31.兄の策略
「太一!!!」
「うわぁ!! びっくりした!! すごいタイミ――――――……」
「なななな、なっ、なんなのよぉ!! これは!!」
太一は陽奈の突然の訪問に驚いたのか、椅子から立ち上った中腰のまま身体を大きく揺らした。
しかし今の陽奈にとってはそんなこと関係ない。とんでもないことをやらかしたこの男を、問い詰めるためにここにやってきたのだから。
怒りが収まらないままに、興奮から震える両手を振り上げて自らの携帯画面をずいっと太一に向けた。
“このたびは、大人的幼馴染の法則をお手に取っていただき、ありがとうございます。そしてこのゲームを最後まで進んでいただいたことは、製作者として冥利に尽き、本当にうれしく思います。
特におまけである"はるな"のストーリーは、私の大切な人への贈り物として作りました。
主人公そしてはるな、この二人の未来が明るいものとなるように願いを込めて。
このゲームに出会ったすべての人々にも、楽しい明日が来ることを信じて。
本当にありがとうございました。
製作:T-one“
怪訝そうに携帯画面を覗き込んだ太一だが、やがて表情を崩すことなく「ああ~」となにか意味深な声を上げ、つぶやいた。
「"ああ"……じゃないわよ!! おかしいと思ったのよ!このゲームの話を聞いた時から……こうも似てるなんてって。あんただったのね、太一!!」
「え~……なんで? どこも僕だって書いてないじゃん?」
太一は陽奈の言葉にしらばっくれたように、飄々とそう言い放つ。
「ここに“製作:T-one”て書いてあるでしょ! Tの“た”,one“いち”で、どう見ても太一でしょうーが!!」
「言いがかり……」
「しらばっくれんじゃないわよ! わかってんのよ? だって、この“はるな”のバレンタインのエピソードはあんたしか知らない話でしょ!」
「バレンタイン?」
「……中二で初めて作った爽への手作りチョコよ! 大失敗したことに気が付かなくてそのままあげたの。爽は『美味しい』って……後であんたに無茶苦茶まずかったって聞いて、泣きながらその夜に作りなおしたのよね。でもやっぱり今更恥ずかしくて、成功したチョコを渡す勇気がなかったから断念してこっそり郵便受けに入れたのよ。だからそのことはあんたと私しか知らないはず……」
「……バカだなぁ。そう思ってんのは、陽奈だけだよ」
「はぁ?」
「爽がわかんないわけないじゃん? しかもポストに手作りチョコっていかにも怪しいし、大体そんな身元もわからないチョコレートを食べるわけないじゃない」
「え……? そう……なの? じゃあ、あれは後で捨てられたってこと?」
「そんなわけないでしょ……ていうか、爽が自分で言ってたでしょ? “朝にポストに入ってたチョコレートが今年は一番おいしかった”って。あからさますぎるし呆れたね、あの発言には。……まあ、気が付いてるってわからずに、それで納得してた陽奈も陽奈だけど……」
そんなことあっただろうか?
さっぱり覚えていない。
「もちろんそれは、僕がきっちり爽に伝えたからだからね。まあ……実をいうと、爽は初めから陽奈だって、気が付いてたけどね」
「え……そんな……知らなかった!?」
「きっと陽奈の知ってる事実なんて、僕に比べればほんの一握りだと思うよ」
改めて聞かされた事実に言葉を失う。さりげなく太一の「鈍感ていうか……バカなんだよね」という、けなし言葉には一瞬神経を逆なでられたものの、昨日から受け続ける新事実の数々に太一の言葉を否定するすべもなく、聞き流すしかない。
しかしその瞬間、ハッと本来の目的を思い出す。
「ちょっと! ごまかさないでよ!! しかも、さりげなく事実を認めてるでしょうが!! やっぱり太一だったのね~~~!!! なんでこんなことしたのよ!」
「え~……だから、そこに書いてるじゃん。プレゼントだよ……プレゼント」
「プレゼント~~~!!! ふざけんじゃないわよ! そんなことに、私のプライバシーを……」
「だって、陽奈があそこに日記帳を置いてるのが悪いんでしょ?」
「にっきちょう?」
「書斎にさ~……読んだら……ああ、もう! なんていうのかな……かゆいんだよ」
「かゆいって、何が?」
「初めっから爽のことしか書いてないじゃん」
「――――――……は?」
何?
