生命の価値
月も差さない、真っ暗な夜の中、更に暗い洞窟の中。
一つの人生が終わろうとしていた。
音一つない洞窟の中で、血が延々と流れている。
「ガハッ!・・・ゲホ、ゲホ・・・・はぁはぁはぁ」
目を覚ました彼は思い出したように息を始める。
落ち着いてきた頭の中で状況を思い出し
自分が助からないことを悟った。
彼は自分の人生を諦めた。
誰もいない状況で、最後の時間を使い自分の人生を思い返した。
私はポーン1。ブラックサンという騎士団に所属している。
多くの戦いに出向き、生き残ってきた。
妻子はいない、趣味も持たず、ただひたすら生きてきた。
あとは、えーっと・・・死にゆく瞬間に思い返すことが無い?そんなことはないはずだ。
私はポーン1。出陣の前に同じ騎士団の者と井戸で順番を譲り合った。不満そうな顔をした彼に私は快く譲ってやった心優しい男だ。
・・・いや、そういうのではなく・・・。
私はポーン1。子供たちには時間がある、多くの時間を過ごした今、私はそう思う。
子供たちはなんにでもなれる。なりたいものになるための準備をする時間を準備できる。
私は小さいころから訓練を重ね、騎士団に入団した。私の夢ともいえることが出来ているはずだ。
それでも、残された時間が少ない今、私の心に浮かぶのは、
私、いや、俺の人生はなんでこうなったのか?
こんなはずじゃなかった。
俺の夢は叶っているはずだ。これ以上なんて望むべくもなく。
これ以上、叶えようもなく。
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多くの子供たちと同じに幼いころの彼は夢見ていた。
大人になったら強大な魔物や悪の帝王と戦い、勝利し、英雄になると。
様々な訓練を越えてポーンは大人になった。
ポーンは訓練所を卒業したときに授けられた名前だ。
それまでに彼は名前が無かった。
そして、彼のポーンという名前は彼だけのものではなかった。
ポーンとはブラックサンのなかの歩兵隊「ポーン部隊」の兵士に与えられるものだ。
「第1ポーン部隊所属の兵士」
それが彼の存在を示すただ1つのもの。
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まばゆい、明かりの中で少年は目を覚ました。
広い教室、並ぶ机に眼鏡をかけた教師、名前も知らない同級生。
授業中、だった?なんか夢を見てたような気がする。
「ちゃんと聞いていたか?いいか?まとめるとだな
ある時、魔物と分類される生物が国を襲った。
そして、文明は滅びた。
それから1つの王国が生まれた。
そのときに残っていた様々な集落や部族、さらには旅人の集団があつまり
自分達の文明を集めた自分達の、輝かしい王国を創ろうと。
それが「光共和国」。
国が建国したのは、はるか昔だ。正確には・・・
それでだ!重要なのはだ。光共和国の中の辺境にある「陽光王国」と「月光帝国」・・・ここは陽光王国にあ・・お前らは名誉ある・・・月光帝国は我々の敵だ。そもそもやつらは・・・
魔物被害が落ち着いた今、貴様らの役目は貴族様たちの行うゲームのコマとして立派に戦うことだ。」
ぴちゃん
「はっ!!」
意識を失っていたことに気付いたポーン1は見ていた夢を思い出そうとするが、そのうちにまた意識を失い、また目覚め、それを繰り返し朦朧としていた。
ぴちゃん
訓練所の同期が、脱落していく中で俺は長生きもした
そうだ、俺の人生は・・・・
やはり、何も思いつかない。ただ、長く生きてきたのだ、と
自分の輝かしい記録を思い返す。
第65次ドラゴン防衛戦線も時も先陣として切り込み、ドラゴンの注目を逸らすために勇敢に動いた。
敵軍との合戦時も勇敢に動いた。無論、敵軍の注意を引きつけるために。
そうした中で彼は思った。いや、気付いた。
ポーン1部隊はただの囮集団でしかなく、少年のころに夢見た英雄になれるはずがなかったと。
自分の人生は「長く生きて囮として多く戦い死ぬ」それだけで終わる。
その考えが生まれた瞬間に絶望のまま死んでいく。
それが俺の人生か。
そして彼は自分の人生を諦めた。
そこから血は流れていたが軽症だった彼の体は弱っていき
死の淵に至った。
ぴちゃん
水音だけが洞窟に鳴り響く。
遂に視界も曖昧になる中で、美しい女性を見た。
あまりにもはっきりと見えたことと、曖昧な頭で幻想的に思える女性だ。
彼女の口が動く。
「要らないなら頂戴?」
「?」
何を言ってるんだ?
ぴちゃん
「あなたは長く生きているのね?英雄?賢者?」
「あなたの体を、いえ、魂を頂戴?いいでしょ?」
「??」
ぴちゃん、ぴちゃん
「答えて」
有無を言わさない彼女の声に
ポーン1は自分の人生を生命の残り火をかけて言った。
「俺は、ただ逃げるのが得意なただの兵士、いやただの囮だ」
「だが、もう逃げたくない、昔見た夢をかなえたい、けどもうどうしたらいいのかわからないんだ」
「助けてくれ」
そして、彼の意識は暗転する。
「もう、私が聞きたかったのはそういう事じゃなくて!!」
苛立ちを隠せない彼女は問い詰めようと彼に近寄ったところで
洞窟の中に一筋の光が差し込んだ。
「な、なに?」
外では雨はもう降っていない。雨上がりの緩やかな風が雲を流し、月が出た。
その月明かりが洞窟の天井に在るクリスタルに当たり、真っ暗だった洞窟に光が入ったのだ。
神性のあるクリスタルのなかで反響した光はどんどん強くなり、まるで太陽のような眩い光になった。
「-----------?!」
あまりに強い光の中で彼女は最早立つことすらままならず倒れこんだ。
その時にすっと彼女の体に傷がつき
洞窟の窪みに溜まったポーン1の血と彼女の血が混ざった。
「しまった・・・!!」
その時、地面が赤紫に輝きだした。
正確には地面に掘られていた魔方陣が発動しているため、輝きだした。
赤紫色は魔性の魔法の色であり、この時代には失われたもの。
光共和国が生まれたときに滅ぼされた、魔族といわれた集団の物だ。
決して広くはない洞窟の中、彼と彼女は神聖でもあり怪しくもあり、そしてただただ強い光にのまれていった。




