人間の王と、亜人の王
王になるということは、国家の機密に触れるということである。
いいや、知らねばならないことを、全て知っておくという事でもある。
そして、去年の戦争以降タケトリ王国もまた多くの外交問題を抱え込むことになった。
くすぶっていた火種が火事になった。それだけの事であるのだが、その結果は余りにも凄惨だった。
故に、王は自らの死を予感し少々早いとは思いつつも、自分の息子に自国の保管している悪魔の道具とその使い方を教えていた。
「陛下、如何されました?!」
「コヤスガイ! 息子は、タマノエはどうした!」
やや老境に差し掛かった現国王は、発狂に近い焦燥を抱えた顔で叫んでいた。
自国に戻ったばかりの騎馬隊の隊長の両肩をつかみ、激しく前後に振っていた。
そうであっては困ると、嘆くように問いただしていた。
「我らが止めることも聞かずに、先に戻られましたが……まさか、なにかあったのですか?!」
「違う、違うのだ! あのバカたれは……バカたれは!」
単騎で駆けた王子は馬を乗り捨てると、誰にも知られぬように宝物庫の最奥へ向かった。
そして、王家しか知っていない専用の保管庫の扉を開けて、中の物を盗み出していた。
王はその結果だけを知っていた。つまり、先日教えた秘密の扉が開いており、なおかつ中が空洞であったと。
最悪なことに、その事態を王が把握したのは半日後で、『怪しい者』が王宮を出たということは一切なかったのだ。
「とんでもないものを盗み出しおった!」
「王よ……王子を追いますか?」
「……間に合うか? いいや、間に合わぬ……もはや、知らぬ存ぜぬで通すよりないのか……」
王は冷静に思考しようとして、しかし全くその通りにできていない自分を嘆いていた。
「どうしたというのですか、王よ……」
「愚息が盗み出したるは、羊飼いの鈴よ……おそらく、もうどうにもならぬ!」
※
「とまあ、そのようなことがありまして」
「へえ、誘ってくれればよかったのに~~」
若年の半人の王二人、エリア王とケンチュウ王は草原でたき火を囲んで話をしていた。
流石は大国の王の行軍の兵糧である。その質は極めて高く、エリア王の率いる衆は大層潤っていた。
特に、酒である。果たして彼一人で飲み干せるのか、という量の果実酒が箱単位で持ち込まれていた。
それを根こそぎ奪って、その一部をもってエリア王に土産話である。
「いえいえ、そんなことをすれば流石に怪しまれましょう」
「それもそうか~~、そっちは僕らの縄張りから遠いもんね~~。それなのに沢山いたらおかしいか~~」
「ですが、お二人とも楽しそうでしたよ」
「だよね~~やっぱり人間は凄いよね~~」
流石に全員ではないし、いつでもではないだろうが、人間は人間の作った物を楽しむことができる。それはとても羨ましいことだ。
彼らはきっと、濃厚な時間を過ごしていることだろう。まあ、混じりたくは無いのだが。
何分、半人に属する者たちは大分『人間の形』から離れている。
人間に化けられるとは言え、人間に交じって生きていく、というのは余り想像したくないことだ。
野人はサイズぐらいしか変わらないので、そこまで違和感を感じていないのだろうが、この二人はそうもいかないのである。
「……ん? あれ~~?」
「どうしたのかな、ケンチュウ王」
「なんか、ミミ族の臭いがする」
「風上からミミ族が?」
基本的に、隠密行動を良しとするミミ族は、あえて相手の風上に立つことはない。
にもかかわらず、鼻が利くツキ族の風上から向かってくるなど普通ではない。
「……申し訳ありません、エリア王、ケンチュウ王。早急にご用件がありまして、こうして風上に立つ無礼を働きました」
ほどなくして、夜の闇に紛れてミミ族の面々が現れる。
しかし、声色に全く余裕がない。何か、苦しそうというべきか、不快そうでもあった。
「ですが、事は急を要します。どうか、お聞きください」
ミミ族の鋭敏な聴覚は、その音を聞き分けていた。
いいや、こういうべきだろう。
ひたすら不快な音に、耳が悲鳴を上げていた。
「羊飼いの鈴が……以前魔王様が作成されていた道具の使用が確認されました。それも、最悪の使用方法で」
そしてそれは、一切連絡を取り合うことなく、一つの決断をさせるに足るものだった。
「こうなったとき、予め魔王様から我らに指示が下されております。即ち……人間を守れと!」
二人の若き王、彼らの持つ王権の武器が、出番を待っていたかのように輝きを増していた。
即ち、戦いの始まりである。




