドキしています!」
前に夢魔族、後ろに森魔族、そして背中には人間のお姫様だ。
何だろうか、この面白展開は。
おかしい、なぜ愛しい自分の嫁を、背中に背負って走ることになっているのだ。
「うむ……うん……んん」
毛皮の服に着替えた俺は、背負っている妻がきっちりと固定されていることを確認した。
なんというか、コレよく似た話を知っているぞ……。
こう、アレだ……多分きっと、護衛ミッション的な奴だ。
四方から敵が攻撃してくるから、味方ユニットを守れ、的な。
何度かダメージを喰らったらゲームオーバーする奴だ。
しかも、今回俺は守られる側だ……。
「では、ダッシュを使用してください。もしもの時は私が補佐いたします」
「分かった……じゃあ先導を頼む」
「ええ、任せてちょうだい」
鈍く光る銀色の斧を手に、その力を受け止める。
なんというか……全身が銀色に包まれていく。
これも良く知ってる……まさか二十年たってからオーラをまとう日が来るとは、人生分からないもんである。
「それでは……ユリ、この家の事お願いね?」
「アンドラ、留守をしっかりと守ることだ」
「「承知いたしました」」
屋敷の前に、アンドラとユリさん、それからその部下たちが並んでいた。
いいなあ、使える部下がいて。俺なんて飼育員に近いんだぞ?
巨人族にも改革が必要だ、誰か内政チート持ちが全員洗脳してくれないだろうか。彼らに速やかに叡智をもたらしてくれないだろうか。知恵の実はどこにあるんだろうか。
「では……行きましょうか」
ものすごい速度だった。
それを、今の俺も視認できた。
夢魔族の女王は、とてもではないが運動向きではない清楚な服のままで、猛烈な速度で屋敷の外へ走り出していた。
「凄いですね……」
「ああ……凄いな」
色々と心中複雑だが、とりあえずこの状況を認めねばなるまい。
俺が走らねば、前に進まないのだ。
「マリー、揺れるから気をしっかりと持ってくれ!」
「はい、わかりました!」
銀色のオーラをまといながら、俺は全力で走り出していた。
その一歩目の瞬間から、俺は自分が加速していることを実感した。
例えるなら、電気自転車だろうか。
自分の足、自分の筋肉以外のアシスト、動力が存在している感覚だった。
体が軽い、圧倒的に軽かった。
手に持っている斧から流れ込む、圧倒的なオーラ。
それが動力となって、俺を押し込んでいた。
「す、すごいです! 全然揺れを感じません!」
「本当だ……なんていうか……アレだ……全然もてあまさないぞ?!」
自分の体に噴射器でもつけて走れば、それは普通にもてあますだろう。
素人をモンスターマシンに乗せて、アクセルを踏み込めば、確実に事故を起こすだろう。
これは、そういう不安が一切ない。
道なき道を走っていて、当然直進などできずに気にぶつかりそうになるのだが、慣性で吹き飛ばされそうになるということがなく、直前で九十度方向を変えてもまるで負担にならない。
え、これ慣性制御とか重力制御とかしてるの?!
それすごくないか?! 地味にすごくないか?!