「“むかつく”とか、文句たらたら書いてるくせに、毎日爽一色……って、今どき古風なラブレターだよね、あれは」
「なっ、なんっ、なっ……」
太一の言葉に、恥ずかしさから顔がみるみる赤くなってくる。どんなことを書いていたのか全く記憶にない。しかし無意識に爽のことばかり書いていたのだろうか。他の人から見ればそんな風に映ってしまうのだろうか?
「まあ陽奈が爽を好きなことなんて、わからない方がどうかしてるわけだから、それはいいとして……読み進めてるうちに気が付いたんだよね」
「……なっ、なに、に?」
「あれ? “はるな”クリアしたんじゃないの?」
「し、したけど……」
「じゃあ、気が付いたよね。爽のプレゼントだよ」
「あ……―――――!?」
その言葉に陽奈が再び言葉を詰まらせた様子を見て、太一は満足そうに口元に笑みを浮かべた。さらに顔が赤くなっていくのがわかる。
「毎年僕もおかしいなって思ってたんだよね、爽が陽奈の好きなものをあげないなんて。去年にしたってふざけたようなてるてるぼうずだったし。そうしたら陽奈の日記に書いているじゃない、しかもきっちり順番に……で、気が付いちゃったわけだよ。……くっ……あの時の可笑しさったらないよね。しっかり記録してる当の本人は、まったく気が付いてないんだから」
「……うるさいわね!」
わかるはずないでしょ!
「それに気が付いたとき、ビビビーときちゃったんだよね。僕の創作魂が“これだ!”と叫んだんだよ。これは売れるってね!」
さっきはプレゼントとか言っていたのに、ここにきて完全に本心がダダ漏れだ。要はいい話のネタを見つけたので、勝手に使ったということだ。
「最低……しかも無断で人の日記帳見るなんて、人としても最悪なんだからね!」
「でもそのおかげでちょっと前進できたと思わない?」
「……ぐっ。それとこれとは……」
「何に悩んでたのか知らないけどさぁ~ちょっとは元気でたんじゃないの?」
「……た、太一!」
そんな言葉で丸め込もうとは、ますます汚いやつだ。
人の過去を勝手にゲームに使うなんて言語道断で許せない行為なのだ。しかしそう思う反面、太一の言っていることも否定できない自分も……いる。
そこが悔しい。
「でさ……最後だけど……」
「え?」
「ラストまでクリアー出来たってことは、僕の“オトオサ”最大の難関を解けたってことだよね?」
その言葉に山崎やキラ男の言葉がよみがえってきた。
『“超難関”』『“クリアー出来た人はいない”』
彼らが行っていた意味がゲームを終えた今ならわかる。それは当然だったのだ、クリアーできるはずがない……なぜなら……
「あんなの普通の人に分かるはずないでしょ? だって“爽”を知っているはずないんだから」
その言葉に、太一が楽しそうに笑う。自分が作ったゲームに込めた製作者の意図を理解されることは、彼にとって何よりもうれしいことなのかもしれない。
「わかったんだ?」
「あのね! "はるな"は私なんだから、わからないはずないでしょ?」
「ふ~ん……じゃあ、陽奈はなんて入力したの?」
最後の難関――――――それは、はるなから告白されるシーンだ。
『気が付いたの……私のプレゼント。順番に読むと“だいすき”“あいしてる”って……。ずっと私のこと好きだったのよね? そう思ってもいい?』
『うん』
『私、あなたの前ではいつも可愛くないことばかり言ってた。きっとこんな私なんて、好きになってくれないって思ってたの。でもどうしよう……嬉しいの。すごく嬉しい』
『嬉しい? どうして?』
『だって……私も……だったから』
『え?』
『聞いてくれる? 私の素直な気持ち』
『……どんな話でも聞くよ』
『あのね……じゃあ……言うよ? その前に、昔から呼んでいた名前であなたのこと呼ばせて? それからこの思いを伝えるから』
『俺のなまえ?』
『そうよ……私たちが幼馴染だったころに呼んでいた名前で……あのね―――――』
この後に、入力画面が現れるのだ。
