つゆこさんじゅうはちさい
ちょっと長くなってしまいましたが、よろしくお願いします。
序
私は猫部露子。
探偵さ。
コンクリートジャングルに身を潜めて、依頼という獲物を数々としとめてきた、美しき野獣。百七五に達する身長に、艶やかなブロンドヘアー。きめの細かい色白な肌に、麗しい唇。日本人の父の要素が全くないかわりに、ロシア人の母からの全てを受け継いでいるせいか、桁外れな美しさは当然。よって、スタイルも、当然のようにそこら辺りのモデルたちなんかお話しにならない。
この、眠らない街で日夜、私はハードボイルドなこの仕事に身をおいている。そろそろ、美しき野獣から、美しき猛獣へと進化してしまいそう。いや、今から進化してもいいわね。いやいやいや、もう、すぐにでも進化しちゃうか。進化しちゃっていいよね。いいの、進化しちゃうよ!?
とまあ、自己紹介はこの辺にして。
私は今、依頼を受けている。
木目を浮き出したマホガニーのニスで仕上げたテーブルを挟んで、目の前のソファーに三人の女の子たちが座っている。みんな揃って可愛いけれども、とくに、真ん中にいる一本気槍子という子は、私の目尻が下がってしまうほどに可愛いかった。
で、どういった依頼かというと。
秋田県のとある雪山にある小屋で、噂の現象の検証に協力してほしいとのこと。それは、丑三つ時の小屋の中で、四隅へと四人を配置したのちに、お互いの肩をタッチしながらメリーゴーランドよろしく数回ほど回ることを繰り返した果てに、吃驚仰天、そこには居なかったはずの“もうひとり”が居たとはな!!―――な、噂らしい。いままでにも試してみた地元民や観光客らが多いらしくて、実際に、毛深い感触を味わったと口を揃えて体験を述べているのだ。
その毛深い正体は、雪男だの雪女だの、はたまた、異次元から召喚されてきた怪獣モジャゴラスだの。話題性はつきない。
結果的に私はどうしたのかというと。
可愛い槍子ちゃんのために、受けてみることにしたのだった。
破
そして、秋田県に到着。
寒い!!
やっぱり、この時期は寒い。
見渡す限りに広がる銀世界。
もはや、魔界。
だいいち、この依頼人の三人はどういう女の子たちなのかといえば、SNSサイトにあるオカルトSFのコミュニティー仲間だという。それぞれお互いの仕事があったせいか、話題には上がっていたものの、いままで検証する暇がなかったという。そして今回にしてようやく時間も日にちもとれたので、私立探偵であるこの私を訪ねてきたわけだ。
ちなみに現場を調べてみれば、ここ秋田県某所では、月に二・三回くらいに真夜中を狙って、緑色に輝く二足歩行の秋田犬のようなものが現れては、家畜を誘拐するだけではなく、住人を襲っては盗んでいくといった不届きな行為を繰り返しているといことがわかった。私個人からしたら、こちらの事件を扱ったほうが良さそうだが、この三人娘たちにとっては山小屋の現象を検証するほうが重要だったようで。
それから、現地で雇った登山ガイドの大城菖蒲さん――この私が思わず見とれてしまったほどの美人さん。マジ悔しい。――に従って、目当ての雪山へと向かった。
その道中。
「うう……、重いよぅ」
苦痛を漏らしながら雪を踏みしめて歩く、ロング黒髪で眼鏡を掛けた、槍子ちゃんが呼ぶ「お姉さん」こと同人誌作家の睦美さん。ローズピンクを引かれた上品な唇から、次々と白い息とともに独り言も吐き出していく。
「こんなことだったら、タカ×ユウジの短編を一本でも仕上げておくべきだったわ。迂闊だった……全く。―――次の文フリまで時間も締め切りもあると余裕をこいていたのが、駄目だったのね。馬鹿だ、私。―――いや、待ってよ。今からする検証の結果次第では、あれじゃん。いま停滞気味の展開の、セブン×ゼロスまたはセブン×レオに閃きがあるかもしれないじゃないの。―――クる! これはクるわ!! 間違いない」
とかなんとか云っている間に、例の小屋にへと到着。
「さあ、ついに念願の怪奇現象の検証ができるときがやってきました」
と、槍子ちゃんが第一声を放ったあとに、その隣りの茶髪セミロングのコスプレイヤーの潮干タヱさんへと続く。
「我らコミュの美人三人娘。いろいろな現象を見て楽しもうね、と、言葉を交わしてきて苦節三年。ここにきて、ようやく、人生初の第一回怪奇現象見学会を開くことができました!」
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも珍しい現象が見られるよ! 大自然のイリュージョンだよ!!」
「こんなクソ寒い中わざわざ御苦労様! 暖炉であったまりながらくつろいでちょうだいな。ご心配なく、怪奇現象や超常現象は逃げも隠れもいたしません!」
「というわけで、ご覧にいれましょう!!」
商売でも始める気なのか?
