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お姫様の拉致とついでに包囲網からの脱出

「なあ、どうすりゃいい?!」

「畜生、囲まれちまった!」

「どうする、矢の雨だぜ?!」


 人生に攻略本はない。

 人生にナビゲーションもマップもない。

 なんというか、俺はそれを改めて理解していた。


 ものすごくざっくりいえば……俺は今戦場にいて、それなりに大きい軍に所属していて、それなりに指揮官で……四方八方を囲まれていた。

 同数で戦っていて、敗走した相手を追いかけていたら、伏せていた増援に挟まれたらしい。

 らしいというのは、そもそも俺はこの辺りがミッド平原なる人間の領地と魔王領地の中間と言うか国境の辺りで、人間が攻めてきたから追い返そうとして、追い立てていたら左右からも矢が降ってきたということだった。

 アクションゲームとかだと俯瞰して戦場を見ることができたり、或いはマップが地形とかをプレイヤーに教えてくれるのだが、当然現実ではそんなものはない。

 言うまでも無くそれはプレイヤーへの配慮で、ストレスなくゲームを楽しんでもらうための仕組みだ。

 で、実際戦場を一人称の視点でみても全然わからない。四方八方から矢が降ってきていて、それによって味方がガンガン死んでいることしかわからない。

 魔王様の部下であるケンタウロスとか狼男とかもガンガン殺されているし、俺と同じ種族である巨人族もガンガン殺されていた。

 何分、巨人族と言っても何十メートルもあるわけではなく、精々三メートルぐらいなので、状況によってはあっさり死ぬのだ。

 もちろん、これは俺の目測である。この世界の人間を大体一メートル七十ぐらいとしたら、俺達巨人族はそんなものなのだ。


「だめだ……俺達ここで死んじまうんだ!」

「畜生! こんなタマナシのヒゲナシが王だったせいで!」

「し、死にたくねえよ!」


 と、俺と同じ種族で、俺より頭一つ小さい平均的な巨人たちは微妙に俺をディスっている。

 まあ、気持ちはわかる。多分俺でも似たようなことになれば怒ると思うし。

 だが、流石に何もわからないまま突っ込んでも、多分返り討ちだろう。

 俺は生憎頭脳チートでも死んだら生き返る系のチートも持っていない。

 周囲の、ひげだらけで風呂にも入ってなくて歯も磨かない、不潔で臭くてそこらの木を削って棍棒にしているだけの蛮族の、その親玉と言うだけの男だ。

 なので、相手の作戦を読んで策を練ったり、或いはスゴイビームでもぶっ放して敵をぶっ飛ばす、ともいかないのだ。


「ーーー」


 そこで、俺は考えた。

 間違いなく、この包囲作戦は周到に練られた作戦だ。

 同数でぶつかって、わざと逃げ出して、追い込んで……援軍で挟んで殺しに来たのだ。

 つまり、敵はかなり緻密な作戦を立てている。仮に防御の薄いところを抜いても、なんか訳の分からない作戦で背中とか脇とかを狙われるのだろう。

 であれば、蛮族の王として取るべき作戦は一つ。


「野郎ども! 死にたくなかったら、全力で俺について来い!」


 魔王様から賜った、巨人族随一の武器。

 柄も刃も金属でできた、銀色の片手斧を高々と掲げる。

 そして、片手でそこいら辺に落ちていた馬を抱えて盾代わりにしつつ、そのまま一番防御の厚そうなところへ向かって、全力で走り出していた。

 巨人族で一番大きく、且つスマホもゲームもない世界で、且つ本もない巨人族の集落で育った俺は、それなりにいい視力で高い視点から遠くまで見える。

 そして、一番人が多そうなところへ向かって走っていた。


「ど、どうする!?」

「ーーー俺は行くぞ!」

「ま、待ってくれ!」


 巨人族が一斉に移動を始めると、流石に足音だけでも大分デカい。

 俺もそうなのだが、巨人族は皆裸足だ。まあ、足の裏の皮も厚いので釘を踏んでもそんなに痛くない。

 その足で、人間の兵や魔王軍の兵の死体の混じった戦場を走る。

 三メートル越えの巨体が死体を踏めば、必然内容物はこぼれて、何とも言えない感触である。

 また、抱えた馬にビスビス矢が刺さっていく感触もなんとも言えなかった。


「進め―!」


 そんな嫌悪感を振り切って、俺は斧を振るいながら魔王軍をかき分けて前に進む。

