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剛人族の王と、ついでにタロス王の屋敷

 人間の呼称と九氏族の自称は異なっている。ダイ族の王であるタロスは特に悪意なくその呼称を受け入れているわけだが、当然氏族ごとに受け取り方も違う。


 魔人と呼ばれている者たちは基本的に不満も何もない。

 森魔族はただ森に潜んでいる寿命の長い奴程度の意味合いであり、ミミ族はそう呼ばれても怒ることはない。

 夢魔族はヨル族という呼び方と意味が変わるわけではないので、何の不自然さも感じず自称することもある。

 悪魔族はやや悪意のある言い回しではあるが、カミ族は人間が自分たちの道具をどう使っているのかよく知っているのでそう言うこともあると納得している。


 基本的に、半人は半人と呼ばれることを快く思っていない。

 なにせ半馬族も半狼族も、人間に向かって『サル』というのと同じ意味合いであり、喜べという方が無理な話だろう。

 ただ人間と比較的関係が友好的な半鳥族は、自分達同様に空を舞う鳥という生き物に対して悪感情を持っておらず、『トリ』と呼ばれてもむしろ喜ぶという。


 野人に関しては野人呼びも含めて腹を立てることはない。

 巨人族はダイ族とそのまま意味が同じであり、怒る要素が一切ない。小さい人間から見上げられ、大きいと畏れられることは彼らにとって当然の称賛だからだ。

 鬼人族に関しては、鬼ってなんだよ、という疑念があってツノ族は首をひねるばかりだった。


 さて、剛人族、カタ族である。

 非常に自尊心が強く、逆説的に言って劣等感を強く感じている彼らは、強い人、という意味の呼び名を気に入っている一方でそれを隠してもいる。

 人間何ぞに褒められてもな、と喜んでいる内心を隠すのだ。とはいえ内心剛人族という呼ばれ方に喜びを感じてもいる。

 人間を含めた十氏族で横並びになったとき、真っ先に『背が低い』ことが目立つ彼らは、自分達の呼称に背が低いことが含まれていないことが喜びなのだ。

 それに、字面からして他の氏族にも負けていない、という感じがいいらしい。


 そんな彼らは基本的に閉鎖的で、余り自分達から外に出るということはない。

 もちろん森魔族や半鳥族以外は基本的にそうなのだが、彼らは更に閉鎖的なのだ。

 そんな彼らの王であるカナブ王が、森魔族の案内の下こそこそと巨人族の領地に入ったのにはそれなりの理由があった。


「なあシノビよ、この道であっとるのか? 迷っちゃいないんだろうな?」

「問題ありません」

「しかしなあ、そのなんだ、ずいぶん大回りしとるような気がするんだがなぁ……」

「集落の狩場を避けています。もしも彼らの縄張りに入っても良いのなら、もう少し早く着きますが」

「ああ! じゃあ仕方ねえな! いや、全く仕方ねえ! 奴らに悪いからな!」


 基本的に、カナブ王が勝てない相手はこの領地にはいない。

 例えタロス王が彼と戦ったとしても、絶対に勝つことはできない。

 仮に一つの集落の巨人族が全員襲い掛かってきたとしても、剛人族最強を誇るこの男にはケガをさせることもできない。

 その彼が『人目』を避けた案内を受けているのは、単純に見上げるのが嫌で見下ろされるのが嫌だからだ。

 これは剛人族の基本的な感性であり、彼もまた例外ではない。


「まったく……なんでダイ族の奴らの領地に入らにゃならんのだ……」


 そんな彼がどうして態々九氏族最大のダイ族、つまり他の誰よりも自分達を見下してくる輩の生息地に入り込んだのかと言えば、半鳥族から先日の騒ぎの一報を聞いたからだ。

 一つ、文句でも言ってやらねばと怒って森魔族に案内を頼んで入り込んだのである。


「もうすぐお屋敷です、既に我が手の者を送って連絡を付けております」

「そうかい……お屋敷ねえ」


 お屋敷ってなんだよ、とは言わない。そもそも魔王城を知っているし、人間の集落を襲うならよく見てているからだ。

 そんなものを魔王から贈られている、というのは何とも不快だが、まあ仕方がない。内心では納得もしている。

 この場合、特別扱いされているのはタロス王ではなく、その妻になった魔王の子孫であるマリーなのだから。

 魔王が自分の子孫に気を遣うのは当たり前で、何もおかしい事ではないのだ。

 ちょっとうらやましいとは思っているのだが。


「む」

「どうした?」

「どうやら今、タロス王は留守にしていらっしゃるご様子です」

「なんだとぉ?! ……いや、当たり前か」


 どうやら森魔族同士の、可聴領域を超えた声による遠距離会話で、自分の手の者と連絡を取ったらしい。

 とはいえ不在は不自然ではない。長く領地を開けていたのだから、釈明も含めて各地に顔を出すのは当たり前だった。

 というか彼からしてみると、そもそも他の王と一緒に領地を出て旅をする、という考えが今一理解できないのだが。

 その結果、例の騒ぎに巻き込まれたというのが、まあ腹の立つところなのだが。


「さあ、こちらです」


 うっそうと茂る森を抜けると、整地された場所に出た。

 そこは手入れの行き届いている、二階建ての『比較的小さめ』の屋敷だった。

 それを見て、彼はやや不満そうな顔をする。

 ずらりと並んでいる夢魔族ではなく、その更に前に立って迎えているマリーにでもなく……。


「でけえ扉だな」


 自分の小ささを再認識し、この屋敷で暮している男の大きさを再認識する、この屋敷の扉の大きさだった。

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