しかし、ちょっと待った。
「もう始めるの。丑三つ時まで、まだ時間あるじゃん」
「はっ……!? そういえば!!」
睦美さんの突っ込みに驚愕するタヱさん。
「そうだと思って、日本酒を持ってきていたのよ。おつまみ各種もねん」
と、ここで予想だにしなかった、菖蒲さんからの差し入れに、私たちは目を輝かせてしまった。
それから、ちょうど良い具合に皆お酒が回ったところで宴もたけなわを迎えて。
丑三つ時。
ついに始まった。
「第一回! ドキッ! 女だらけの怪奇現象見学会!!」
「始めるよーーー!!」
「始めますか!!」
「始めちゃいますか!!」
「私、初めてなの。優しくしてね!!」
「いやん。緊張しちゃう!」
ポロリもあるよ、ってか。
いやあ、久しぶりに酔っ払ったわあ。
そういったことで、小屋の明かりを全て消したのちに、暗視モードにしたデジカメを持たせた菖蒲さんを中央に立たせたあとに、残り四人の私たちは角の四隅に配置して、準備を整えた。
急
まずは、私から。
真っ暗闇の中を手探りで壁伝いに進んでいき、背中を見せて立っている、睦美さんの肩に軽くタッチ。それを合図に、睦美さんは次の角へと向かっていき、タヱさんの肩に軽くタッチ。続いて、タヱさんが先ほどと同じように槍子ちゃんの肩に軽くタッチしたのちに、槍子ちゃんから私に皆と同じことをして、二巡目がはじまる。
当然、二巡目では効果は現れず。
三巡目。
四巡目。
そして、五巡目を迎えたとき。
壁伝いに渡った私が、手を伸ばして睦美さんの肩に再び触れた。つもりだった、が。なにやら、指先が深く沈む感触。彼女の髪の毛かしらんと思いつつも、握っては広げて握っては広げてを繰り返してみればみるほどに、ますます心地よい感触が伝わってくる。
滑らかで艶やか。
そう、まるで、絨毯のよう。
そんな中で、デジカメで様子を見ていた菖蒲さんは若干興奮気味なまま、槍子ちゃんに頼んで小屋の明かりを点けてもらった。
その瞬間。
それは私たちの前に姿を現した。
「いやーん。なにこれ、可愛い!!」
な、私の第一声を皮切りに。
「マジ! ちょっと可愛いんだけれど!!」
「なんで秋田犬!? 可愛い可愛い!!」
「いやん、フワフワしてる!!」
「丸ーい、可愛い! 気持ちいい!!」
「なんで光ってんの! 可愛いん!!」
そう、それは、秋田犬のようなもの。
しかも、緑色に光り輝いていた。
だが、そんなことはお構いなしに。
寄ってたかっての可愛がり。
愛でる愛でる。
揉んでは撫でて。
揉んでは撫でての繰り返し。
そのさいちゅう。
「いい加減にしろ! 地球人ども!!」
そう怒鳴られた皆は、手を止めて周りを見渡したが姿はなかったので、揉んでは撫でてを再開。そうして、とうとう、私たちの手が全て弾かれたと思った途端に、緑色の秋田犬のようなものは暖炉を背にして着地したのちに、二本足で立ち上がってっていった。そして次は、前脚というか腕を伸ばして肉球で私たちを指差していく。
「お前ら、ひとんちに勝手に上がり込むなりに好きなだけ揉みしだきやがって。我々を舐めているのかね!」
