一輪の恋の花
「珍しい花だろ? 『恋の花』って言うらしいぜ、コレ」
とある社員用食堂にて、透き通るような白さを持つ一輪の花を手元で弄びながら、竹本は言った。にこにこ、と言うより、にやにや、と表現した方が似合う笑いを、顔に貼り付けながら。
「この花を好きな人に贈ると、その人との恋が実る、って代物だ」
「まさか。どうせインチキだろ」
本田は疑うような口調で……だが表情は興味ありげに、竹本の顔と白い花を交互に注視する。竹本はその素振りを見逃さない。
「お前、欲しいだろ?」
「えっ! いや、別に……」
「欲しいんなら譲ってもいいぜ。タダじゃないけどな」
左手の人差し指と親指で輪を作り、ますます笑みをたぎらせる。何せ、竹本は知っていた。本田が石橋という名の、隣の部署のアイドル的存在の女性に恋をしていること、こうした胡散臭い物にも縋りたい程、叶わぬ恋に胸を痛めていることを。
「うーむ……」
眉宇を寄せ、本田は思案に沈む。今の彼の脳内には、愛する彼女の姿が浮かんでいるのだろう。しばらくして、意を決したのか尻ポケットから財布を取り出した。
「……一つ、貰おうか」
「まいど!」
安くはない金額を支払い、花は本田の手の中へ。
「高すぎ、って顔してるな。大丈夫、価格に見合った効果は発揮してくれるはずだ! ただ、言っておかなきゃならないことがある」
「なんだ」
「この花は、貰った人間が完全に枯れるまで大切に育てきらないと効果が出ないらしい。途中で飽きて世話をしなかったり、捨てたりしたら恋は実らないんだと。そんなときはご愁傷さまだ」
「なるほど、石橋さんが花を粗末にしたら駄目だってことか。まあ、その点は心配ないだろ。彼女は優しいから、そんな真似はしないさ」
石橋さんの穏やかな笑顔を脳裏に描きながら、本田は言った。
「あの、石橋さん」
「あ、おはようございます本田さん! この前は素敵なお花をありがとうございました」
「あ、あはは、どうも……」
花を贈ってから数日が経っていた。人の良い石橋さんは案の定、喜んで受け取ってくれたが、それだけでは安心できない。気になるのは花のその後。枯れるまで育ててもらわねば意味がないのだ。竹本には心配ないと断言したものの、行動に移ると気がかりで仕方なかった。
「あの、その花なんですけど……あれからどうしました? もしかして、捨ててしまったりとか……」
「えー、とんでもない! ちゃんと今も、お部屋に大事に飾ってますよ」
本田は安堵の息を漏らした。予想通り、石橋さんは花を粗末にする人間ではなかった。――続いて彼女が口にした言葉は、予想外だったが。
「枯らすのはもったいないから、押し花にして……」




