花嫁衣裳の色と、ついでに巨大生物討伐
さて、当たり前と言えば当たり前だが、流石に無限にパンが出てくる武器ではなかったらしい。
それはそれで行脚が始まるのだが、俺はブタの飼育係かなんかだったのだろうか。いや、もちろん酪農家の方を馬鹿にするわけではないのだが。
というか、パンが無限に湧き出てくる、という状況そのものが農家とパン屋を馬鹿にしている。
ただまあ……あればある分だけ欲しがるという習性を、いい加減何とかしてほしいものだ。そう思うとやりきれなくなってくる。
「それにしても、タロス王」
「なにかな、バラ女王」
「貴方、あれから大分ご無沙汰なんですって?」
やっぱてめーサキュバスだろう。
伝説の武器の機能を明かした後で、それは無いんじゃないか?
というか、下世話極まりないぞ……。夢魔族の女王らしいといえばらしいが……。
というか、夢魔族とはあんまり付き合いがないから(当たり前だが)こんな分かりやすくピンク色の頭をしているとは……。
マリーを嫁にした時は意外性がないって最高だと思っていたけど、やっぱりこう、意外性と言うか慎みは大事だと思う。
もちろん、よその氏族に口出しする気はないのだが。なのでそっちもこっちの家庭に首を突っ込まないでいただきたい。
「旅の負担もあるからな」
「あら、星を数えながらと言うのも、乙な物よ?」
乙とか言うなよ……。
ひょっとして、ユリさんもこんな感じなのだろうか……。
一晩しか付き合いないから何とも言えないが、意外性のないこの渡世では仕方ないのかもしれない。
この世界の連中って、本当に期待通りと言うか、知ってる通りの連中だからな。
「何度も言うが、俺の氏族は今飢えているからな……このままでは他の氏族に襲い掛かりかねん」
「その通りだ、バラ。タロス王は職務に忠実なだけだぞ」
「あら、でも幸せな夫婦生活も王には必要でしょう?」
幸せな夫婦生活をするとなって、それで氏族が大量に飢え死にしたら流石に救えないしな……。
そんな王は流石に殺されているだろう。
なんだかんだ言って、俺が王として認められているのは、多くの村にきちんと分配しているからだ。
なにせ巨人族には資産と言うか備蓄という考えがほぼないので、俺を殺しても何も奪えないと分かっているのだ。
単に他の誰かが王になるというだけの話で、そもそも税金の搾取もなにもしていない俺を殺しても、生活がいっこうに楽にならないことなど巨人族もわかっているのである。
というか、そうじゃなかったら流石に、俺を自分の村に婿入りさせようとは思わないわけだし……。
「あの……私が聞いてよい事かわかりませんが、他の氏族の方はどうされているのですか?」
マリーが申し訳なさそうに訊ねてきた。
確かに、彼女の婚約者が起こした戦争による人手不足である。
それなりにどの氏族も影響を受けているだろう。
「私のヨル族は影響はないわ。こう言うのはどうかと思うけども、私達は戦争とは無縁だから」
「我らミミ族もさほどの影響がない。心苦しいが、我らも直接戦争に参加するわけではない故に」
まあ、そりゃそうだろう。
直接被害を受けたのは、巨人族、鬼人族、剛人族、半馬族、半狼族だ。
悪魔族、森魔族、夢魔族、半鳥族は全く関係がない筈である。
「我らミミ族の調査によれば、一番ひどいのはダイ族であり、ツノ族とカタ族はそれに次ぎ、ユミ族とツキ族が軽微と言うことです」
「どうしてそのような差が?」
「ツノ族とカタ族は一応貯蓄ってもんを知ってるからな」
というか、単純な食生活の差もあるだろう。
あそこの連中は、一応どんぐりパン的な物は作っているらしいし。
どんぐりを拾うぐらい、子供でもできるし。
「ですが、ツノ族は少々不穏な状態になっております。次の王がまだ決まらないと」
「……なんでだ? 殴り合って決めるんだろう?」
「前王の姫が、自分が王になると言って聴かないそうなのです」
そういえば、会議にも出てたな……。
