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22.吉田の助言

「そりゃ、誘惑するしか無いっしょ?」

「誘惑~!? なによ、それ~!」

 陽奈の言葉に、吉田はにやり(・・・)とほくそ笑んだ。陽奈はその笑顔に、苦笑いを返した。


「もうちょっと……まともなことを……」

「え~! 無茶苦茶まともでしょ~。好きな男性の部屋に、行くんだから。しかも、その男性から直々にお願いされたときてる。向こうも絶対、下心……あるね」

「……何度も行ったことある家だよ? 直々に、って言ったって、単に、外食ばっかりで飽きたからだろうし……下心って……」

 吉田の楽しそうな顔を見て、困ったように言葉を返す。


 面白がっている。

 爽を好きだと認めた陽奈を……今日、爽の家で手料理を振る舞うことになって、これまでになく動揺している陽奈を、からかっているのだ。



―――――話は4日前にさかのぼる。

 思いがけないと言う意味では、サプライズともいえる誕生日プレゼントをもらってから、早1ヶ月。陽奈は、爽への想いを自覚したとはいえ、戸惑うばかりで二人の間は特に進展もなく日々が過ぎていった。

 そしてその日も、陽奈を迎えに来た爽と一緒に帰っていた。

陽奈は他愛ない会話から、"いつも自炊しているのか"と爽に問いかけたのだ。

 爽は一人暮らしをして3年目になる。もちろん、できないとは思わないが、台所に立つ爽の姿を想像して、少し興味があったのだ。

 陽奈の質問に、"やろうと思えば出来ないことはない"と、どちらとも考えられる答えを返した爽だったが、とりあえずは“今は仕事が忙しくてそれどころじゃない”との返答だった。

 確かに今の爽を見て、そんな余裕は無いか……と思い返した時、爽が突然思い立ったように言い出したのだ。

 “陽奈の手料理が食べてみたい"と。"作りに来てほしい”……と。

 そしてなんとも楽しそうな爽の様子に断れず……今に至る……―――――



「でも"陽奈"を指名してきたことは、間違いないじゃない?」

 そして今日は珍しく午前で終わるシフトであり、吉田と勤務がぶつかったこともあって、久しぶりに二人でランチに来た。

吉田は、陽奈と爽のことを聞きたくてうずうずしていたらしかった。

陽奈といえば、爽への気持ちを自覚したものの、自分の中でその思いは未だ混沌としていた。どうすればいいのかわからないのだ。そんな今の気持ちをとどめておくのは辛く、誰か関係のない人物の意見を聞いてみたかったのもある。そんなこともあって、今までのことを吉田に洗いざらい話すことにした。


「あれこれ考えても、なるようにしかなんないよ? 襲っちゃえばいいんだよ、既成事実、既成事実」

「それって身体だけ……ってことでしょ? それは、悲しいもん」

「あのね、男は考えさせちゃダメなの、頭で考えるよりも、こっち……」

 そう言うと、吉田はテーブルの下を指差す。陽奈は呆れるように、ため息をついた。


「あのね~……よっちゃん。もうちょっと真剣に考えてよ!」

 陽奈の言葉に、吉田は楽しそうに笑った。そしてひとしきりすると、「ごめんごめん」と言って陽奈を向きなおった。


「でも、何も悩む必要無いと思うな~。要するに、陽奈が“幼馴染とは恋愛しない”と宣言してて、そもそも失礼なまでにそれを徹底してたせいで、バカらしくなった幼馴染君が怒って疎遠になったと。やっとこの歳で仲直りができて、でも陽奈の方が好きになっちゃって、今更言い出せないって言うんでしょ? 勝手すぎるから、言ったら今度こそ嫌われる、って思うってことだよね」

 その言葉に陽奈は必死でうなずく。陽奈が爽を好きになるのが怖かった理由、そう決めた決定的なトラウマの話はしていなかったので、おおかたそういう事になる。


「気にする必要ないと思うけどなぁ~……好きになっちゃったんだし、仕方ないじゃん。その、そうちゃんだっけ……そもそも、本当に陽奈のことなんとも思ってないわけ? なら、なんであんな頻繁に迎えに来るわけ?」

 実のところあのプレゼントをもらった夜を境に、爽は、以前にもまして陽奈を迎えにくるようになった。断っても(毎回ともなると、仕事疲れもあるだろうと思ったのだ)、頑として迎えに来るようになったのだ。

 理由を聞いても、「ついで」だとか「夜道だから」とか……いつも、あいまいに誤魔化されて、いまいち爽の真意を量れずにいる。


「わかんない……」

 陽奈が正直にそう言うと、その言葉に吉田は「ほら~!」と、したり顔を見せた。

 慌てて言い返す。


「分からないけど、違うの!」

「なんで、そう言い切れるわけ? どう考えたって、陽奈が好きだから会いたくて来てんでしょうが……」

 好き?

