第九十六話 遥けき異世界の地より、尚輝けり懐かしの我が家①
その日、異変は突然訪れた。
目の前で三人の従業員が冷や汗を垂らしながら俺のことを見つめている。
正直俺もこれはただ事ではないと言う事は自覚しているんだ。それでも、頭ではわかっているのだけれど、これは恐らく心が限界なんだと思う。
だって、なにもしていなくても涙が溢れてくるんだもん。
「お家に帰りたぃぃぃぃぃ……」
完全にホームシックだった。
「べんりくん。大丈夫ですか? 気を確かに、ここがべんりくんのお家じゃないですか」
「違うっ! ここはコンビニだっ! 家じゃなくて職場なんだよ。俺もう何連勤してるんだよ? ずっと泊まり込みとかどんだけブラックなんだよぉぉぉぉ」
ローリンが誤魔化そうとするのだが俺はもう騙されないぞ。これまではこの異世界で衣食住を賄えるこのコンビニが、俺の城だと思い込んでいたが違うんだよ。ここは居住のできる職場であって、俺の空間じゃないんだよ。
「もー、子供じゃないんだから駄々こねてんじゃないわよ。社会人ってのは皆そうやって騙し騙し、自分を偽って生きているものなのよ」
ソフィリーナの言葉が俺の胸を締め付ける。こいつも心に闇を抱えている一人だからな。知ってるんだぞっ! おまえは現実世界の派遣女神に嫌気がさしてこの異世界に逃げ込んできたって言う事をな! 俺は知ってるんだからなあああっ!
「あぁぁぁぁあぁああ、帰りたいよぉぉぉおぉおお、帰ってネットがしたいよぉぉおお、ゲームがしたいよおおおっ、アニメが見たいよぉぉおおっ! うわああああんっ!」
もう働く気さえおきない。このまま営業を続けることなんてできないと判断した俺は、今日は臨時休業にすることにした。
バックヤードの机に突っ伏して抜け殻状態の俺に、ぽっぴんが動物に餌をやるようにスプーンで掬ったプリンを口元に持ってくる。俺はそれを頬張ると無表情のまま飲み込むってのを繰り返していた。
「これは駄目ですね。もはや生ける屍状態です。完全にノイローゼです」
「そう言えば今時ノイローゼってめっきり聞かなくなったわよね。うつ病とノイローゼって違うらしいわよ?」
横でソフィリーナとぽっぴんがする会話ですら煩わしく感じ、俺はますます一人っきりになれる場所へと帰りたくなった。
大体なんでこいつらここに住んでんだよ。健全な男子のところに婦女子が二人も一緒に住んでんじゃねえよ。むちゃくちゃ気使うんだぞ。着替え中に間違って入って行かないようにするのは当然だし、トイレだって女子が使った直後にはなるべく行かないのがエチケット。寝室だってあいつらはバックヤードの奥のスペースを我が物顔で占拠してるから、俺は売り場のアイスの什器の横で寝てんだ。夜中に突然「ブーッ!」って鳴り出すのも慣れっこだよもう。
「あ、あの、べんりくん。お弁当作って来たんですけど食べます? 鮭おにぎりに卵焼きに、それからコロッケも、日本のご飯って感じにしてみたんですけど?」
「……いらない」
「え? でもほら、少しでも日本に居た頃の空気が味わえれば」
「味わえるかよおおおおおっ! 味は美味しいけど違うんだよっ! 俺が求めてるのはこういうのじゃないっ! 大体俺にはお弁当を作ってくれる彼女とかもいなかったのに、JKの手作り弁当で当時の空気を味わえるわけないだろおおおっ!」
その瞬間ソフィリーナの張り手が俺の顔面に炸裂した。
「あんたっ! 折角ローリンが作ってきてくれたのにっ! 生言ってんじゃないわよ。オラオラオラオラあああっ!」
「いいんですよソフィリーナさん。私が余計なお節介だっただけですから……くすん」
ソフィリーナに足蹴にされながら俺は再び自分の殻へと閉じ籠るのであった。
「これじゃあ一向に埒があかないわね。強硬手段を取るしかないかしら?」
「むむ? どうするのですかソフィリーナさん?」
「ショック療法よぽっぴん。そうね……兵役にでも就かせて余計なことも考えられないくらいに心身ともに苛め抜いてもらいましょうか?」
「そんなことしたら、もう二度と立ち直れなくなるような気が……」
そんな二人の会話も上の空、いっそオ○ニーでもすれば賢者タイムに突入できるのではないかと思うのだが、さすがにそれはやめておく。一応まだ人としての理性は残っているようなので少し安心した。
ローリンはなんか部屋の隅っこで膝を抱えて凹んでるし。すまんな、俺は今自分のことで精一杯なのでおまえを元気づけることはできないよ。
暫くボーっとしながらソフィリーナとぽっぴんのことを眺めていると、なにやらぽっぴんが手にしている物を二人して覗きこんでクスクスと笑っていることに気が付いた。
「なんですかこれw」
「ぷぷぷー。一人で焼肉行って写真に撮ってんの? しかも自撮り風とかウケるw なんか食べ物と猫の写真ばっかじゃない、あとアニメのキャプ画像。マジでやばいわねべんりくん」
え? それって俺の?
「うわああああああっ! おまえらなに人の勝手に見てんだよっ! え? なんでパス知ってんの? ふううざけんなよおおおおっ、スマホは謂わば黒歴史だらけのブラックボックスなんだぞっ! 返せよおおおおおっ!」
取り乱す俺を尻目にゲラゲラと笑いながら画面をフリックし続ける二人。悪魔だ……俺は悪魔と一緒に生活していたんだ。だから心を病んでしまったんだ。
その場で膝から崩れ落ち掠れた声で泣く俺のことを見下ろす二人の悪魔。
するとぽっぴんが突然大声を上げた。
「ありましたっ! これですよべんりさんっ! これを探していたんです」
そう言うとスマホの画面を俺に見せてくるのであった。
つづく。