 そして……遂に味方を抜けて、死体だらけの空間に突入した。

 もう目の前には、金属製の槍と盾、鎧も着て武装した、文明的な陣形を見つけていた。

 長い槍を構えて、こちらを近づけさせない構えである。

 実際、周囲には槍で突き殺された狼男たちや、鬼たちもいる。

 まあ、そうだろうな、と思いつつ……俺は手に持っていた馬を目の前の槍兵に投げつけていた。

 巨人族と言うのは、それこそ人間とはゴリラとニホンザルぐらい体格に差がある。

 ただ背が高いのではない。その巨体には筋肉が満載されているのだ。分厚い胸板、太い腕。そして、それは当然物凄い力を発揮できる。馬を持ち上げて放り投げることもできるぐらいだ。

 矢が刺さりまくっていた馬は、それでも勢いよく飛んでいき……俺の狙い通りに槍をへし折りながら、槍兵をぶっ飛ばしていた。


「ぶっ殺せ!」


 開けた視界には、ずらりと並んだ兵隊が見える。

 蟻一匹逃がすつもりはないと、いわゆる槍衾だ。

 こんなのに囲まれていたら、そりゃあ士気はだだ下がりだろう。

 だが、一旦穴をあければ陣形なんて脆いものだ。


「おおおお!」

「しねぇええ!」

「やっちまえ!」


 俺の目の前の人間たちが、恐怖に振るえて逃げ出していた。それこそ、手に持っていた槍も盾も放り出して。

 そりゃあ怖いだろう。だって、三メートルぐらいある筋肉ムキムキの巨人が、手に斧やら棍棒やらをもって全力疾走して来たら、そりゃあ怖いし逃げ出すだろう。

 特に、俺が陣形に乱れを作ったので、それはもう残酷な結末だ。

 もう後は一方的な虐殺である。

 人間の兵士も最前線の相手はかなりいい装備をしていたが、他の連中は流石にそんなにいい装備をしていない。兜以外は皮装備だ。うん、雑魚と言うしかない歩兵である。

 そりゃあ逃げるだろうな、と思いながら……その背中を斧で斬り飛ばしながら蹴散らしていく。


「止まるな、走れ!」


 とはいえ、流石に巨人族も生物である。こっちは旧石器時代の原始人なみに文化水準が低く、着ているのは普段と一緒の獣の皮を適当に着ているだけの防御力ゼロ。もみ合っていれば、その内疲れるし、そのまま殺されるだろう。

 いくら何でもこの横にずらりと並んだ人間たちを皆殺しにできるとは思えないし、しても意味がない。

 ちらりと後ろを見ると、結構な数の巨人族がついてきていた。おまけに、なんか他の種族も付いてきている。

 うんざりするが、このままなら勢いを維持できそうだった。


「走れ走れ走れ走れ!」


 膝で顎を蹴り上げながら、俺は走る。

 一番防御が硬そうな陣を目指して走る。

 将軍とか王様とかがいれば、殺すなり捕まえるなりして交渉ができそうだし、それでなくても大軍がパニックを起こすだろう。

 そうざっくりと期待して、走って走って走りまくる。

 そうして槍を持った兵士たちを蹴散らしながら、巨体を生かして先を見る。

 槍兵の背後からクロスボウやら弓を構えた兵士たちが、パニックを起こして味方を射っていた。

 そりゃあ、こっちから向こうが見えるんだから向こうからだってこっちが見えるだろう。

 敵を包囲して、それで槍兵に守られながら、一方的に射かけていたら、手に斧を持った巨人が迫ってきたら、そりゃあ誤射だってするだろう。

 第一、剣や槍を持った兵士が逃げているのに、弓でどう戦えと。


「ぶっ殺せ!」


 俺は威嚇もかねて叫んでいた。

 あと十人ほど斬り殺せば、接近戦の兵士は殺せる。

 そうすれば、弓やクロスボウを持っている相手を棍棒や斧でぶっ殺す簡単なお仕事だ。

 それは向こうだってお察しである。

 俺の叫びにビビッて、俺の後ろの巨人族どもにおびえて、一人逃げて二人逃げて、そのまま隊列そのものが逃げだしていく。

 そして、慌てて背中を見せる相手の方が殺すのは簡単だった。

 放り捨てられた矢や弓を踏みつぶして、更に前に進む。

 離れてたらおっかない遠距離武器も、こうなれば脆いものだ。

 槍兵を殺すよりずっと簡単に、弓兵達を俺は殺しながら前に進む。

 そうして、弓兵を抜けるとその先には……。


「ここは通すな!」

「「「おおおお!」」」


 何とも最悪なことに、結構な武装をしている騎兵隊が並んでいた。当然、弓兵の隊列とは結構な隙間が空いており、突撃を仕掛けてくるには十分すぎる距離が俺達との間にはあった。

