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8.オトオサ

―――――――


 そんなわけで、今、陽奈は明日のお出かけ(爽はデートと言った気がしたが、断じてそうではないと思っている)を控え、爽の親友である太一を誘うべく、足を運んだということだ。

 まあ……そのことを告げる前に、断られたのだが……

 

「爽は陽奈を誘ったんだから、僕が言ったらNGでしょ」

「え~……太一なら大丈夫だよ。行こう~」

「やだね」

「けちぃ……」

「あのねぇ~そもそも、なんで陽奈は爽と出かけたくないわけ?」

 出かけたくない?

 それは違う。違うのだが……


「だって……二人きりは緊張するんだもん」

「だから、なんで緊張するわけ?」

「……わかんない」

 陽奈が正直に答えると、太一は呆れたように「だから、バカなんだよ」とつぶやいた。

 

「バカって言わないで!」

「自覚してないバカは、迷惑だね」

「もう!」

 陽奈が憤慨して抗議の声を出すものの、太一はどこ吹く風だ。陽奈と話をするのに飽きたのか、再びパソコンに向きなおってゲームを再開し始めた。


 どうして緊張するのか? ……だってどことなく男の人の雰囲気の爽は別人のように感じるし、気を抜けばすぐにキスされ……

 そう考えて、ふと爽に受けたキスのことを思い出した。

 爽の栗色の髪と同じふわりとしたまつ毛が下げられ、柔らかくて肉厚な爽の温かい唇が、陽奈の唇を塞ぐさまを……

 カーッと顔から火が出るように熱くなり、身体が火照ってくる。

 なっ、何考えてんの!?

 慌てて妄想を散らすように首を振る。とんでもないことを考えてしまった。

 火照った顔を覚ますように手で顔を仰ぐ。そして、一人で慌てる陽奈と対照的に清流のごとく落ち着いてパソコンを見つめる太一を振り返った。

 画面には、青色のツインテールの髪をした目の大きい女の子が笑顔になったり、首を傾げたりしている。服装はスーツに書類のようなものを胸元に抱えているので、幼いように見えるがどうやら働いている大人の女性らしい。胸は大きく、これ見よがしに外されたボタンからは大きな胸が膨らんでいた。

 2次元萌とは、こういった人物を言うのだろうか。

 普段は全く興味は湧かないとはいえ、以前爽が“大人の幼馴染の法則”と言って出してきたゲームのこともあり、少しその様子を、太一の隣のベットに座って眺めてみることにした。


千夏:『どうしたの? 突然一緒に帰ろうなんて』

ひかる:『うん、実は今日は千夏の誕生日だろう?』


 ドキッ

 この世界でも、誕生日の話題だなんて、なんだか他人ごとに思えない。


千夏:『覚えてたの?』

ひかる:『幼馴染の誕生日を忘れるやつはいないと思うよ』

千夏:『嬉しい』

 画面に選択画面が映る。そして”ひかる”(太一のゲーム上の名前のようだ)の持ち物らしいがアイテムがずらりと並んだ画面へと変化した。ひかるのもつアイテムはいろいろ種類がありそうだ。ここから千夏へのプレゼントを選ぶらしい。きっと、このプレゼントによって今後の展開が変わるのだろう。

 太一は何を選ぶのだろうか?


ひかる:『“犬のぬいぐるみ”だよ』

 犬のぬいぐるみ??? え~……そんなの喜ぶ?

 太一の選んだ選択肢に、センスのなさを感じて、改めて太一の男の能力の低さを感じる。

 しかし、先ほどひかるが“幼馴染”と言っていた。もしかしてこのゲームは……太一と爽が言っていた”大人的幼馴染の法則”だろうか?


