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9.デートの始まり

「ねえねえ、君一人?」

 耳障りな声が、陽奈の耳に届く。街の雑踏の中、騒音にも近い音を拾ってしまったのは、陽奈にとって不愉快な出来事に他ならない。

 ただでさえ、先ほどから緊張でどうにかなってしまいそうなのに、その声を一瞬でも爽かと勘違いし、心臓を無駄に打ち鳴らしてしまった。そのことがさらに、神経を逆なでする結果になったのだ。


「君、きゃわいいね~」

 かつてテレビにおいて、聞いたことのある文句のようだが、今は関係ない。その軽々しい言葉を発する人物を睨むようにして、陽奈は声のする方へ視線を向けた。


「ひゅ~♪」

 金髪がキラキラと光りに反射していた。耳に10個以上ともいえるピアスをジャラジャラとつけ、首には死を望んでいるのかと思うような骸骨のネックレスを下げている、いかにもチャラい男だった。

 顔はほどほどだが、人の顔を見て口笛を吹く様は、不快以外なにもない。


「思ったより、上玉」

 

 なんなのこの人……

 陽奈が思わず拒絶の言葉を発しようかとした時、パッと目の前が何か大きなものに遮られ、その軽々しい男が視界から消えた。


「俺の女に、軽々しく話しかけんじゃねーぞ」

 ハッとその声に顔を上げる。爽が陽奈の目の前に立っていた。背中越しに、爽のどすの利いた声が響く。

 いつの間に来たのか、爽がこの軟派な男に割って入ってくれたようだ。その事実にホッとして息をついた。

 爽とその男は何度かのやり取りの後、ようやく男が逃げるように去っていったのが見えた。

 よかった……。

 ナンパは初めてではないし、自分で追い払える自信はある。しかし、つい気の強さから、必要以上にキツイ言葉を使ってしまって相手を逆切れさせてしまったことがあるので、ちょっとトラウマなのだ。


 助かっちゃったな……


「ありがと……」

 背中越しに陽奈がそう言うと、その声に爽が振り向いた。少し不機嫌そうな表情をしている。出かけて早々、トラブルに巻き込まれて呆れているのだろう。

 もしかして陽奈と出かけることを今更ながら、面倒に思ったかもしれない……


「油断も隙もないね」

「向こうが勝手に……」

「勝手に……ね……」

「普段はこんなことないのよ……」

 まるで言い訳のような言葉が口をつく。助けてもらったのだから、ここは素直に謝るところだったかもしれないが、つい可愛くない返事が口から滑り出すのだ。

 しかし、爽はその返事を気にした様子もなく無言で陽奈に一歩詰め寄ると、腰に手を回す。そして片側だけゆるくアップ髪の隙間から覗いていた右耳に、吐息を吹きかけた。


「確かに……何度もあったら困るね」

「ひゃっ……」

 爽はそのまま陽奈の耳朶にキスを落とす。

 ちゅちゅ・・・・・と、何度も角度を変えて、容赦ない爽のキスが降りかかる。陽奈は次第に身体がしびれて、なすすべもなく首をすくめた。


「やっ……そっ……やめっ!?」

「……ムカつく……」

「やっ……」

「今日は……俺が……一番に……この耳に話しかけたかったのに……」

 まっ、まさか、そんな理由で、こんなこと!?

 耳は性感帯であり陽奈にとってさらに感じやすい場所であるためか、真昼間の街中でありえない声が口をつき、腰に力が入らなくなってきた。

 

「んん~……」

 爽はやがて陽奈をさらに引き寄せると、半ば強引に唇を塞ぐ。

 そしてしばらくその行為を堪能した後、陽奈を開放した。


「お待たせ」

 陽奈が自らを支えることができないことを知ってか、爽の腕は陽奈の腰をしっかりと支え、上から陽奈を見下ろすようにして話しかけてきた。


「……はぁ……はぁ」

 息も絶え絶えに、陽奈はすぐに返事を返すことはできなかった。心臓もあり得ないほど早鐘を打っている。

 あまりの動揺からか、目尻からは涙が滲んでいた。


「陽奈、大丈夫?」

「……だい、丈夫じゃない……」

「俺のせい?」

「……ばか」

 爽の顔が見れないままそう返事を返すと、爽が頭上で微かに笑うような声がした。微かに陽奈を支える腕に力がこもる。


「陽奈がさぁ……」

「……?」

「さっきから何度も鏡見て、前髪いじったり、きょろきょろしたりするのがあまりに可愛いから、むこうで少し見てたんだよね……そしたらあのやろーが……」


 み……見てた!?