 こりゃあ不味いな、と軽く舌打ちする。

 なんとも調教されているらしく、俺達の突撃に騎兵も馬も恐れていない。

 金のかかった精鋭だな、と推測するには十分だった。

 生憎こっちは盾も持っていない原始人なので、騎兵で突撃されると結構数が落とされる。

 そうなると、此処を切り抜けられるとしても、後が続かない。

 かと言って、此処で足を止めたら四方八方から責め立てられて死ぬだけだ。

 こんなクソみたいな連中の陣頭に立って、そのまま死ぬなどごめんである。


「突撃!」

「「「おおおお!」」」


 ずらりと並んだ、豪華な鎧の騎士達が仕掛けてくる。

 手には馬上槍、騎兵の速度で突っ込まれて来れば巨人と言えども致命傷である。

 ええい! 俺だけでも助かればいいんだ! と割り切って突っ込もうとすると、何列も並んでいた騎兵の、その最前列の馬がバタバタと倒れていく。

 それは当然、背後の騎兵たちの足を止める物だった。


「なんだ?!」

「弓兵がいるぞ!」


「やっちまえ!」

「「「っしゃああああ!」」」


 俺の頭上さえ超えて、跳躍して襲い掛かっていく狼男たち。

 足を止めた騎兵の、その狭い視界の上から飛びかかり、馬から蹴落としていく。

 全身が重装備な騎士達は倒れると、その重さで立てなくなるとか聞いたことがあったが、それ以前に馬から落ちてただで済むはずがない。

 身軽な狼男たちは文字通り騎兵隊を蹴散らして、あっという間に道ができていた。


「ダイ族の王、タロスよ!」


 ふと傍らを見ると、俺に並走しているケンタウロスがいた。

 手には弓と矢、そして背中にはこれでもか、と矢を背負っていた。

 そこそこ傷を受けているが……おそらくさっきの騎兵を射落としていったのは彼らだろう。

 地球のモンゴルにいたという騎馬民族ではないが、馬の胴体に人間がついている彼らは、射程こそ短いものの取り回しがしやすい短弓で武装している。


「ああ、ユミ族の王、サジッタ殿。援護射撃感謝する」


 自分で弓と矢を作れる程度には文明的な彼らは、一応布の服を着ていた。

 一応、手には手袋もしている。

 なんというか、それなりに文明的で羨ましい。


「いいや、礼を言うのはこちらだ……あのまま足を止めたまま死ぬなど、ユミ族の誇りにかかる」


 本気で走れば巨人よりずっと足が速いケンタウロスは、それでもあえて俺と並走していた。

 そりゃそうだ、弓兵なので巨人族より前に出るとアウトなのである。


「ツキ族も若い衆が寄ってきた、このまま活路を切り開くとしよう」

「ああ、だがいったんやつらは下がらせてくれ」

「なぜだ?」


 俺よりは背が低いケンタウロスの王様、サジッタのおっちゃんは聞き返していた。


「アイツらすぐばてるだろ、少し休ませてやれ」

「……ここは守りが弱いのでは?」

「違う、一番守りが厚いところを狙ったんだ」

「なぜ?!」

「弱いところには罠があるだろ」


 絶句していた。

 なんというか、ひげ面のオッサンが絶句すると本当に何というか悪い気分になる。

 多分、ここに活路があると思っていたらしいが、生憎だがそんなものがあるわけがないし、あっても見つけられない。

 ないなら作るしかないのだ。力押しのごり押しで。


「ち、ちいい! お前ら、一旦下がれ!」

「「「おおっす!」」」


 と思っていると、先行していた狼男たちが指示するまでも無く足を止めていた。

 なんというか、怖気ついて立ち向かうこともできずにいた。

 そりゃあ無理もないだろう、手に簡単な剣を持っているだけの二足歩行の狼が、全身をずっしりとした防具で身を固めた重装歩兵に太刀打ちできるわけがない。

 そして、弓矢も通らないと判断したのか、ケンタウロス達も巨人族に道を譲る。

 そう、壁を壊すのは単純な腕力と体重だ。


「野郎ども、チビ共に目に物を見せてやれ!」

「「「おおお!」」」


 背後を見れば、結構な数の巨人族が残っていた。

 とはいえ、この分厚く並んだ重装歩兵を突破するにはどれだけの犠牲が出るかわからない。

 が、やるなら俺達だ。そうでないと、全員死ぬだけである。