千夏:『ひかる君、私が犬が嫌いなのわかってるでしょ。もういい!』

 ツインテールの髪がなびいて、涙目の女の子が足音共に去っていく。


「あ~あ……当然だよ、太一。犬のぬいぐるみなんてセンスないし、しかもその女の子、犬が嫌いだって……最悪、あらかじめ調べとかないと」

 陽奈の言葉に太一が振り向いた。冷たく冷静な瞳が陽奈を射抜く。


「何……よ」

「見てたの?」

「見てたけど?」

「なんで?」

 太一はゲーム中に、人に茶々を入れられるのが大嫌いなのだ。しかしながら、負けじと返事を返す。


「だって……それ、前に、太一の言ってた、大人的幼馴染のなんとかってやつ……でしょ? 気になるじゃない、どんな内容なのか」

「……ああ……そうか……」

 太一は陽奈の言葉に、表情を和らげた。どうやら納得が得られたらしい。そのことに励まされて、先ほどの話題も蒸し返してみた。


「なんで、ぬいぐるみにしたの? もっと……」

「いいんだよ。これで正解。今はツンデレモードで程よく従順させて、エンドを調教に持っていくから」

「ツン……調教……?」

 聞きなれない言葉に眉をひそめる。ゲーマーの用語だろうか? 男女の事情に疎い陽奈としては全く見当もつかない。


「この子、ドM設定なんだよね。いじめられて味が出るんだよ。……というか、このゲームはね、攻略相手は幼馴染だから、基本情報見ればほとんどの情報はわかるんだ。その情報は使いようによって変わるってことだね」

「どういう意味?」

「ドMだから、会いに行って冷たくすると、青の“歪んだ愛”のバロメーターが上がる。あまりやり過ぎるとバットエンドで奴隷みたいになっちゃうから、そこは調整が腕の見せ所だよ」

「……はぁ? 何それ、どこが面白いわけ?」

「面白い。だんだん手中に嵌まっていく様が、たまらなくグッとくるんだよ……まあ、素人には、その微妙な快感は伝わんないだろうな」

「意味不明だわ……」

「陽奈はお子ちゃまだからね。僕の千夏の10分の1も魅力もなければ、色気も皆無だしね」


 ……バーチャルと比べないで欲しい。


 太一は勝ち誇ったようにそう言うと、再びパソコンに向きなおる。場面が変わって、先ほどよりも嬉しそうな顔の“千夏”が画面に登場した。


千夏:『会いにきちゃった』

 ええ~! 怒って帰ったのに、この子から来てる……


千夏:『ひかる君に、お弁当作ってきたの、食べよ?』


千夏:『ひかる君、卵焼き好きでしょ? はい、あ~ん』

 画面に映るツインテールの千夏は甲斐甲斐しく変態な太一(ひかる)に懸命に尽くしている。それに反応するときもあれば、拒絶の繰り返し。太一は確実に千夏の青バロメーターをあげていくのだ。

 千夏ちゃん可愛いなぁ……

 ふと、めげない千夏に、昔元彼から言われたセリフを思い出した。


―――――『お前、ほんと可愛くねぇなぁ!!』


「やっぱり男の人って……こんな風に尽くしてくれる女の子が好きなのかな?」

「……は?」

「私、とてもじゃないけど、こんな風にできないなぁ」

 そう言った陽奈の言葉に、太一が振り向いた。


「陽奈はあまのじゃくだからね」

「そんなこと……ないけど」

「意地っ張りだし、救いようないよ」

「……なによぉ」

「でも………そう言う物好きもいるんじゃない?」

「……そうかなぁ」

 普段のあまのじゃくで気の強い性格は自覚しているものの、双子の太一には不思議なほど弱音が言えたりする。

 ほとんどバカにされて終わりだが、まあ鏡に言うよりは少し気持ちが晴れると言うものだ。


「そうだ。たとえばこれなんか……」

 太一はそう言うと、スマホを手に取り、何か操作するとポンッと陽奈の手元に携帯を投げ込んだ。


「それとか、陽奈にそっくりのキャラだよ」

 画面にオレンジの髪をポニーテールした、元気そうな女の子がこちらに笑いかけていた。先ほどと同じタッチなので、太一のやっているゲームの他のキャラのようだ。


「なにこれ?」

「オトオサの携帯版ゲームだよ」

「オト……?」

「このゲームの略称。PCゲームでヒットしたから、スマホでもできるようになったんだ。基本シナリオを購入してやるんだけどね。目当ての人をやるだけなら、安いし、スペックも悪くないよ」

「ふ~ん。……で? だから?」

「この子“はるな”って言うんだけど、キャラが……陽奈に似てるんだよね」

「私……?」

「あまのじゃくだし……思い込み激しいし、可愛げないし」

 ちょっとひどい言われようだ。

 ムカついて言い返そうとするも、先ほどの太一のセリフが少し気にかかった。

 似てる?

