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3.大人の……法則?


「ふ~ん、太一の部屋あんま、変わってないね……」


 爽は太一の部屋をぐるりと見回しながら、そうつぶやいた。

 先ほど掴まれた手は、未だ爽によって繋がれたままだ。爽の手は幼少期に繋いだ時よりも大きくなって、力強く、男の人のようだった。

 背の高さにしても、その幅広い後ろ姿だってその時とは異なっている。当たり前のことなのに、あのころと変わらぬ距離にいると、その変化を今更ながら感じて、知らない男の人のように感じた。


「まあ、さらにマニアックになった気もするな」

 そう思うと、その声さえも違和感を感じて、妙な緊張感がさらに加速していく。いつも見慣れたこの部屋さえも、密封空間のように感じて息苦しい。

 そんな陽奈とは対照的に落ち着いた様子で、爽は部屋の中央にある太一のベットに座った。それと同時にその苦しさに耐えられなくなった陽奈は、勢いよくその繋がれた手を引き抜いた。

 その行動があまりにもあからさま過ぎたのか、爽は一瞬驚いたような表情を見せて、陽奈に視線を向けた。そして、陽奈の顔を見るなり、「くっ……」と、微かに笑った。

 どうして笑われたのか―――――自分は今どんな表情をしているのだろう?


「久しぶり」

 爽はにこやかな笑顔を顔に張り付けながら、そう陽奈に話しかけてきた。

 今更そんな挨拶はおかしい気もする。

 しかも、その笑顔は一見爽やかに見えるが、爽が気持ちを隠した時の表情だ。何を考えているゆえの笑顔なのかは全く想像もつかないが、少なくとも長年爽の幼馴染をやっていたのだからその程度はわかる。

 居心地が悪くなって、爽から視線を外した。

 その笑顔ゆえか、先ほどから感じている妙な違和感ゆえか、身体が固まったように動かず喉もカラカラに乾いていた。

 声が……思うように出なかった。


「……久しぶり」

 バカみたいに言葉を繰り返しただけだ。気の利いたことも言えなければ、声が小さすぎてさらに自信のなさがにじみ出ているようだった。

 視界の端で、爽が再び押し殺したように笑う声が聞こえた。

 きっと爽にも見抜かれている。


「元気だけが取り柄の陽奈ちゃん(・・・)らしくない挨拶だね。久しぶりに会った幼馴染にお帰りの一言もないの?」

「……してなかった?」

 なんて可愛くない返事だろう。

 そう思っても、図星を差されたという動揺を隠そうとするためか、陽奈の元来の意地っ張りの精神が顔を出すのだ。


「冷たいな~」

 その言葉の割には、軽い口ぶりで、爽はそうつぶやいた。

 ……傷つけた?

 どうして、意地を張ってしまうんだろう。たちまち胸の中に後悔が広がった。

 不安になって、とっさに爽に視線を向けると、爽はそんな陽奈の様子を面白そうに見つめていた。そして、まるで……陽奈が振り向くことがわかっていたかのような、余裕の表情を見せて、にこりと陽奈に笑いかけた。


「引っかかった……」

「なっ、何……よ」

「緊張すると、すぐ、そうやって意地張るよね。変わってないね」

「……そんなことないもの」

「ふふふ……可愛い」


――――――は?

 ここ何年もの間、爽からはほとんど無視に近い扱いを受けていた。それだけに、その言葉に驚いて瞬きを繰り返す。しかしそんな陽奈の様子に、再び楽しそうに爽は言葉を続けた。


「会いたかったよ。今日は、陽奈に会うために来たんだ」

「……は?」

 今度は心の声がしっかりと口に飛び出した。まさに鳩が豆鉄砲級の驚きの言葉だったのだ。

 しばらくその言葉の意味を、飲み込めずにいた。


「陽奈、きれいになったね。太一から陽奈はいつまでも色気が無いとか聞いてたから、そうなのかなって思ってたけど……全然そんなこと……」

「なっ、あなっ、あなた、誰?!」

「誰?」

 楽しそうに陽奈に話しかけていた爽だが、突然で明らかにまぬけな切り返しに、爽は怪訝そうに眉をひそめた。 


「……誰って、俺だけど?」

「嘘!? 違う!」

 これは爽じゃない。爽はそんな恥ずかしいセリフは口に出さない。

 

