1.先手を打ちましょう
よろしくお願いします。
「おとーしゃま」
私は父の執務室の扉をなんとか開けて、中を覗いて仕事をしている父を呼ぶ。
うん、呂律が残念だ……。
上手く発音が出来ていない。
「どうしたんだい、リア」
執務机に向かって座っている金髪に緑色の瞳を持つ、青年にしか見えない男性。
あれが私の父だ。
父は私の側までやって来ると、私を抱き上げてソファーに行き、膝の上に座らせてくれた。
おお、眩しい……。
イケメンの父がニッコリと微笑むとさらにイケメンだ。
でもまあー、とりえあず本題を言っておこう。
「あのねー。リアねー、こんやくはちたくないのー」
「婚約? 突然どうしたんだい? リアはお嫁に行かないで、ずーっと我が家にいていいんだよ」
父よ、それは行き遅れを推奨しているのかい?
今は突っ込むのは止めておこう。
話が逸れてしまうからね。
「うん。でもねー、えらいちとからいわれたら、ことわれないでしょー?」
「……確かに王家や同じ公爵家に年頃が見合う男児がいるから、将来的に打診される可能性はあるな」
「でしょー。でも、リアはいやなの。もし、だしんしゃれてもこちょわることってできる?」
「う~ん。仮に王家や公爵家から打診された場合は、無碍には出来ないな…。それ以外の家なら断ることは可能だが……」
「なにか、ほうほうはない?」
「う~ん。……そうだなぁ、精霊との契約があれば問題なく、断ることが出来るが……」
「せーれーしゃん? けいやく?」
精霊?
この世界には精霊が存在するが、精霊と婚約回避が関係あるのか?
「ああ。精霊によって力は違うが、作物を作る事が出来たり、砂漠の地に湖を作ったり、それはそれは凄い力を持っているんだ。精霊と契約するという事はそんな凄い力が使えるようになるという事なんだよ」
「でも、すごいちからをもってたら、ほちくなるんじゃないの?」
そんな力があったら逆に欲しいよね?
国や貴族が囲おうとするよね、普通は。
「いや、精霊の契約者に無理強いをすると、精霊が怒ることになる。昔、無理矢理に契約者を手に入れようとした国が滅んだ事もある。だから、契約者に手を出すのはどの国でも禁じているんだよ」
成程、成程。
でもそうなると、危険人物じゃないか?
機嫌を損ねると国が危ないなんて、扱いに困るよな。
「はれものあちゅかい?」
「腫れ物扱い……何処でそんな言葉を……」
父よ、気にするな。
「まあ、いい。精霊の契約者はどの国でも大事に扱われるよ。その地にいるだけで、恩恵が与えられるからね」
手出し無用だが、大事に扱われると……。
それはいいね。
「じゃー、リア、せーれーしゃんとけいやくしゅるー。どうやってしゅるの?」
「はははっ。出来るといいね。でもね、精霊と契約するのは凄く難しいんだよ。出会える事がまず稀だからね」
「せーれーしゃんとあったら、なにをしゅればいいの?」
「名前を付ければいいんだよ」
「なまえー?」
名前を付ける?
そんな簡単なことでいいんだ。
難しい呪文とか、特別な道具とかはいらないんだね。
「そうだよ。でも勝手に名付けては駄目だよ。精霊から名付けてと言われてから与えないと、大変な事になるからね」
「わかったー。せーれーしゃんがほちい、いったらあげゆー」
そういえば、それとなく精霊に対して自分の名前を言ったり、勝手に名付けたりしないように注意されていたっけかな?
これのことか……。
《名前をくれるの?》
「えっ!?」
私の目の前に精霊さんが現れた。
大きさはりかちゃん人形くらいで、濃い緑の髪と目の少年の姿をしている精霊だ。
父は突然現れた精霊さんに驚きの声を上げていた。
実はこの精霊さん、数日前から私の前に現れていた。
ただその時は、『わぁー、精霊だー』としか思っていなく、おやつを分けてあげて、一緒に食べていた。
うん、そしたら懐いた。
《名前ちょーだい!》
おっ、契約してくれるみたい。
そうだな~。
「んとねー、ヒューリーは?」
《ヒューリーだね。僕、ヒューリー。よろしく、リア》
どうやら名前は気に入ってもらえたようだ。
なんか嬉しそうにしている。
精霊さん――ヒューリーが名前を受け取った途端、私と精霊さんから淡い緑色の光が放たれた。
これが契約できたという事だろう。
「うん。ヒューリー、よろしくね」
やった、契約できた!
これで最悪の未来は回避できるな。
「リアっ!!?」
「おとーしゃま。リア、けいやく、できたー」
「本当に? 本当に契約できたのかい?」
「うん! このこ、ヒューリー」
《ヒューリーだ。僕は緑の精霊。あんたはリアの父殿か? よろしくな》
「ああ……」
父は呆然としているが、それでもイケメンだな~。