「いかがですか、これがカミ族の御業です」
俺の背後から、ラッパ王がニンジャのように駆けてきた。
すげえびっくりする、完全に無音だった。
「前方をよく見てください。タロス王はともかく、奥様には負担ですよ」
「ああ、わかった」
慌てて前を見て走る。
実際、急に激突したらそのまま大ダメージだろうし……。
「これこそカミ族の生み出す武器の力です。人間のように大量生産ができるわけではありませんが、カミ族は皆特別な武器や薬を作ることができるのですよ」
「……みな?」
「とはいっても、此処までの物を作れるのはごく一部。特に、二千年前当時の若さで、これほどの物を作れるのは魔王シルファーぐらいなものです」
先導しているバラ女王の背後を追いかけながら思う。
いや、もっと作れよ、ここまでのじゃなくていいからさ、と。
少なくとも、巨人にしか使えない斧とか、物凄く便利そうである。
「それに、カミ族は余り争いの道具を作りたがらないのです。それは腕が立つほどに共通します」
それって、物凄く淘汰されるフラグ立ってないだろうか……人類が火薬とか発明したらそのまま排除されそうである。
「それに……先日貴方が証明したように、優れた武器も使い手次第……大量に作るとなると、やる気が出ないそうです」
「創作意欲の問題か……」
「ええ、今でこそ政治の立場に立ちますが、カミ族は元々そういう立場なのですよ」
なんというか、悠久の時の流れを語る森魔族よりも、明日の飯のことを心配する巨人族の方がまともに思えてきたぞ。
何だろうか……知恵があっても、やることは怠惰だな。
「それに、我ら三人にとって、人間もまた同胞なのです。領地を維持するためとはいえ、人間を殺すために兵器を作る、使う、というのは魔王シルファーもお望みではありません」
「ふん、迷惑な話だ」
「ご理解ください、我らにも最後の手段は常にありますので」
背中のマリーが悲しげだった。
少なくとも、彼女もまた人間であり、同時に十人の王の真実を知る者でもある。
九氏族を亜人と蔑んだ他の人間に対して、今の言葉の重さを感じて欲しいのかもしれない。
しかし、同族で殺し合うのも人間だし、九氏族も一緒だ。
今俺が走っているのも、もとを正せばそれを未然に防ぐためでもある。
「マリー、君が気に病むことはない。俺も被害者と言うわけでもない。今の話を聞いても、誰も何も思わない」
「その通りです、奥方。飢えと渇きはヒトの心を乱すモノ……そして氏族を守るために立つのが王たるものの使命です」
「ですが、エリックは……」
「エリックが勝てば、彼が言うように多少マシなことになっていただろう。君も知っての通り、九氏族だけが悪と言うわけでもないが、略奪はよくやっている。害になっていることは事実だ」
大体まあ、人類の歴史上、お腹がすいたから隣の村を襲うというのは良くある話だしな。別に珍しくもないし。
「そうですか……」
「あらあら、花嫁にそんな血なまぐさい話を聞かせるものではなくてよ?」
と、前を走るバラ女王は蠱惑的に注意してきた。
確かにまあ、そういう話をいまする必要はあるまい。
なんで結婚式の引き出物兼料理の材料を取りに行くのに、戦争とか歴史の話になるんだ……。
「違いないな、バラ女王……それで、あとどれぐらい走ればいい?」
「もうしばらく走れば、山が見えくるわ。その山を登ったら、小屋を用意してありますから、そこで小休止を取りましょう」
用意してあるって……やっぱり周到に準備されているじゃないか……。
怖いな、仕事のできる人って……。
というか、走るのに全く向いていない、遊びのないロングスカートで森の中を高速で移動するって、相当怖いな。新種の妖怪みたいだぞ。というか、俺が背負っているマリーの方が、ずっと妖怪っぽいけども。
「それにしても、本当に昔を思い出しますわ……二千年以上前、他の王たちと一緒に未開拓の地を駆けたことを」
「……また昔の話を」
「あら、胸躍る冒険譚じゃないの。今では貴方ぐらいよ、こうやって走ってくれるのは」
「元々、お前の仕事ではないだろう。年寄りの昔話など聞いても面白くはあるまい」
いいえ、ウチのお嫁さんはそういうお話大好物です。
目をむっちゃ輝かせていると思います。
「あ、あの! よろしければその話を詳しくお聞かせください!」
「あらあら、じゃあ今日は眠れないわね?」
「……控えることだ。この旅の目的地を忘れたか」
「寝不足は体に悪いぞ、マリー……」
そんなことを話していると、目の前に山が見えてきた。
確かに、岩肌の露出した山に、どんどん近づいている。
だが、おい、待て、なんだこれ。
「あの、バラ女王……あの山を登るんですか?」
「ええ、その通りよ」
森の木々の隙間から、見えてくるのは断崖絶壁だった。
というか、そそり立つ岩肌はどう見ても走って登れる角度ではない。
こう、クライミングの領域だった。
木々の隙間から見えるだけなので、何とも言えないのだが……数十メートル以上の岩の壁がそそり立っている。
「タロス王……ダッシュは初めての貴方に、一つだけアドバイスを」
意味深なことを言うバラ女王。
あの、すみませんが一つだけじゃなくて、思いつくだけアドバイスしてください。
「絶対に、途中で足を止めないでくださいね?」
それ、アドバイスか?!