「嘘って……俺でしかないでしょ。陽奈の知ってる梶原 爽ですけど?」

「だって……そんなこと言うわけないもの! あ、あ、会いたいなんて……」

 それにそんなこと、思っているはずがない。


「本心で言ってるんだけど? 会いたかったよ。悪い?」

「なっ……なっ……」

 ストレートすぎる物言いに、思考回路が混乱する。

 これは、なにかの仕返し? 罠? そうじゃなければ……どうしてこんなことを言ってくるの?

 もしかして……いつの間にか幼馴染は軽い男になっていたのだろうか!?


「そっ……そんなキャラじゃないでしょ!?」

「キャラ?」

「そ、そうよ。そんなこと思ってるはずないもの。だって私達ずっと、何年もろくに話したことないじゃない。どうしてそんな急に……嘘だとしか……」

 陽奈がやっとそう言葉を紡ぐと、爽は先ほどとは異なり真剣な表情で陽奈を見据えた。


「陽奈は……本当の俺のこと、知らないでしょ」

「え?」

「……本心だよ。ずっと、考えてた。だから今日は来たんだ。……俺も少し大人にならないといけないと思ったから」

「大人?」

「そうだよ。いろいろあったけど……まあ、ようやく乗り越えたと言う事かな」

「何の……話?」

 まったく話の意図が見えず、思わず質問した陽奈に、爽は一度ちらりと視線を向けるが、何も答えなかった。

しばらくすると、「陽奈は?」と聞き返してきた。


「少しは大人になった?」

「え……あっ、当たり前でしょ!」

「本当に?」

「何年社会人やってると……」

 喧嘩を売られた気がして、勢いづいて言葉を返す。全く爽の言う意図は理解できていなかったが、反射的に意地っ張りの精神が顔を出すのだから仕方がない。

 しかしそこまで言いかけた時、突然、爽は座っていた椅子から立ち上がった。

 陽奈は急に立ち上がった爽を不思議に思って見上げた。爽はそんな様子の陽奈に一歩近づくと、上体を屈め、かすめ取るように陽奈の唇にキスを落とした。


―――――え?


「お互い大人になったのなら、“お帰りなさい”の言葉の代わりに、こうしてくれてもいいよ」

「なななな……」

「俺はその方が好み」

 そう言って、爽やかさを売りにした王子様のように、ウインクを陽奈に投げかけた。


「なっ、何するのよ!」

「……うわ~。でも想像したより……陽奈の唇、気持ちいいね」

「やっ……やめて!」

「やばいな……陽奈……」

 爽は独り言のようにそうつぶやくと、パッと陽奈の手首を掴んで陽奈を引き寄せた。鼻孔に爽の深くスパイシーな香りが広がった瞬間、陽奈の本能が『やばい』と叫ぶ。

 またキスされるかもしれない……?


「だっ、駄目!」

 とっさにそう叫んで、上体を逸らす。しかし、難なく爽の唇が陽奈を追いかけ、口を塞がれた。


「ん……んん!!」

 柔らかく温かい爽の唇が、抵抗を見せる陽奈を包むように、強く大胆に押し付けられた。奪われるとはこういったことを言うのだと思うほどに、抵抗むなしく何度も角度を変えては陽奈の唇を吸い取っていく。


「まっ……ん……」

――――――どうなってるの?


「……や……んぁ」

 爽の吐息の熱さに翻弄されてしまったのか、陽奈の身体も熱くなっていく。

 何度、そうされたのか……気がつけば爽の胸の中に寄り添い、ぐったりと身体を預けるように持たれかかっていた。


「ごめん……ちょっと、やり過ぎた……かな」

 その声でハッと我に返った。

 今、私……――――――何してた?