 怒りをおさめ、ここは自分に似たキャラがいると言うことに注目してみることにした。

 陽奈は、大きなスマホの画面からじっとこちらを見ている“はるな”に視線を定める。確かに学生時代ポニーテールにしている時もあった。目は、茶色でキラキラ……輪郭は卵型……服は白いワンピースに本のようなものを持っている。

 あれ?

 その時何か頭の中に過るものがあった。しかしそれがなんなのかわからないまま、ふっと消えてしまう。

 とにかく、はるな(これ)が、太一曰く、私に……


「全く似てない……」

「当たり前だろ。容姿において、こんな可愛いわけあるかよ」

 アニキャラと比べて『私、これに似てる!』と言える人の方がまれだろう。

 陽奈はたちまち興味が失せて、携帯を太一の机の上に戻す。


 もういいや。色々、思うことはあるけれど、たかが爽と何時間が出かけるだけの話だ。

「もういいや……適当に行って帰ってくればいいことだし……お邪魔しました!」

 陽奈がそう言って、太一の部屋のドアの方へ歩いて行こうとする。と、太一が椅子ごと振り返って陽奈を呼びとめた。


「ちなみに、爽は“はるな”が好みだと思うよ」

「は?」

 爽の名前に思わず振り向く。太一は陽奈と視線が合うと、意地の悪そうな笑みを見せた。

“はるな”……って、さっき太一が私に似ているって言ってたアニキャラのことだよね?


「そうちゃんから聞いたの?」

「いや。そもそも、俺が今年の誕プレに爽に“これ”あげたんだけどね。たぶん、爽は一度もゲーム、やってないと思うよ。包みを空けてすらないかもね」

「……え?」

“やってない”?

 じゃあ、なんで――――――”大人の幼馴染には法則がある”なんて?


「やってない……って、どうしてわかるのよ」

「わかるよ。何の反応もないんだから」

「反応? ……よくわかんない」

「わからなくて、結構」

「何よ。……じゃあ、やってもないのに、なんでそうちゃんが“はるな”が気に入るってわかるわけ?」

 陽奈がそう言うと、太一は意地の悪そうな笑みを一層歪めて鼻で笑う。


「お・し・え・な・い」

「はぁ~??」

「知りたきゃ、陽奈もやればいい。やれば、分かるよ」

「やらない!」

「ぷっ……言うと思った!」

 そう言うと、太一はゲラゲラと椅子の上で笑い出した。

 むかつく奴だ。いつも何を考えてるのか、見当もつかないうえに、性格もかなり意地悪。これなら、バーチャルでしか花開かないのも納得がいくと言うものだ。

 双子としては絶対、太一よりも幸せな結婚をして、現実社会で差を見せつけてやる。


「じゃあね!!」

 陽奈はそう言って再びドアノブに手をかけようとした。すると、先ほどまで笑い転げていた太一が笑いをやめ、背中越しに話しかけてくる。


「ほんとにやってみなよ、陽奈」

「やらないって言ってるでしょ!」

「クリアーしたら、きっと陽奈が爽に戸惑っている意味が分かるよ」


―――――戸惑ってる?


「“はるな”がどうすればいいか、教えてくれるよ」

 清流のように静かな太一の瞳に、微かな感情が見え隠れする。双子だから感じるのだろうか―――――太一の陽奈に対する思い。

 陽奈は謎めいた太一の言動に、何も言う事ができす、ただ太一のその瞳を見つめ返していた。

 

 明日は……―――――爽とのデート……





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