ヒントなし。文字数も制限なし。ただ当てずっぽうで文字盤から、文字を入力するようになっていた。ここで間違えれば、容赦なくバットエンドに移行する。
そもそもここまで使っていた名前は、ゲーマーが自らつけた名前。初期設定は“太郎”となっていた。
そしてここにきて"はるな"からの『昔から呼んでいた名前』と、無茶ぶりをされるわけだ。
正解がわかるはずも……無い。
「どうでもいいでしょ?」
「そんなことないよ。たぶん今まで正解した人いないよ。この僕の感謝文を見れたってことは、陽奈がクリアー出来たってことだし、晴れて陽奈が一番ってことだよ。どんな言葉でクリアー出来たのか、気になるよ」
「それは……言えない」
「なんで?」
「だって……」
「本当の気持ちだから?」
「…………うん」
陽奈が小さく返事をすると、太一は少し意地悪そうな瞳を向けて立ち上った。そしてドア側に立つ陽奈に背を向けて歩いていくと、ベットの端に座り再び陽奈を振り返って見上げる。
その表情は……“言え”と言っている。
言うまでは、容赦なく攻め立てるぞ、と。
「言わないってば……」
「なんで? 前は聞かなくても言ってきたじゃない?」
太一の言葉に、恥ずかしくなってうつむく。
あの時はあふれだす思いに、そうせずにはいられなかったのだ。今考えれば、兄弟に向かって告白じみたことを言うなんて、穴があったら入りたい。
「……なら、いまさら言わなくてもいいでしょ」
「ダメだね。だって……これは僕の作品におけるアンケートなんだから」
「アンケート?」
「そうだよ。陽奈が恥ずかしいとか、それは爽の前でやりなよ。僕は純粋に聞いてるんだよ」
「……」
「あのね。実をいうと、クリアーするには、もともと3パターンの言葉しかなかったんだよ。“爽”以外に正解できる人なんていないだろうし、正解できないでいいと思ってたからね。要は陽奈はその3パターンにはまったから、クリアー出来たんだ」
「3パターン……」
いろいろな選択肢がある中、3パターンの言葉でしか正解できないなど、超難関中の難関だ。
「だからどの言葉か気になったの。陽奈は何を選択したのか。……それにね、実はその3パターンの一つにはもう一つの特権があるんだよね」
その言葉に顔を上げると、太一が待っていましたと言わんばにしたり顔で笑いかけてきた。
「気になる?」
「何……?」
「それはね……爽の言葉だよ」
「そうちゃんの? どんな?」
「ふふふ……それは言えないなぁ~……でも陽奈がどんな答えを入力したか教えてくれたら、特別に教えてあげるよ」
そういうと、太一は面白そうに笑い声を上げた。
くそぉ……
これは完全に遊ばれている。
「いっ、言わないからね!! あんたなんかに……」
「いいのぉ? 実際言ってたことだし……きっと陽奈が知りたい言葉じゃないかなぁ……もったいないよ~。気にならないの?」
「……気には……なるけど!?」
「なら、教えてよ?」
ぐっ……
気になる! 爽の言葉……太一の知っていることって?
太一は余裕の表情で陽奈を見つめていた。悔しいがその誘惑に勝てそうにもない。陽奈は観念して、やがてゆっくりと口を開いた。
「それは……」
「それは?」
「え……っと……」
「陽奈の正直な気持ちでしょ? どうぞ?」
その意地悪そうな表情といい、少々気に障る言い方といい、言いたいことは数多ある。しかし所詮太一に自分の気持ちを打ち明けるのは二回目、ここは意を決す。
天邪鬼な陽奈に対して太一は執念深いのだ。結局言うしか道はない。足掻いてもどうせ餌をぶら下げ、同様のやり取りを繰り返されるだけだ。
「そっ、そうちゃん、が……」
「うん」
「だっ、だ……大……好きよって……」
「は? 小さくて全然聞こえないんだけど?」
「もうっ!! “そうちゃんが、大好きよ”って書いたの!!」
意地悪そうな太一の様子に、意地になってそう叫ぶ。途端に太一の「ぶっ!!」と噴出した声が聞こえた。
「―――――なっ、ななな、なんで笑うのよ!!!」
「あっはははははっ……!」
なんてひどいやつだ。無理やり言わせた上に、笑い出すとは……!?