「陽奈があまりにも……」 

 爽はそう言いながら、そっと両手を陽奈の頬に添えて、爽の胸から陽奈の顔を持ち上げた。そして爽を見上げるようにして視線が合った陽奈に、申し訳なさそうに言葉を続けようとする。

 しかし、陽奈はとっさにその言葉を遮るように叫んだ。

――――――聞いちゃダメだ。

 頭があまりに混乱していた。無意識のうちに出た言葉……


「わ……私っ……止めて! 私、幼馴染とは恋愛しない! 知ってるでしょ!」

 陽奈がそう言った瞬間、爽は陽奈に添えた手を一瞬こわばらせた。言い切った言葉を今更ながら意識した陽奈と視線を合わせると、そのまま、爽は不快感を表すように眉をひそめた。

 パッと陽奈の頬に添えられた手が離れた。同時に、爽との間に自然な距離が戻ってくる。

 温かかった体温が離れると、外でもないのにスッと身体が冷たくなった気がした。

 

 そしてなぜか明らかに、先ほどと比べようもないほどに不機嫌なオーラを漂わせてきた爽が、口を開いた。


「また、それか……」

「また……って」

「こんな10年近く他人以下の関係になっても、陽奈にとって俺は変わらず幼馴染な

わけね」

「……え?」

 その言葉の冷たさに、ゾッと背筋が冷たくなる。先ほどまで熱いと感じていたほどの身体が、たちまち氷のように冷たく凍り付いていくような感覚だった。


「ばかばかしい。何年経ってんだよ……」

「だって……幼馴染は幼馴染でしょ?」

 先ほどから、胸の奥がズクンズクンと痛んでいる。爽の言葉が、針のように陽奈の心を突き刺すのだ。

“他人以下”

 爽にとって、この関係はそうだったのだ。そして……今の発言を聞く限りは……爽の中で“陽奈は幼馴染ではない”と、全否定された気がする。

 迷惑だったのだろうか? だから、離れてしまった?


「いまでも、それが……陽奈の望みなわけね」

 この10年間のような冷たい突き放したような言葉に、涙があふれ出す。たちまち、心の中に仕舞い込んでいた想いがあふれ出してきた。


「どうしてそんなこと言うの? 迷惑だったの? だから……今までっ」

―――――ずっと、冷たかったの?

 陽奈の言葉に、爽は視線を外したまま答えようとしない。その様子にますます辛くなって、本心を吐き出すようにつぶやいた。


「私が悪かったってわかってるけど……でも、やっぱり……こんな関係は嫌なの。ずっと戻りたいって思ってた。こんな風に離れてしまう事を望んでたわけじゃないから……これからもずっと一緒にいられるもんだと思ってたから……」

「……」

 爽は不機嫌そうに、そっぽを向いたまま微動だにしなかった。陽奈の視線を避け、窓の方を見つめている。

 もう、こんな想いさえ、迷惑?

 不安な気持ちを隠しきれず、答えを探すように爽を見つめる。その無表情ともいえる横顔からは何の考えも読み取れそうにない。しかしかすかに動く右手の指が爽の感情を表している。爽は怒っている時や、イライラした時、そんな行動をとるのだ。

 爽は苛立っている。

 この先は……少なくとも否定に近い言葉が飛び出すのだろうか?

 その事実に怖くなって、とっさに爽の腕に手を添えた。


「そっ……」

“そうちゃん”そう、呼ぼうとして、ハッとそれすら迷惑だったのではないかと、口をつぐんだ。

 代わりに涙が後から後から流れ出してくる。

 ごめんね―――――勝手ばかりで。

 そう思う心のどこかで、未だ許してくれるかもしれないと言う希望も捨てきれずにいる。

 陽奈は不安を掲げながら、爽を見つめると、やがて陽奈の視線に気がついた爽の視線とぶつかった。

 

