疑惑
俺はペットボトルの水を飲み干すと握り潰し、道端に捨てる。次はどうしようかと愛用している古い腕時計を覗きこむ。時刻は丁度アフターファイブ。忌々しい。
思い起こせば季節は冬、新米教師だった私は、とある家にお呼ばれしたことがある。
丁度、クリスマスの前日で忙しい時期だったから覚えている。
私は壁際に置かれている柱時計をずっと見つめている。
「矢井田さん」
不意に後ろから声をかけられ振り向く、この学校の校長の横にまだ年端もいかぬ私立校の生徒が佇んでいる、どうやら相当、機嫌が悪いようだ。
「どうしたの?何処か痛いとこがあるの」
少年は押し黙ったまま、柱時計を指差すと、「これは爺やが、この家に来たときに設置された物なんだ」
「へぇ、そうなんだ」
私は改めて校長へ顔を向ける。校長は少年の肩に手を置いたまま、笑顔で解説を始める。
「実はこの柱時計、入院している私の家内が買ってくれた物なんです。家内は病に臥せっていて、世話は二人で看ているのです…ま、何とかやっていけますけどね」
少年は少し寂しげに答える。
「柱時計の名前はベニー。僕がつけたんだ」
私は少し困って、こんなことを言ってしまった覚えがある。
「貴方、大丈夫?」
少年はそのまま俯くと、ベニーと呼ばれた柱時計を横目に、校長に名前を呼ばれ、少し離れた所にいる二人組のいる方へ走って行った。
俺はあの二人を見捨てたことになるのかと歩きながら考える。あの女教師を疎ましいと噂をしていた頃が懐かしい。
腕には古い腕時計。あの直後、婆やは死んでしまった。爺やは遊び呆けている俺を中途採用した。俺はあの女と校長が憎らしい…。