しかしツノ族の女王とは……。
男性優位の野人からすれば、ありえない話である。
「んなもん殴り倒せばいいだろう」
「王権である獄棍ドライを持ち出しているようです。それに勇敢に戦った彼女の父や殿を務めた兄に救われた者も多く、人数に頼めないとか」
「暴力的にも心情的にも手が出しにくいと」
言うまでも無いが、野人の男性優位はほぼ不動である。
何故なら、単純に男性の仕事が過酷だからだ。
確かに野人は女性でも人間より屈強だが、同じ氏族の男性は多少劣るし、そもそも妊娠と出産という替えの効かない仕事もある。
他に娯楽がない事もあって、或いは出産時の死亡事故などが多いこともあって、産めよ増やせよは本当に圧力が強い。
王様なんぞやってる暇があったら子供を産め、ということだ。
「その内、タロス王に話が来るかもしれません」
「……他所の氏族に口出しとかしたくないんだが」
ラッパ王の話に、流石に嫌な顔をしてしまう。
だって、どう考えても厄介なことにしかならないし……。
だが、伝説の武器を未起動なままとはいえ振り回す鬼人を抑えこむとなると、やはり伝説の武器をもった巨人じゃないといけないわけで……。
殺す分には弓矢とか毒とかあると思うけどな……。
「あの戦争で、最も奮戦されたのはタロス王であると、どの氏族も知るところ。彼女も強気には出られないでしょう」
「……要望があれば行く」
とはいえ、身内の恥を、鬼人族が他所に頼むとは思えない。
時間をかけて説得するとか、そんな感じだろう。
「その……色々と申し訳ありません」
「気にしなくていいのよ、マリー。どうせ男が勝手に始めたことですもの」
フォローしているバラ女王。
いいや、そういうことを言うのはどうかと思うんだが……。
人のことは言えないけど、一応女王だろうに。
「それにしても……人間のお姫様が結婚式もできないなんてかわいそうね……」
「え、それは……」
マリーは微妙に俺を見ていた。
その場合結婚式というか、他の巨人族にマリーのお披露目をすることになる。
それを俺が頑なに嫌がっていることを知っているのだ。
なにせさんざん言っているし、他の巨人族が自分のことを快く思っていないことも知っているのだ。
「結婚式……生憎だが……そんな余裕がダイ族にあるとでも?」
「あら、いずれは通る道じゃないかしら? 先送りにしてもいいことはないわよ?」
「だとしても今ではあるまい」
子供が生まれてからとかじゃダメかなぁ。どうせ俺が王様やってるのも、あと五年ぐらいだし……。お披露目の必要性も感じないし。
喧嘩が強い奴が王、という制度上、そう長く王位にしがみついても意味ないし。
「マリーの花嫁姿、見たくないのかしら?」
「……」
ちらり、とマリーを見る。
金色の髪に、青い眼。
瑞々しい肌の、美しい少女。
「見たいが……氏族が飢えている状況で結婚式をしても、誰も喜ぶまい」
そもそも、宴をするとなれば大量の食糧を準備しなければならない。
俺の先代の王の時は王の村の連中が滅茶苦茶頑張っていた。
だが、今回の場合、俺の生まれた村の力を借りることはできないし、そもそも俺の生まれた村にも余剰な労働力などない。何処の村もかつかつなのだ。
「……なら大物が取れればいいのね?」
「……ちょっと待て、バラ女王。いくら減ったとはいえダイ族は大喰らいだ。熊だの猪だの、どんだけ集めても……」
「巨大な獣なら、数頭で済むんじゃないのかしら」
え、そんなの居るの?
そんなファンタジー、この世界に残ってたの?
いや、でも確かに、これだけ人口密度が低いなら、そういう獣が生き残っている地域があっても不思議じゃないか……。
元々、この斧もそのためのモノだったらしいし。
「住めそうにないところの獣は放置してあるから、そこから何頭か捕ってきましょう」
「確かに、大斧ズィーベンがあるなら容易だろうが……」
「ウチの若い子に大型の獣の調理を教えたいし……」
あれ、なんか話の流れがおかしくね?