「~~~ずるいだろ」

 そう懸念する陽奈に反して、爽はやがて何かを諦めたように短くため息をついたかと思うと、不安そうに見つめる陽奈に向きなおった。


「ごめん。わかった……わかったから!」

 そういうと、困ったような表情で陽奈を見つめ、頬に流れ出した涙を手で拭った。


「頼むから……泣くなよ! 今更大人げなかったよね。俺も……陽奈と疎遠になることを望んでたわけじゃないよ。だから……すごく遅くなったけど、今ここで仲直りしようか」

「……ほ、本当?」

「うん」

 そう言うなり、爽は再び陽奈の唇に自身の唇を合わせる。

 チュッと音がして、陽奈はハッと我に返った。


「だから、なんでっ!?」

「仲直りのキスだよ」

「なっ、仲直りって、ふつうそんなことしなっ……」

「そうかな? 普通だと思うけど」

「だって、私たちは幼馴染で……」

 そう言おうとした陽奈の発言を、爽の手が静止する。


「あのさ、陽奈」

「……なに?」

「俺たち、今何歳?」

「26……だけど」

「じゃあさ、恋愛とかしてきたでしょ?」

「それは……まあ」

「これが、ファーストキスとか言わないよね」

「当たり前でしょ」

「……じゃあ、いいじゃん」

「良くない! こんなの幼馴染でおかしい……」

「じゃあ、さらに聞くけど、たとえばだよ。陽奈が小学生だとして、学校の帰りにすごく喉が渇いていたとする。所持金100円。なんか飲めるもの買う?」

「え……?」

「あくまでも小学生だよ」

「もったいないし、買わないかな?」

「なら今ならどう? 仕事帰り、喉が渇いてたら買う?」

「買うよ」

「だろ? 小学生の感覚と今とでは、同じお金でも金銭の感覚が全く違うから、あのころ大金に思えた100円でも、今になれば惜しくないし、大したお金じゃない。要は、同じものでも年齢によって感覚は変化する。人付き合いも、恋愛に対する考え方もそうだと思わない? 26にもなれば、思春期のように、恋に恋するような年齢でもないし、恋愛が現実の中に成り立ってるってことがわかるぐらい大人になったと思うんだよね。キスもレモンの味でもなけりゃ、減るもんでもないでしょ。まあ深さによっちゃあ、前戯にはなるけどね」

「何が……言いたいわけ?」

「“幼馴染”だよ。幼馴染も年齢によって、付き合い方は変化して然りなんじゃないのってこと」

「……はぁ?」

「陽奈が幼馴染でいたいって言うなら、年齢に応じた”大人の幼馴染の付き合い方”をしようって言ってんだよ」

「お、と……な?」

「そう。幼馴染って、要は友達より近い、身内よりは遠い関係。つまり血の繋がらない家族みたいなもんでしょ。同時にある程度の好意もある。その好意の表現の仕方は、年齢によって変化しても当然だと思うんだよね」

 そう言うと、爽は再び話の内容に油断していた陽奈の唇に、キスを落とす。


「まっ、また~~~」

「隙だらけの陽奈が、また可愛くてね」


 なななな……なんなの! この人は!? 本当に、爽???


「大人になれば、好意がある相手からのキスは、そう大したことじゃないでしょ? 生理的に受け付けないなら話は別だけど……その可愛い顔を見る限りでは、嫌そうにも見えないし……」

「~~~うぅ!! そう言う問題じゃない!!」

「大人の幼馴染の法則に従ったまでだよ」

「何よそれ!」

「知らない?」

「知らないわよ! そんな出鱈目で私を丸めこもうと……」

「世間じゃ常識なんだけどな~。まあ、知らないか……ほとんど口コミで伝わってるだけだからな。陽奈は、それ系の本とか雑誌とか全く読まないし……」

「ぐっ……」

 痛いところを突かれた。男女に関する本や話題はほとんど読まない陽奈にとっては、痛い指摘だったりする。

 しかし、今の爽の言ったことが嘘であることぐらい、なんとなしに分かる。


「嘘言わないで!」

「何? そこまで否定するってことは……陽奈には俺の言葉が嘘だって根拠があるわけ? 幼馴染がいる友達がたくさんいるとか?」

「え……いないけど……」

「ほれ見ろ。わからないでしょ」

「だっ……」 

「俺ねガキみたいな、まどろっこしい関係はまっぴらなんだよね。隣にいるなら、触れさせてもらう。だって陽奈……」

「ちょっ……やめっ」

 爽はそう言うなり、陽奈の背中に腕を回し、陽奈を抱き寄せた。鼻孔にジュニパーの香りが漂い、戸惑う間もなく、爽の太く大きな手によって顎を上に持ち上げられた。

 キスされる!?