「だっ、だっ、大好き……だって!!」
「何よ!! 正直な気持ち言って何が悪いのよ!!」
「だって……あははははは! そのアホ面! バカだよ、ぶははは……」
「は?」
誰が……アホ面……バカですって~~~!?
「太一! ちょっとあんた……」
聞き捨てならない言葉に、陽奈が身を乗り出し言い返そうとすると、突然太一が笑いながら、陽奈の方に向けて何か投げてきた。
シャラン……
金属がぶつかり合う音がして、銀色に光るものが虚空を舞う。陽奈はその物質に反射的に手を伸ばした。
少し重量感のある物……―――――え?鍵??
驚いて太一に視線を戻すと、太一は笑いすぎたせいで目尻にたまった涙を右手でぬぐいながら、楽しそうに言い放った。
「お目当ての"言葉"はね……直接聞きなよ」
「……え?」
そう言うと、ちょいちょいっと右の人差し指で手元のキーケースを指さしてから、顎で陽奈の背後を指し示した。
謎めいた仕草に怪訝に思いながら、ゆっくりと太一の視線を追って後ろのドアの方へ振り向く。
そしてあまりの驚きから息をのんだ。
―――――――そうちゃん!!!
陽奈が勢いよく開け放っていたドアの向こう側に、同様に驚いたように目を見開いて陽奈を見つめる爽の姿があった。
「なっ、なっ、なんっ、そう……ちゃ……え!?」
あまりの動揺から、言葉にならない声が喉から飛び出していく。その様子に再び太一の高らかな笑い声が部屋中に響いた。
なんでそうちゃんがここに!?
陽奈の意味不明な言葉にかかわらず、やがて太一から的確な答えが与えられた。
「さっきまでここにいたんだよね。爽が帰った後、僕のベットの上に爽の家鍵があってさ『すぐ取りに帰ってくるなぁ~』って思ってたら、陽奈が突然来たから……」
「なんっ……なんですって!!」
「陽奈が来てしばらくして、ドアの向こうに爽が帰ってきたのが見えてさ……爽、話中だと思ってんのか入ってこないし、陽奈はまったく気が付いてないし……あ~面白かった。あと、爽のアホ面」
何が……面白いっですって~~~!?
「第一、3パターンなわけないじゃん。キーワードの“そうちゃん”さえ入力すれば、あとはどんなこと入力しても、クリアー出来るようになってたんだよ。……そこにきて、“好き”じゃ飽き足らず、“大好き”って……どんだけ……あはははは!」
「じゃあ……じゃあ、特権って嘘だったのね!!!」
「当たり前でしょ?」
「たいち!!」
カッとして、思わず持っていた鍵を投げそうになったとき、その腕を後ろから掴まれた。
そのぬくもりにハッとして、後ろを振り向く。爽がばつの悪そうな表情を浮かべて、陽奈を見つめていた。
「……あ」
私……今……今……そうちゃんを……!?
まさか――――――聞いてた……!?
顔がみるみる赤くなっていく。そんな陽奈の様子に、爽は困ったような表情で口を開いた。
「……陽奈」
その声にぴんっと背中に緊張感が走った。心臓がドキドキと早鐘を打ち始め、気が遠くなる。
しかしその緊張感は、突如体に受けた衝撃と太一の言葉によって破られた。
「はい、そこまで!」
太一は気合を注入するように陽奈の背中をバシッと叩くと、そのまま二人を廊下に押し出した。
「後はお二人でどうぞ~?」
太一はいつものように抑揚の感じられない声色でそう言い放つと、戸惑ったように視線を揺らす陽奈にニマッと意地悪そうな笑みを投げかけ、二人の目の前でドアを閉め切った。
バタンッ
そして沈黙が―――――訪れた。