 幸い、重装歩兵は装備が重すぎて動きが鈍い。騎兵とぶつかるほどの絶望感は無い。

 だが、おそらくさっきの歩兵達ほど簡単には瓦解しないだろう。

 見るからに金をかけた装備である、中身も相当の精兵だ。

 人間にしてはそれなりに大きく、二メートルに近い奴もいるだろう。


 とはいえ、此処で足止めを食えばやはり全滅なので……嫌だが俺が先頭になって突っ込んでいく。

 手にした斧を大きく振りかぶり、全体重を込めて、振り回す。

 腰を落して迎撃の構えを作っていた重装歩兵の盾に当たり、そのまま突き破る。

 流石に、なます切りとはいかない。そんなにこの盾は安くない。

 俺の斧も魔王様からもらった、巨人の力でぶん回しても刃こぼれ一つしない業物だが、流石に鉄の板を仕込んだ盾を突き破れない。

 しかし、それでもこっちは巨人で、その中でも最強なのが俺である。

 ニホンザルの中では大きいとか、それなりに武装している、と言う程度でしかない。

 一旦組み付けば、あとはこっちのものだった。


「おおおお!」


 斧から手を離して、そのまま重装歩兵の頭をつかむ。

 後はゴリラ以上だと思われる怪力で、首をへし折るだけだ。


「ぐが!」


 もちろん、そんなことをしている俺に、他の重装歩兵たちが黙ってみているわけもない。

 仲間が殺されても臆することなく、反撃に転じようとしてくる。

 だが、別に数百人が一度に襲い掛かれるわけではないし、包囲されているわけでもない。

 俺は殺したばかりの重装歩兵から斧を回収し、口にくわえて、両手で鎧を着たままの死体をふりまわす。

 全身甲冑の兵士、それも筋骨隆々たる大男の重量は尋常ではない。

 そして、鋭利な刃物よりも鈍器の方が、完全武装の相手には有効である。

 刃を通さない兜も、へしゃげれば中身がつぶれるのだ。


「おい、どんどん敵が来るぞ?!」

「た、タマナシに続け!」

「ヒゲナシに続け!」


 先ほどまでと違って、隊列が崩れるということはない。

 だが、周囲からどんどん兵が集まってきているのを見て、巨人族も突撃を仕掛ける。

 ケンタウロスたちが矢で牽制しているが、そもそもの数が違いすぎるので、多分時間稼ぎにはならないだろう。

 重装歩兵の隊列は、奥行きで十人ほどだ。あと六人倒せばそのままその奥に行ける。

 もちろんその先にも敵は見えるが、こいつらよりは弱そうだった。


「ここは通すな!」

「後ろに厚みを作れ!」

「持ちこたえろ!」


 と、向こうも必死である。というか、実際隊列が変化して厚みを作り始めた。つまりは、戦闘していない後列が俺の進行方向に移動し始めていた。

 流石に精鋭である。一人一人が強いうえに、部隊としても動きが速い。

 というか、力づくで一番守りの厚いところをぶち抜く、という発想そのものが安直だった。

 俺以外の巨人族も、そこそこに苦戦していた。こりゃヤバい、と思っていた。

 やっぱ罠があるとしても一番弱そうなところを狙うべきだったか……。


「ダイ族に後れを取るなああああ!」

「「「うぉおおおおお!」」」


「デカブツどもに負けるんじゃねえぞ!」

「「「んんだあああああ!」」」


 と、思っていたら後方からさらに応援がやってきていた。

 当然、ケンタウロスでも狼男でもない。彼らは俺達の側面を守っていた。

 俺達の背後から重装歩兵たちにぶつかり始めたのは、鬼とドワーフだ。

 とはいっても、どっちも亜人である。

 鬼は鬼人族と人間が呼ぶし、自分達ではツノ族と名乗る。見た目が完全にドワーフっぽい奴は剛人族と呼ばれて、自分ではカタ族と名乗っている。


「ツノ族をなめるな!」


 鬼人族の先陣を切るのはなぜか女だった。

 巨人族同様に棍棒を持っていて、額には各々形や数が違う角がある。

 体格も俺達巨人族ほどではないが、二メートル半ほどあった。

 その彼ら、というか彼女たちが棍棒を振るうのだ。それはもう脅威である。


「カタ族の拳を喰らえ!」


 さらに原始的なのがドワーフである。俺が内心ドワーフだと思っているだけなのだが、こいつらドワーフっぽいくせに武器を使わない。