 そう直感で感じた瞬間、その勢いに押されるように思わず目をぎゅっとつむる。

「やっ……」

「陽奈……」


「何してんの?」


 爽の腕の中で身体を硬直させていた陽奈は、その聞きなれた声にハッと意識を取り戻す。

ーーーーーーー太一!

 とっさにその声に、視線を向けると、ドアのところから太一が怪訝そうな視線を向け、立っていた。


「たっ、太一~!!」

 こんなに双子の兄を有難いと思ったことはない。爽の妙に説得力のある押しの強さに翻弄させられて、なすすべを失っていた。

 爽も突然の太一の登場に驚いたのか、一瞬陽奈を抱き寄せていた腕の力が緩んだ。その隙を逃すまいと、陽奈は爽の腕を振り払うと、さっと離れて太一の背中に回り込む。


「何してんの?」

 そんな陽奈の様子に、動揺することなく相変わらずの冷静沈着な太一の声が響く。


「たたたた……太ちゃん! そっ……そっ、そうちゃんがおかしい!!」

 動揺して言葉がうまく出てこない。太一もその言葉に「はぁ?」と、呆れたような声を出した。


「あっ―――――!」

 太一に洗いざらい話そうとして、口を開こうとした陽奈の横から、驚いたような爽の声が響いた。

 驚いて太一と共に爽に視線を向ける。


「久しぶりに呼ばれた。そうちゃん、って」

「はぁ?」

 その言葉に、わけもわからず顔が赤くなる。


「なっ、何言ってるのよ!」

「新鮮だなぁ……その響き」

「それはそうちゃんが……そうちゃんこそ、いきなり“笠井さん”とか呼び始めて、他人行儀になって……」

「気にしてた?」

「当たりま……っ……そ、そんなことないけど! ちょっとは……気になったていうか」

「ちょっと?」

「何よ!」

「……ちょっと、なんなわけ? 痴話げんかは、隣の部屋でやりなよ」

 再び始まった二人のやり取りに、ブリザードのような太一の声が響く。気が付けば、太一がいつもより冷たい瞳で爽と陽奈を見つめていた。


「痴話っ……!? 違っ……違うの! だって、さっきからそうちゃんが変なこと言うんだもん。大人の幼馴染には法則があるとか、出鱈目を言うし……キっ……」

 思わずキスのことを言いそうになって閉口する。太一には言わない方がいい。

 そんな陽奈の動揺には、気づくことなく太一は陽奈の言葉を繰り返した。


「大人の幼馴染の法則?」

「そうよ! 今後はそれに従ってくとか、嘘ばっかり!」

「……あぁ、あれか。あるよ」

「……へ?」

 太一には陽奈を加勢してくれると思っていただけに、その返答があまりに意外すぎて、素っ頓狂な声が出てしまう。

―――――あ、る?

 

「これだろ」

 そう言いながら太一は、太一が愛してやまないパソコンの前に行き一つのパッケージを手に取った。そしてそれを陽奈に向けて見せる。

 DVDのケース?

 いや、何やら説明分が書かれているゲームの様だ。太一はいわゆるかなりのオタクなゲーマなのだ。それはそうとして……その題名に目を見開く。

 題名に“大人的幼馴染の法則”と書かれていた。


「今、かなり売れてるんだよ、これ。いままで、暗黙の了解とされていた事柄を、ついに赤裸々にゲームに現したってことで」

「暗黙の了解?」

 それって……さっき爽が言ってた、大人になると幼馴染との付き合い方が変わるってこと? それって……本当に、世間では常識だったの!?

 じゃあ……キスも当然なの?


「だって……これは、太一のオタゲーで……」

 なんとか言い返そうとした陽奈の声を遮るように、爽の声が響いた。


「ほら、あっただろ? ひ・な・ちゃん?」


―――――嘘、だよね?

 心の中でそう叫ぶ。

 その問いに答えるように、目の前の人物が陽奈に向けて不敵な笑みを浮かべた。





”なんかあったな……”

 その笑みから目を離さないまま見つめ返す妹の、真っ赤に染まった顔を見て、太一が小さくため息をついたことを、陽奈は知る由もないのだった。





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