 その言葉を意識した瞬間、身体がのぼせ上がるように熱くなり顔が赤くなった。


「あ……照れてる」

「やっ、止めてよ! 違うから……これは、ちょっと、そんなこと思いもよらなかったから……不意を突かれたって言うか……」

「思いもよらない? どう見ても、そうじゃない?」

「でっ、でも……単に幼馴染を心配して……」

「何年も疎遠だったんでしょ? 今更、こんな大人になって過保護になる?」

「う……」

「まあ、後は陽奈がさりげなく誘ってみて、キスでもしてきたら決まりなんじゃない?そしたら、おのずと向こうから『好き』って言ってくんでしょ……」

「あ……」

 その言葉に戸惑うような表情を見せる。

 キスは……すでにしているのだ。再会してから幾度となく……爽から。しかし、その理由はそんな色のある話ではない。

 しかし瞬時にしてそう考えた、陽奈の様子を、吉田は目ざとく指摘してきた。


「何? もしかして思い当たるの?」

「違っ……そうじゃなくて」

「もう迫られたとか?」

「うっ……違うけど……」

 いや、正しくは違わないかもしれない。そもそも初めは、同意していない状態で奪われた。

 しどろもどろになった陽奈の様子に、吉田は怪訝そうに顔をしかめ、やがて思いついたように目を見開いた。


「……もう、したの?」

「した!? ししししし……してなっ……」

「キスよ、キス!」

「あっ……なんだ。急に言うからびっくりし……」

「ちょっと、陽奈聞いてんの!?」

「は、はい!」

 吉田の剣幕に驚いて、陽奈はシャンと背筋を伸ばし、返事をする。

 

「キスしたかって、聞いてんの!」

 目を吊り上げ、逃げ場はないと言わんばかりに身を乗り出し、陽奈に答えを強要する。陽奈は思わずその時の爽とのキスを思い出しそうになる頭を、必死で抑えながら答えた。


「…………うん、した」

 その答えに吉田は半分呆れたように、ため息をついた。


「いつよ」

「え?」

「いつ、したの」

「ん……わかんない」

「わからないわけないでしょ!」

「だって……そうちゃん、隙を見てはしてくるんだもん」

「…………はぁ~???」

 吉田は、本日最大の呆れ声を発して、顔を歪ませた。

“隙を見ては……”

 そうなのだ。幾度となく爽からされた。もし、再会した時の出来事が無ければ、ここは期待してしまっていたかもしれない。

 陽奈が好きだから、するのだと。

 しかし、それは違うとわかっている。だから、期待してはいけないのだ。

 そして、もう一つ……気にかかっていることもある。

 ここ1ヶ月――――――キスしてない。

 あの夜から、爽が陽奈に会いに来る日は増えたように思うが、時折見せる表情は何か物憂げで、元気が無いように思う。そして毎回のように交わしていたキスもなく、昔のように頭に手を置いて去って行ってしまう。

 そんなことがあってか、この頃は期待するどころか、どう接したらいいのかさえ分からなくなってきているのだ。


「でもね……」

「でもじゃないでしょ! 決まりじゃない。考える必要ないって。陽奈のこと好きなんだよ」

「……う~ん」

 そうなのだろうか?

 陽奈()を好き?


「それらしいこと言われてないの?」

「……ない」

「本当に? 冗談みたいにとか……」

「……可愛いとかは言ったりするけど……」

 爽の場合、それは女性の挨拶代りのようなものだ。持ち前の社交性を持って、女性をほめることには事足りない。

 しかし“好き”と決定的な言葉とは、少しニュアンスが違う気がする。


「……そこまでしといて、言葉(なんも)無し?」

 その吉田の問いにうなずく。その通りだ。


「なんで?」

「……知らないよ。だから悩んでるんでしょ」

 それに……キスについてはもう一つ、気にかかっていることもある。あの人の言っていた言葉……


「好きって態度で分かれってことかな?」

「……違うってば。そうちゃんの場合、これが好きだとか欲しいと思ったら何が何でも手に入れるタイプだもん。そんな回りくどい事しないよ」

 幼少期から、幾度となく爽が欲しいもの(ゲームだとか)を、あらゆる手段を用いて手に入れてきた様子を見てきた。もともとあれこれと物欲が強いわけではないので”選ぶのは任せるよ”と言うタイプなのだが、たまにこれだ!と欲しいものができると人が変わったように、執着を見せた。そんな時は、うじうじと考えるより、怒涛の様な行動力を見せる。『欲しい』とストレートにそう宣言して、相手(主に両親だったが)に勝負を挑んでまでも、執念深く手に入れる。

 もちろん爽の恋愛の仕方について、そうであるとは言えない。しかし、おそらくは陽奈(自分)を好きだとしたら、そんな回りくどいやり方はしない気がする。

 始めから“好き”という言葉はなくとも、キスしてきた時点で“付き合おう”などと、具体的な言葉があるはずだと思うのだ。

 だから……


「そうなんだ……」

「キスにしても、初めっから“大人だからキスぐらい、大したことない”って言われたし……爽にとっては軽い挨拶みたいなものなのかも」

「挨拶ぅ~? ふつうそんな挨拶する?」

「しないけど……でもそんな風にしか……」


「―――――良くわかってるじゃない」

「は?」

「え?」

 話し込んでいた陽奈と吉田の背後から、突如鋭い声が響き驚いて同時に声を上げた。


「爽はあなたのこと好きじゃないわよ」

 陽奈は聞き覚えのある声に、吉田と同時に振り返った。

 今あまり会いたくないと思っていた人物―――――もう一人の爽とキスを交わした人物。爽の同僚の日野が、陽奈に変わらず敵意ともいえる鋭い視線を向けてこちらを睨んで、座っていた。



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