叡智の扉は未だ開かれず
私は申し訳なさそうに真摯に自分を見つめる瓶の中の妖精から目をそらす。激情は内に秘めるものだ。それを燃料として常に思考は冷静に、それが錬金術師だ。
しかし、いったい何が足りぬ、真理への階段すら掴めぬとは、瓶の中の妖精を成長させるだけでは足りぬか、これまで取り立てて考えてはいなかったが、他の余計な事と余分な事と思っていた事を学ばせる必要があるやもしれぬ。
私の持つ知識、私の知り得る先達にも現時点でアイネスの持ち得る知識はひけは取らぬはず。そのおかげで、私の研究は一段階も二段階も先に進んだのだ。
ならば私が捨ててきたものを彼女に学ばせる必要があるやもしれぬ。私がもっとも忌み嫌う感情、余分な雑念と捨ててきたものを、そうして私はアイネスにその感情を知れと告げる。
愛を知れと創造主様は言います。愛とは何かと問いますと、誰かを大事に思うことだといいます。ならばそれは創造主様のことだと言いますと、それは違うと、いいや、それも確かに愛の一つだが、やはり違うとおっしゃいます。
そうさな、と考えて創造主様は言います。そのためならば、自分も果ては創造主様さえ犠牲にしてさえ構わぬほどの激情だといいます。
ならば創造主様、私は愛など知らなくてもよいのです。それがそんなにも恐ろしいものであるのならば、私はそのようなものなど一生、知らなくて良いのです。
ここまでか、目の前の小瓶の妖精は神の英知、その答えを知る存在であるといのに。
それが実際、こうして目の前に存在するというのに、その答えを知るためには、その答えを導くための正しい手順を踏まねばならないとは、なんたる矛盾
真実へと至る階梯のなんたる険しさ、なんという自分の卑小さ、錬金術師として神への叡智に近づいたはずが、頂はまだ見えぬとは、なんという己の力の無さ
己を讃えた数々の賞賛の虚しさよ、ここまでなのか私は
虚無を胸に私は実験室の灯りを消す。では、眠るが良いアイネス、私の真理の鍵よ、そして未だ開かれぬ叡智への扉よ。