え、なに、やっぱりコレチュートリアルなの?!
ダッシュしていると、垂直の壁も登れますとか、そう言うチュートリアルなの?!
「さあ、付いてきてくださいね?」
ほとんど膝を上げることのできない服で、そのまま垂直の壁にぶつかりそうになるバラ女王。
あわや正面衝突か、と思っていたらそのまま壁を垂直に駆け上がっていく。
重力が垂直になったのか、という急角度で壁に吸い付いて走っていく。
やっぱり新手の妖怪だろ、これ……。
「す、すごいですね……」
マリーが思わずつぶやいた。
だろうな、俺もスゴイ間抜けな顔して、それを見送ってるよ……。
というか、俺のすぐ前にも壁が迫っていた。
このままだと俺もぶつかるが……本当に大丈夫なんだろうか……。
「舌を噛むなよ、マリー!」
「はい、信じてます!」
目の前の壁を蹴るように、足を付ける。
直後だった、自分に働いている重力の向きが一気に変わった錯覚を覚える。
さっきまで走っていた地面が壁になり、足を付けた壁が床になったようで……。
その止まらない足で、そのまま壁を走っていく。
「……すごい」
「ああ、スゴイな……」
もう感嘆するしかない。
明らかに垂直以上のオーバーハングを、まるで普通の地面のように走っていく。
なんというか、首を左右に動かすと、世界はまさにひっくり返ったようだった。
大丈夫だと分かっていても、これめっちゃ怖い。
「だ、大丈夫ですか? 固定している縄は、ほどけていませんか?!」
「多分大丈夫だ! 確認するのが怖い! っていうか……前が崖だ!」
本来、崖のふちともいうべきところが、こちらの視点から見るとやっぱり崖のふちである。
この場合、どうするのだろうか。
やはり二段ジャンプしないと駄目なんだろうか?!
ええい、足を止めるなと言われたし、そのまま走るしかない!
「タロス王、落ちることがありましたら、私が拾いますのでご安心を」
「その前にもう少し練習をさせてくれ!」
後ろから聞こえてくるのは、頼もしいラッパ王である。
コレ、客観視すれば気持ちがいいかもしれないけども、主観の視点だとめっちゃ怖い!
全力疾走して壁にぶつかってくれ、よりも全力疾走して崖からダイブしてくれ、の方が怖いに決まっている。
というか、前を走っていたバラ女王がどう走っていたかなんて、全然見て取れないし!
なんて不親切なチュートリアルなんだ!
「難しいことはありません、このまままっすぐ走ってください」
「それが一番難しいんだよ!」
仮に、ここで足を止めたらどうなるんだ?! 俺が背負っているマリーはどうなるんだ?!
なんでそんな危ないことをいきなりさせるんだ?!
やっぱり俺が巨人族だからか?!
習うよりもやってみろってか?!
「ご安心ください」
「安心する要素がどこにもない!」
「足を止めなければ、それで問題はありませんので」
「足を止めたらどうなるんだ?!」
「落ちます」
そういう説明は、もう少し早くしてほしいです。
俺は中身がアレなので、普通の巨人族と同じ扱いをしないでください。
「マリー!」
「はい、しかとついております!」
「よし……気合を入れるぞぉ!」
イメージとしては、TV番組のアスレチックだろうか。
こう、回転する足場、そんな感じであった。
崖のふちに足をかけた俺は、そのまま地面が回転するような錯覚を覚えていた。
「だああああ!」
そして、ようやく俺は平常な坂道を上り続ける状態になっていた。
確かにすごいけども、この視点だと洒落にならん!
「うふふ……懐かしいわね、カブトムもそんな感じで……」
「肝が冷えた……」
「お見事です」
古代からの王に笑われながら、俺は何とか普通の岩山を走り続けることができていた。
あと、魔王が自分用に作ってないのは、単純に自分で使うのが怖いからだと思われる。




