丸まった嫁と、ついでに諸王の動き
さて、一晩にゃんにゃんした俺とマリー、それから二人の王が出立する朝になった。
目指すは……大型の獣の残る無人地帯である。具体的にどこか、と聞かれると地図を見せてもらったわけではないので何とも言えないのだが、俺達が住んでいるいる屋敷から東の方にひたすら歩いて、山を越えた先にあるところらしい。
というか、地図上でも結構な距離になるだろう。言うまでも無く大規模な移動になるが……果たして我が領地の者たちは持ちこたえられるだろうか。
もちろん、全員死ぬほど柔ではないだろうが……。
流石に、俺が猟に出ないとなんの獲物も取れない、と言うわけではない。
それなりの小物が相手なら、子供と御老体でも大丈夫だろう。
つまり、量の問題である。村を養うには、数が足りないだけで、全く足りないわけではない。
「これはこれはタロス王! この度は伝説になぞらえて巨獣の退治と聞き及びました! 流石は初代ダイ族の王アトラスに次ぐ大斧の使用者ですな!」
いつかの、エリック君接近注意報を教えてくれたハネ族の男が俺の家の庭にいた。
というか、頭上を見ると結構な数のハネ族が東を目指して飛んでいた。
「これはなんの騒ぎだ?」
「おや、ミミ族のラッパ王より我らが氏族へ招集が入っただけの事です。未開拓地帯の巨獣を退治し、その肉をもって民の飢えを癒す。その上で結婚式をなさるとか。既にダイ族以外へは通達が始まっておりますぞ」
巨人族以外かよ?!
もうそんな話になっているのか……。
というか、いくら何でも話が早すぎないか?
「さて、そのお召し物も実にお似合いですな!」
「ん、ああ……」
まだ起きたばかりなので、着ている服はギリシャ風の布の服である。
これから毛皮に着替えるのだが……こっちから着替えたくないな……。
「そのお姿も、ダイ族らしさ……乙女の夫として実によろしいかと」
「お、そう思うか?」
「ええ、これは新しい礼服になるのでは、と思うところでございます。我らに絵筆を持つことはできませんが、この眼に焼き付け、詩と共に伝えようかと!」
それはそれでこっぱずかしいな……。
「なにせ、どの氏族も以前の大戦で傷を負いましたからな、明るい話題が欲しかったのでしょう。魔王シルファー様も大層乗り気で……祝辞として各氏族の王の持つ王権の武器を起動させるとか……」
「---ああ、なるほど」
確かに、今まで魔剣が手元になかったことで、存命だったラッパ王とバラ女王だけが武器を起動状態だったわけだ。
それが、今後八人に復帰すると……正しく人間の覇者が持つ聖剣を除いて、全ての氏族の王が自分の武器を使えるようになる訳か……。
「これと言いますのもタロス王が、遥かな昔にリスト様に手渡された魔剣アインを婚約者殿から取り戻していただいたおかげでございます」
「いや、取り戻したと言えるのか?」
「当然でしょう、アレはそもそも、リスト様の子孫の身を守るに足る婿に与えられる剣。それを権力の象徴だと勘違いした男から奪い返したのです、我らが氏族の女王陛下も王権の武器を磨き、起動の儀式に備えているとか!」
……やっぱりこれ、最初から仕込まれてたんじゃないか?
タヌキとキツネに騙されてたんじゃないか?
諸々色々の事情があって、結婚式をしたがったのはあの古狸どもなんじゃないか?
孫の孫のそのまた孫の……子孫の結婚式が見たい魔王と、他の氏族の王にも武器の起動を施したいラッパ王とバラ女王の思惑があったんじゃないか?
もちろん、俺は俺で領民の飢えを満たしたいという思惑があるんだが。
「してみると、ツノ族は大慌てでございますな。未だに王が決まっておらず、それどころか武器まで持ち去られているとは! これでは体面も何もあったものではありません!」
「確かにな……アイツらもだいぶ体面にこだわるからな」
体面にこだわるなら、まず服をちゃんとしたものに着替えるべきだと思う俺は、やはり間違っているのだろうか?
目の前の、貫頭衣をきたハネ族を見て思う。こう、じろじろ見ても汚いところが見当たらない。
仮にも王に会うということで身ぎれいにしているのかもしれないが、野人連中にはその発想がない。
嫌になってきたな……諸王を巨人族の前に集めるとか、完全に羞恥プレイだぞ。
「とはいえ、事が事です。流石に前王の姫に対して強硬手段もとることが許されるでしょう」
「そりゃそうだ。前王の娘なんて、そんな大したもんじゃあるまい」
他の氏族の王たちが全員武器を強化してもらって、それで自分達だけお預け、というのは面白くないだろう。
「今回の件に合わせて、王が大きく傷を負ったユミ族もツキ族も、代替わりをするとか」
「あっちは短命だからな」
「ええ、我らも同じです」
と、のんきなことを言うハネ族の男。
実際、俺が半人の王の代替わりに立ち会うのは二度目である。
半馬族も半鳥族も半狼族も、十年かそこらで死ぬわけではないが、それなりに老いるのが早い。
永遠に近い時間を生きる魔人と比べてではなく、人間と同じ野人と比べてもなお短い人生だ。
それを彼らは悲壮に語らない。
まあ、家族みんながそうなら、さほど寂しくもないのだろう。
そもそも野人も人間も、この世界では人生五十年だ。
寿命を迎えられることは、極めて稀有な事なのだろう。
「タロス王、善き式になるようお励みください」
「ああ、任せておけ。胸焼けするほど肉を御馳走してやる」
大体まあ、あの戦争でどれだけの氏族が命を落としたのだろうか。
それを思えば、半鳥族は決して嘆くことはできまい。
「ああ、タロス王。こちらにいらっしゃったのですね」
ほんわかニッコリと、乳白色の妖しいメイドさんが庭に現れた。
なんというか、物凄く妖艶である。なぜこんなに色気があるのだろうか。
その上で、やはりバラ王とは格の違いを感じる。同世代に見えるのだが、実際には経験が違いすぎるのだろう。
とはいっても、永久に近い時間生きる彼女から見れば、自分など赤子のようなものだろうが。
「奥方様の梱包が済みましたよ」
「……まて、お着換えとかじゃなくて、梱包?」
俺は自分用に大きくされている扉をくぐると、屋敷の中に入った。
そこには……エントランスに丸々とした我が妻がいた。
顔がかろうじて出ているだけで、こう……ミノムシみたいになっていた。
衝撃緩衝材であろう、大量の布でぐるぐる巻きにしている。
暑くないっていうか、熱くないのか?!
「どういうことだ?!」
「私もご一緒したいので……安全のために……」
……ああ、ダッシュするのね……。
「だって……伝説の武器の真価を見ることができるんですよ」
「ふむ……そうだな……確かに夫婦は一緒にいるべきだな」
でも、ここまでしないと一緒に移動できないって……。
普通に危ないのでは?
「では、タロス王はお着換えいただいて……その背中に縛らせていただきます」
え、本当に?!
こんなんでいいの?!
おトイレとがどうするの?!
そもそも、こんな間抜けなものを背負って走らないといけないの?!
「楽しみですね、タロス王!」
見えている顔だけで、彼女がわくわくしているのだと分かる。
しかし、だとしてもこれはどうなのだろうか?
これでいいのか、これで……!
「夫の活躍を、この眼で見られるなんて、私は幸せです!」
「ふ……毛皮の服を持ってこい! さっさと縛るぞ!」
しょ、しょうがねえなあ!




