第九十八話 遥けき異世界の地より、尚輝けり懐かしの我が家③
外観はまあこっちの世界にありがちな煉瓦造りで二階建ての建物。一階に四部屋、二階にも四部屋、計八部屋の普通の賃貸物件だ。
その二階の角部屋、201号室が完璧なまでに俺の部屋を再現できたと言うぽっぴん。
俺の元居た部屋は畳六畳のワンルームであったが、こっちの世界に畳なんてあるのか? まずそこをクリアできていなければその時点でアウトだぞ。
「さあべんりさん。これがこの部屋の鍵です。どうぞ中に入ってみてください」
そう言って手渡された鍵を見て俺は驚いた。
それは一般的なタンブラー式のシリンダー錠の鍵であった。
こっちの世界にそんな技術あるのか? これってすっげぇ発明したんじゃねえかぽっぴん? おまえ特許取ったら大富豪になれるぞ。
更に俺は驚く、その鍵に付けていたキーホルダーまでもが完璧に再現されていたからだ。
これ、どっからどうみてもアクリル板だよな? え? そんなん精製する技術あるの?
ここまででもうすごい。ぽっぴんが不眠不休で一週間かけて、完璧をさらに凌駕した出来であると豪語するだけはある。これは期待できるかもしれない。
もしかしたら本当に、8か月振りに自分の部屋に帰ることができるかもしれないと、俺は期待に鼓動が高鳴るのを感じた。
鍵穴にキーを差し込むと回して錠を外す。そしてドアノブに手を掛けると薄いドアをゆっくりと開けた。
「お、おじゃましまぁす……」
「べんりさん。ここは自分ちなんだから、ただいまでしょう。いえ、誰も待っていない家なんですから無言で入って行くのが普通です」
うるせーな。本当の事だけどなんかムカつくわ。
しかし中に入ると、そんなぽっぴんへの苛立ちも俺はすぐに忘れる。
声にならなかった。
目の前に広がるのは完璧なまでに再現された俺の部屋。ソファーの上に乱雑に積まれた洗濯物の山から、テーブルの上に並ぶジュースやビールの空き缶、カップラーメンの空き容器。棚には埃の被ったフィギュアが並び、そして足元には日に焼けた畳が敷き詰められていた。
「マジかよ……。畳まで……。しかもこの淀んだ空気、ほんのりかび臭い感じの、一人暮らしの男子の部屋の臭いだ。ぽっぴん、おまえ一体どうやって?」
俺の問い掛けにぽっぴんは無言で右手の親指を立てると「企業秘密です」とだけ言って部屋の中へと入って行った。
「さあべんりさん。玄関に突っ立っていないで中も見てください」
ぽっぴんに促されて俺とソフィリーナは部屋の中へと進んで行く。
「ちょっとべんりくん。ちゃんと食器は洗いなさいよ。桶の水に浸けっぱなしだと臭いが出るわよ」
「わりぃわりぃ。って、ここは俺の部屋じゃねえ、こともないな完全再現されてるし……あれ? わけがわかんなくなってきたぞ? 俺ここに住んでたんだっけ?」
そんな錯覚を覚えるくらいに、まるで今日までずっとここに住んでいたのではないかと思えるくらいの生活感がこの部屋からは滲み出ていた。
「ま、まあとりあえずおまえらは座ってろよ。なんか飲み物だすから」
そう言って俺は台所に行くと冷蔵庫を開けようとして躊躇した。
さすがにこれは無理だろう。電気の通っていないこの建物でどうやって冷蔵庫を動かすと言うのだ。というかそもそもこの冷蔵庫は本物ではないに決まってる。外見は完璧に再現されているが中まで同じにすることなど不可能だ。
冷気を作ることのできないただの箱を開けた時に、俺はまた現実に引き戻されてしまうのではないかと思ってしまった。
部屋の方を横目で見るとソフィリーナとぽっぴんが談笑している。
ええいっ! ままよっ!
意を決して目を瞑り冷蔵庫のドアを開けた瞬間、前から流れてくる冷気を感じて俺はゆっくりと目を開けた。
一体どうやって? 冷蔵庫の中には、まあ一人暮らしよろしく特に食材は入っていないのだが、ドアポケットにあった麦茶を出してコップに注ぐと俺は部屋へと戻るのであった。
「まあなんだかんだで散らかってるけど結構居心地いいじゃないここ」
「そ、そうか? ありがとうな」
そう言いながら足を延ばして寛ぐソフィリーナ。
「部室みたいで楽しいですね」
「そ、そうか? てーかおまえ何部だったんだよ?」
相変わらずぽっぴんの設定がよくわからない。
そうしてまたキャピキャピと談笑し始める二人に挟まれながら俺は、実を言うと物凄く居心地が悪かった。
いや、居心地が悪いと言うか落ち着かないんだよ。俺の部屋に女子が居るってシチュエーションに物凄く違和感を感じるんだよおおおっ!
あぁぁぁぁ、早く帰んないかなこの二人。これじゃあちっとも“おれのへやぐらし”を満喫できないじゃないかあああっ!
そんな感じで早く帰れというオーラを発散させるのであるが、二人はまったく気づかず結局夕方5時過ぎまで俺の部屋に居座るのであった。
「それじゃあべんりくん。わたし達は帰るからまた明日ね」
「おお、また明日店でな」
そうか、こいつらはコンビニに住んでるからな。俺はこの部屋に泊まることになるわけだ。
するとぽっぴんがちょいちょいと手招きしてきて耳を貸すように言う。
俺が少し屈んで顔を横にするとぽっぴんが耳元に唇を近づけて囁いてきた。
「べんりさん。エッチな本も用意しておきましたから、今夜は久しぶりに楽しんでください」
ば……ば……ば、ばかあああああああっ! もうっ! ぽっぴんたら気が利くなほんとにもうっ!
至れり尽くせりのぽっぴんに感謝しつつ二人を見送ると、俺はようやく一人きりになれた。そしてこれまでこの異世界に来てから感じることのなかった解放感に気分が高揚する。
どうしようっ! これからどうしようっ!!
とりあえず、ぽっぴんに教えて貰ったクローゼット奥からエロ本を掘り出すと俺はオナニーしてから、深夜に備えて仮眠をとることにするのであった。
その夜、あんな恐ろしい体験をするとは夢にも思わずに……。
つづく。