 その言葉にたちまち顔が真っ赤に染まる。先ほどまで自分が何をしていたのか覚えていないし、ほとんどは緊張から来る無意識の行動だった。しかしそのことを、原因である張本人から改めて指摘されるほど、恥ずかしいものはない。


「なななっ、なんで見るのよ!」

「だって向こうから来たら、見えるでしょ?」

「はっ、早く、来なさいよね!!」

「あ……目尻まで真っ赤」

 その言葉にもさらに恥ずかしくなって、さらに顔が熱くなってくる。こうなっては反撃の言葉も出てこない。

 今、自分はきっととんでもなく情けない表情をしている。

 恥ずかしい……

とても爽に見せられない。

 顔を伏せようとすると、それを見越していたように爽が陽奈の頬に手をあて、上を向かせられた。


「陽奈」

「……止めて! 見ないで!!」

 今も、その前も!!


「なんで?」

「なんでって……」

「俺の勝手でしょ?」

「もう……やだ」

「何が?」

 頑なに爽を見ないで返事を返していた陽奈だが、その容赦ない質問に息を詰まらせる。逃げ道を塞がれているような心地。 

 爽を見ると、意地悪そうな瞳で口元をわずかにあげ、陽奈を見つめ返していた。動揺する陽奈と対照的に、余裕を感じる。その様子に一層追い詰められているような気持ちになり、思わず、弱腰になってついに本音が口についた。


「恥ずかしいでしょ……見ないでよ……そうちゃんのばかぁ!」

 いつの間にかあふれていた涙を我慢しながらそう懇願すると、爽は一瞬そんな陽奈の様子に目を見張った。

 陽奈の言い分をやっと理解してくれたのだろうか、先ほどまで余裕の表情を浮かべていた爽の反応が、急に無くなった。

 しばらくフリーズしたように、爽は陽奈を見つめたまま動かない。


「そうちゃん?」

「……とんでもない破壊力……」

「え……?」

 今なんて?

 陽奈を呆然と見つめたまま、爽がぼそりとつぶやいた声は、雑踏に紛れてほとんど陽奈の耳には届かなかった。


「……俺を殺す気か……」

“殺す”?

 今度ははっきり聞こえた。しかし、なんとも物騒な言葉だ。

 陽奈が驚いて爽を見つめようとした時、爽の顔が徐々に陽奈に近づいてきたのが分かった。


「もっ、もうっ、ダメ!」

 とっさに両手を繰り出し、爽の唇をガードする。

 危ない……またキスされるところだった。


「けちぃ……」

「そ、そう言う問題じゃありませんっ!」

 どういうわけか、もう幾度となく交わした爽とのキスは、本音で言えば嫌でなかったりする。ただの幼馴染にそんな風に感じてしまうのは、大いに問題があるとは自覚しているのだが、爽のキスは優しくて、包みまれるようで、何よりも陽奈のことが愛しいと……


……え?

 そう考えて、ハッとその考えを否定するように思い直す。

 それは、無い無い! だって昔から、陽奈の“幼馴染とは恋愛しない”と言う言葉に、爽も『ひなちゃんに賛成するから、安心してね』と、同意見だったのだ。

 それに……そうだ……先日爽はきっぱり“幼馴染に戻りたいなら、大人の幼馴染の付き合い方をしよう”と言っていた。

 これは……幼馴染に戻りたいと言った陽奈に対しての、爽の“条件”なのだ。

 だからこのキスも……この言葉のなにもかもを、そんな風に考えてはいけない。

 それが、多少不自然だと感じても……心が揺れ動こうとも……――――――心が、ユレウゴク……?


「仕方ない。今はこれで我慢するか」

 爽の楽しそうな声に、一人考えに耽っていた陽奈はハッと顔を上げた。

 いつの間にか陽奈の右手は爽の手ときっちり結ばれていた。驚く陽奈の顔の前で爽が、嬉しそうに絡ませた二人の手をかかげてみせる。

 普段の人当りの良い大人びた表情ではなく、無邪気な顔。陽奈の……好きな表情だ。


「まずはお腹が空いたからね。なんか食べて、それから例のとこに案内してよ」

 “例のとこ”とは、爽が転勤している間にこの付近にできた大型ショッピングモールのことだ。行ったことが無いと言う事だったので、今日は陽奈が案内することになっていた。

 爽はそう言うと、陽奈の手を引いて歩き出す。


「ねえ、そうちゃん」

「ん?」

「どうして……手をつなぐの?」

 先ほどから自分自身に不可解な感情が、心の中を行ったり来たりしている。それゆえか無意識のうちに、そんな言葉が口に出た。

 自分の言った言葉にも、困惑する陽奈に気がついた様子はなく、爽はゆっくりと振り向くと、優しい笑顔を向けた。


「誕生日プレゼント、くれるって言ったよね」

「なにか……欲しいものがあるの?」

「そうじゃなくて、これ」

 爽はそう言うと、不思議そうに首を傾げる陽奈に、繋がれた手を見せて笑う。


「……え?」

―――――手?


「今日一日、陽奈は俺のものってこと」

 




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