 こいつらは人間よりも背が低く、俺達巨人族の半分ぐらい、一メートル半ぐらいしかない。武器は持たず素手で戦っているし、服も必要最低限だ。股間ぐらいしか隠していない。

 だが、こいつらとにかく固いし、重いのだ。

 こいつらが武器を使わず鎧も着ないのは、自分の体がどんな鎧や鈍器よりも固い、と誇りに思っているからだという。

 実際、どんどんガンガン、重装歩兵を押し込んでいく。


「だめだ、一気に数が増えたぞ!」

「くそ、押し込まれる!」

「応援はまだか?!」


 一気に楽になってきた。

 なにせ、先行しているのが俺だけではなく、他の一族の奴らも入ってきたからだ。

 カバーしなければならない範囲が増えて、戦力を集中させられなくなっている。

 こうなれば簡単だ、俺は最後の数人をまとめて蹴り飛ばし、倒すと、そのまま踏みつぶして横陣を抜ける。

 目の前にはやっぱり敵がいたのだが、見ただけで分かった。


「「「き、きゃあああああああ!」」」


 全員が女だった。

 なんというか、何十列と言う槍兵、弓兵、騎兵。そして精鋭であろう重装歩兵。彼ら一団が守っていたその先には、武装しているだけのお嬢様軍団がいた。

 見た眼こそ豪華で、細やかな細工が施されているが、手も細く持っている武器も着ている鎧も、明らかに実戦用ではない。

 ああ、なるほど、彼女達を守るために結構な精鋭が並んでいたらしい。


 よくわからないが、彼女たちは所謂お飾りだ。

 戦う気など毛頭なく、ただ並んでいただけなのだろう。


 つまり、此処が最後列。

 ここをぶち抜けば、あとは逃げるだけだ。

 流石に息が切れてきた。

 ここまで来るのに、何百とか殺しているかもしれない。結構な距離も走った。

 流石に疲れてくるが、最後がこれだけ楽そうなら一気にやる気も沸いてくる。

 後は斧を振って威嚇しながら蹴散らして、そのまま抜ければ、いいだけだった。


「ーーーえ?」


 俺は、それを見て、見惚れていた。


 華やかな姿の、お飾りの為の、見目麗しいだけの歩兵や騎兵。

 彼女たちに囲まれながら、尚美しい、ドレスの姫を、俺は見つけていた。


 欲しい。


 見惚れた俺は、此処が死中であり、未だに敵陣の真っただ中で、今すぐ逃げないと囲まれて殺される、と言うことも忘れて……。

 金色の髪、白い肌、青い瞳。

 絵本の中のお姫様のような、そんなお嬢さんを見て、欲しいと思ってしまっていた。

 巨人の俺から見れば小さく、人間から見ても小さいであろうお姫様。

 それが、どうしても俺は欲しくなっていた。


「おおおおお!」


 俺は、この行為がどれだけ自分の忌み嫌う蛮族そのものだと理解しながら……。

 神輿のように、遮蔽物も何もなく、その姿を示すための馬車に乗せられた姫に向かって駆け出して……そのまま手を伸ばしていた。



「いやあ、タマナシのヒゲナシとは思えねぇぜ!」

「俺らの王様はすげえな!」

「どうなるかと思ったぜ!」


 あれから、お飾りの軍を駆け抜けて、そのまま走り続けた俺と、その背後の蛮族たち。

 何とか走って、適当な森に逃げ込んで、更にその奥まで駆け込んで、そのまま倒れていた。

 言うまでも無いが、着の身着のまま、というか武器も放り出して走っていた奴らさえいた。

 実際、俺もこの斧が魔王様から頂いた斧じゃなかったら放り捨てていただろう。

 多分、走って走って疲れ果てていることや、そもそもの数が違うこともあって、追撃されればそのまま全滅しそうである。

 だが……まあぶっちゃけ俺を含めて誰もこれ以上走れなかった。

 食い物もないので、このまま飢え死にとかもあり得るだろう。


「巨人の王はタマナシのヒゲナシということだったが、見事だったな」

「ああ、彼が活路を切り開かねばどうなっていたか」

「我らユミ族、感謝の念が耐えんな」


 気絶している戦利品を担いだ俺も、自分の浅慮に反吐が出そうだった。

 なんというか、高嶺の花を力任せに引っこ抜いてしまったのだから。

 というか、死んでないだろうか。

 そうでなくても、骨とか折れてないだろうか?