「あんたこそなにさ。毎回毎回、強盗を繰り返してなんのつもりだよ!」
こう云い返している私の横では、槍子ちゃんは無線機を出すなりに、なにやら手元を小刻みに動かしていく。
「お前ら地球人こそなんだ。毎度のように我々の基地に不法侵入するたびに、鍵を開けては我々を揉むとは、なんという屈辱!! もう、我慢の限界だ!―――今ここで思い知らせてやるぞ!!」
そのように吐き捨てた瞬間、緑色の秋田犬のようなものが、両目を強く輝かせていきながら宙に浮いていくと、全身の体毛を逆立てていった。同時に、小屋も揺れていく。続いて、犬歯を剥き出して、こう云い放つ。
「さあ、下等で下劣な地球人ども。冥土の土産に有り難く受け取るが良い!」
青白く強い光りを見せながら、口を開いていく、緑色の秋田犬のようなもの。
「喰らえ! 我々最強の必殺技。ドラマチック・ハイパー・ミントグリーン・ザ・コスモティ――――――っぐほ!?」
もう駄目、殺される!……と、私たちが思った、その刹那。スカッドミサイルのごとく跳躍した槍子ちゃんは、奴に向かって膝を喰らわせたのだ。不意を突かれた強烈な一撃に、緑色の秋田犬のようなものは勢いよく壁に後ろ頭をぶつけて、膝とのサンドイッチになった。壁に押し付けた力を使い、反転して床に片膝を突いた。
槍子ちゃんすげー!
何者なの、貴女!?
そして、格好良く立ち上がった槍子ちゃんは「今から応援がきますので、小屋から避難して下さい!」と呼びかけて私たちを外に出した。すると、黒い夜空の彼方から輸送プロペラ機と国産の最新鋭の戦闘機『N16 オオトリ』が複数姿を見せた。輸送機のほうに私たちを早々と乗せたのちに、槍子ちゃんからの合図とともに、オオトリから放たれた幾つものミサイルによって、その雪山小屋は赤黒い火柱を天高く上げていった。すぐそのあとに起こった地響きとともに、雪崩を生んでいく。
なにがなにやらわけワカメ状態だった私たちのところに、槍子ちゃんが連れてきた隊長と思われる大男から敬礼をされるなりに、こう切り出されてきた。
「我々は、地球防衛軍のものです。今回、この一本気二等兵の捜査にご協力していただき、大変感謝しています!」
「ご協力ありがとうございます!!」
槍子ちゃんが続けて、再び隊長。
「近年、地球上の生物になりすました不届きな異星人による犯罪が増え続けているので、以降は、この、我々地球防衛軍のもとに御一報ください!―――では、帰り道はくつろいでください。お疲れ様でした!!」
「隊長も、お疲れ様でした!!」
敬礼を交わしてその背中を見送ったのちに、槍子ちゃん……ではなく、一本気槍子二等兵は再び私たちの前に腰を下ろして微笑んできた。
「皆さん、お疲れ様でした」
ありがとう、地球防衛軍!!
私たちは貴方たちの活躍を忘れない!
そして、明日もよろしくお願いします!!
『つゆこさんじゅうはちさい』完結
まさか、宇宙規模の事件に発展してとはな!!
最後までこのような書き物をお読みしていただき、ありがとうございました。
また何か出来たら投稿しますので、よろしくお願いします。