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7.貧相なプレゼントと瞳のメッセージ

「そうちゃん! 待って……ちょっとここで、ちょっとだけ待ってて」


 陽奈は頭で考えるより先にそう叫ぶと、爽の返事も待たずに家の中に駆け込んだ。

 そして、予想に反して起きていたのか、リビングから顔を出した父親が、「帰ったのか~?」と声をかけてきた言葉を振り切って、二階の自室に入り、机に置いてあったものを持って、再び爽の待つ玄関へ駆け戻る。

 渡すつもりはなかった……でも……


「陽奈。早かったね……」

「これ!!」

 遅い時間に引き留めたことに特に気にする様子もなく、爽は門柱にもたれかかったまま陽奈の姿を見つけると穏やかな笑顔を見せた。陽奈は息を切らせながら、意志が鈍らないうちに手に持っていた袋を差し出した。


「え?」

 突然のことで驚いたのか、爽は目を丸くして陽奈とその袋を見つめる。


「あの……こんなもの……誕生日プレゼントには、貧相かもしれないけど、良かったら食べて……」

 そう言って、袋を爽の手に押し付ける。しかし、爽は陽奈を見つめたまま、受け取ろうとせず、フリーズしたように動かない。

 ふと、今更ながら爽の腕にかけられている豪勢なリボンがついた複数の紙袋が、陽奈の目に飛び込んできた。途端、その落差を感じて、心の中に後悔の念が広がる。

 やっぱり、やめとけばよかった……。

 しかし、いまさら引くに引けなくなって、おずおずと自身のない声で言葉を紡いだ。


「お菓子なの。昨日……じっ、自分(・・)用に作ってて、だからあまり形は良くないんだけど……」

 焼き菓子なんて、散々仕事で作っているのに、わざわざ自分用になんて馬鹿げている、と思う。

 しかし、どうかこの()がばれませんように……


「そう……ちゃん?」

「太一が……」

「え?」

 太一?

 何のことだろう。

 相変わらず、爽はその包みを見たまま微動だもせず、受け取ろうとしなかった。その様子にさらに不安が増大していく。

 迷惑だった? 子供じゃあるまいし、大人の男の人にお菓子なんて……

 不安と後悔が入り混じって、貧相なその包みと、動こうとしない爽を見つめた。


「やっぱり……いらないよね」

 渡すのはやめておこうと決心して、ゆっくり自分のほうへ引き戻す。しかし陽奈の声に、ようやく我に返ったのか、爽がその包み紙を、さっと奪い取った。


「もらう。ありがと」

「え? ……うん」

 突然の豹変ぶりに驚いて、戸惑いながら返事をする。

 受け取ってくれるんだ……?

 考えてみれば当たり前のことなのに、その事実に少しうれしくなる。しかしそんな陽奈の頭上で、カサカサと、爽が包みを開ける音が聞こえた。

 あっ……!?

 と、思うよりも先に、爽は包みの止め金を外すと、中に手を突っ込む。そして中から、まるく小さな焼き菓子を取り出した。

―――――かわいらしい茶色のマカロン。

 爽はそのマカロンをじっと見つめて、スッと口に放りこんだ。


「あっ―――――……!?」

 帰ってから……と思っていたのに! まさか自分の前で食べることになるなんて!?

 

 でも……爽は気がつかないかもしれない……。


まろん(・・・)マカロンだ……」

 その言葉に、ぎくっと身体を揺らす。

 動揺を隠せない陽奈に、さらに容赦ない爽の視線が飛び込んできた。


「覚えてたのか? 俺の好きなもの」

「なっ、な、なんのこと? これは私用だって……」

「陽奈、栗嫌いでしょ?」

「だっ、それっ……は、子供の時のことで、今は職業柄食べれるようになったの」

「そうなの? でも中は俺の好きなチョコのクリームだよね」

 ぎくっ

 どうしてそんな細かいことまで、気がつくのだ!?


「これって、昔父さんが外国のお菓子屋さんで買ってきた、俺がむちゃくちゃ好きだったマカロンの組み合わせと一緒でしょ?」

「~~~……やっ、やっぱり返して!」

「やだ」

 思わず手を伸ばして袋を奪おうとした陽奈の手をよけるように、爽は袋を頭上に掲げた。爽は陽奈よりも20センチ以上背が高い上に腕も長いので、とても届く距離ではない。


「これは俺のものだからね」

 爽はそう言って、子供のころに見せてくれたような無邪気な笑顔を、陽奈に向けた。ただ嬉しいと言っている、そんな顔だ。

 きゅう……

 胸の奥がわけもなく、締め付けられる……なんだかたまらなく切なくなってきた。私はずっとこの笑顔を見たかったのだろうか。だから―――――渡せないとわかっていても作ってしまったの?


 チュ……

 自分の気持ちが混乱したまま、ぼんやりと爽を見つめていると、爽の唇が下りてきて触れるようなキスをされた。

 次は目尻に、頬に……おでこに。

 そして陽奈と視線が合うと、爽はたまらないほどに優しい笑顔を見せて、背中に回した腕でぎゅうと抱きしめた。


「もうっ……すぐキスする……」

「だって、陽奈が誘うから」

「さっ、誘ってない!」

「嘘だ。今は“キスしてほしい”って、瞳が言ってた」

「言ってない!」

「……分かってないなぁ~」

 そう言うと、爽は身体を離して陽奈をじっと見つめた。

 先ほどとは違って真剣な瞳。

 なんだろう? 何か言うつもりだろうか。ひょっとして、また隙をついてキスするつもりじゃ……

 そう思って、警戒して身体を離そうとすると、やがて爽がニマッと笑った。


「伝わった?」

「え? 何を?」

「え~……俺の目、見てた?」

「見てたけど……」

「……これだもんな。じゃあ、もう一度」

 そう言うと、爽は陽奈を先ほどのようにじっと見つめる。

 真剣な瞳ではある。……しかし、何を伝えようとしているのか、さっぱりわからなかった。


「……全然、わかんない」

「はぁ?」

「無理よ。口で言って」

「それは……」

 そう言うと、爽は何を思ったのか、陽奈の家の方を見る。そして「はぁ~」と、ため息をついた。


「まあ、いいや……また今度にするよ」

「?」

 首を傾げる陽奈の頭に、爽の手のひらが乗っかってくる。


「何度でも……伝えるよって言ってるんだよ」

 その声に爽を見上げると、たまらなく優しい爽の笑顔が飛び込んできた。

 ドキッと心臓が跳ねる。


デート(・・・)楽しみにしてる」

 爽はそう言って陽奈の頬に手のひらをすべり込ませ、そっと親指で皮膚を擦る。


「―――――じゃあね、陽奈ちゃん」

 そしてその余韻を残したまま、踵を返して帰って行った。




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