 大分慌てていたので、それこそ握りつぶしていないか心配である。


「いやあ、死ぬかと思った~」

「ヒゲナシもやるもんだなぁ~」

「ああ、アイツがいなかったら俺達ツキ族も真昼間に死んでたよ~」


 窮地を脱したことで安堵している連中が鬱陶しい。

 確かにあの連中がいなかったら全滅していただろうが、この後の事とか考えているんだろうか?

 なんであんな大軍がすぐそこにいるのに、こんな大勢でがやがや騒げるのかまるで分らない。

 こんなんだから、あんな包囲作戦に引っかかるのである。

 まあ、俺も引っかかったので、偉そうなことは言えないのだが。


「聞いたか? やっぱりあのデカいのが何とかしたんだってよ?」

「角がないのに大したもんだ!」

「なあに、ツノ族もきっちりぶっ殺しただろ?」


 しかし、どうするか。

 何分俺は巨人族の長である。

 要するに、デカいのである。

 こんな小娘を抱えて逃げ出そうものなら、まず真っ先に敵からも味方からも見つかるだろう。

 逃げるのは余りにも非現実的だ。

 と言うか……逃げるにしても、そもそも地図がない。

 どっちに行けば魔王領に帰れるかもわからない。

 うっかり人間の領地に帰ろうものなら、そのまま凄惨に殺されるだろう。


「ーーーなあ、あのデカいのがやっちまったらしい」

「っけ! デカいからっていい気になりやがって!」

「カタ族を見下していやがるんだ!」


 というか、仮に魔王領に帰れたとして……このお姫様のお世話とかどうしようか?

 そもそも、巨人族は洞穴に暮らす原始人である。お持ち帰りしたとして……名前も知れない彼女にも、そんな生活を強いることになる。

 それは、どう考えてもあり得ない。

 彼女は清潔にしているから美しいのであって、巨人族と同じ格好などしようものなら魅力が失われてしまう。

 まあ、そんな彼女を持ってきた俺こそが諸悪の根源なのだが……。


「……失礼します」


 そう思案していると、座り込んでいた俺の前に森林迷彩の服をきた、細身の亜人が現れた。何というか、斥候と言うかニンジャっぽい姿である。肌の露出はほぼなく、長袖の長ズボンだ。

 言うまでも無く、戦場から逃げてきたような、粗暴な兵士ではない。

 彼女、あるいは彼は間違いなく、エルフだった。露出している耳が白いので、肌の色も白いと思われる。

 もちろん、巨人族にはダイ族という名前があるように、このエルフにも正式名称がある。


「ミミ族の方かな? 俺はダイ族の王、タロスだ」

「如何にも、ミミ族の衆長アンドラと申します」


 アンドラ、というのなら女性だろう。

 そして、その背後を見れば似たような格好のエルフ、ミミ族が十人ほど並んでいた。膝を付き、頭を垂れている。

 種族は違うが、しかし俺は王なので彼女より偉いのだ。


「此度は我らが居ながら伏兵に対処できず、申し訳ありません」

「まあ、全員が引っかかったんだ。お咎めは魔王様にしてもらいな」


 とはいえ、斥候を担当している彼女たちがいるなら道案内は安心だ。

 夜にでもなったら、こっそり逃げだすとしよう。

 こういう時、頭がいいヒトってのは本気で頼りになる。


「それで、失礼ですが……その女性は?」

「ああ、なんていうか……目に入ったんでさらってきた。軽蔑するか?」


 我ながら、何とも情けない自虐だった。

 大体敵の姫をさらって、それで文句なんかあるわけもないのに。


「いいえ、この上ない戦利品でございます」


 しかしアンドラが口元を隠していてさえ、はっきりとわかるほどに笑っているのを見て、何となしに重要人物をさらってきたのだと理解していた。

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