結婚式をするって流れになってないか?
絶対ろくなことにならない気がするぞ……。
「ふむ……タロス王。如何ですか、これを機に固有機能の試し切りというのは」
「この斧の固有能力なら、大型の獣も葬れると? しかしな……」
「保存の効く料理をたくさん作るわ! 久しぶりに腕が鳴るわね!」
どうなんだろうか……。
結婚祝いとしてなら、アリか?
とはいえ……。
「マリー……結婚式、したいか?」
「はい……やはりご迷惑ですか?」
まあ、肯定的な意見が多数ならありかもしれない。
少なくとも、この先人はどちらも仕事のできるお方だ。
そう悪いことにはなるまい。
「手配を任せていいなら構わない。その代り、二つ約束して欲しいことがあるんだが……」
王として、夫として譲れないこともある。
「今日はもう日が高い、マリーの体調の事もある。故に明日の朝にでも向かうということにしよう。もう一つは……マリーのドレスは、白がいい。夫の我儘だ、笑ってくれ。マリーには……白が似合う」
「まあ……」
顔を赤らめているマリーだが、俺もとても恥ずかしいのでどっこいどっこいだ。
「うふふ……分かりました、白いドレスであれば準備は済ませてありますよ。シルファーが準備をしていましたから」
「では、私は諸々の準備をしておきます。今日の所は、もうお休みください」
ラッパ王とバラ女王。
対照的な古参の王は一礼すると結婚の準備、狩猟の準備をする運びをし始めていた。
控えていた自分の氏族、アンドラやユリさん以外の面々にテキパキと指示をしていた。
ふと上空を見上げれば、数羽の、っていうか数人のハネ族も降下してきている。
「あの……タロス王」
「どうした、マリー」
「お二人は魔王シルファー様と同じく、開拓時代からの王なのでしょう? タロス王はなぜああも高圧的な態度をお取りになるのですか?」
それは確かに疑問だろう。少なくとも俺は上から目線で話していた。
諸々頼む立場としては、かなり不自然だ。特に、魔王に対して礼を取っている俺を見れば。
しかし、それには理由があるのである。
「人間は、魔王とその配下の王たちをどう思っている?」
「魔王を絶対的な権力者とし、それに従う諸王がいるとだけ……」
まあ、概ね間違いではない。
というか、それで大体あっている。
問題は、種族ごとのパワーバランスだ。
「九氏族は、基本的に平等じゃない。特に会議の時は発言力が大分違うんだ」
「魔王様がトップでも、階級はあると?」
「ああ、森魔族と夢魔族、それから半鳥族は極端に発言力がない。というか、発言しない」
亜人、九氏族の連合は魔王を例外として、基本的に腕力こそが発言力である。
というのも、今回戦争で被害を受けた五氏族は、つまり普段から大きく九氏族全体に貢献しているのである。
種族全体が戦士の階級で、残る氏族より優位に扱われているのだ。
「血を流す戦士たちが、それなりに重く扱われているだけだ。別に普段から頻繁に交流しているわけじゃないし、差別と言ってもさほど問題があるわけじゃない」
貿易してるとか、金銭の貸し借りがあるわけじゃないしな……。
そもそも住んでいる場所が完全に違うので、普段は全く意識していないほどだ。
「あの二人は大人だからな、こっちの顔を立ててくれてるんだよ」
「そうですか……」
妙に納得しかねているマリー。
でもまあ、仕方がないし、そもそも意味がないのだ。
果たして、あの連中に対して対等に接してもらって、或いは優位に立って、それで何か得られるものがあるのだろうか。
少なくとも対等扱いである俺は、全く嬉しく思っていない。
「それにしても……マリー……君がそんなにも結婚式をしたいと思っているとは思ってなかった……気が効かない夫で済まない」
「いいえ、このような機会でもなければ、ハレの舞台と言うのは難しいでしょう。私こそ、ムリを言ってすみません」
「……いいや、俺も本音を言うと、その……君の晴れ姿をみたかったんだ」
「タロス王は、お上手ですね」
よ~~し、結婚式の準備頑張っちゃうぞ!




