1、プロローグ~変化した距離
プロローグ
「陽奈ちゃんって、爽くんと付き合ってるの?」
思春期真っ只中の、中学2年の冬。
立春と言えども、全くに春の兆しの見えない、凍えるような寒さの中、見知らぬ女子に呼び止められ、廊下に連れ出された。
そしてその内容にげんなりと顔を曇らせる。
またか、と。
“爽くん”もとい、梶原 爽は、陽奈の幼馴染だ。
家は隣。生まれた日も近く、陽奈の苗字が笠井と同じ“か行”とのことで、幼稚園、小学校と、爽と陽奈の双子の兄の太一と陽奈の3人は、ほとんどセットのように扱われ、同じ時を過ごしてきた。
爽は、昔から要領が良い。同じように勉強しても、爽の方がはるかに成績が上だ。スポーツもその要領の良さを発揮して、コツをつかんですぐに上手くなる。加えて、幼少期は女の子のようだとコンプレックスを持っていた容姿も、中学に入り、周りがむさくるしく変化する中で、よりスマートに女子の心をつかむものへと変化した。
性格は俺様で自分中心なところがあるが、そこも持ち前の要領の良さでカバーしており、人当りよくうまく世間を立ち回る。笠井家では爽は、ひそかに“小悪魔”と呼ばれている。
中学に入り、爽は、ただ単にユニフォームの見た目が良いと惹かれて入ったテニス部で、2年にしてレギュラー入りし、あっという間にインターハイでベスト4まで登りつめた。
当然のごとく、人気がうなぎ上りとなった爽なのだが、思いを寄せる女子に気になる存在となったのがその近くにいる幼馴染、”陽奈”である。
もちろん陽奈は幼馴染であって、爽の彼女ではない。
爽を意識したことはない。
なぜなら陽奈は“幼馴染とは恋愛しない”と、幼少期から決めているのだ。
「付き合ってません」
陽奈のモットーは、小学校から一緒の友人であれば誰でも知っている。このように大ぴらになる前から爽はひそかに女子に人気があり、陽奈は数々同じようなセリフを耳にしてきた。
うんざりするほど。
「本当? だって……」
「そうちゃ……梶原君とは幼馴染。それだけ」
不安と入り混じった身に覚えの無い嫉妬の視線を送られる。そんなに気になるのなら、直接爽に問いただせばいいものを。
「でも爽くん、誰とも付き合わないのよ。好きな人がいるって……」
“好きな人”?
初めて聞く言葉に、心の中でひそかに驚く。
爽が? そんな話……聞いたことがない。
裏表の激しい爽は他人に本心を隠しても、陽奈にはどんなことでも話してくれた。今まで……初恋の話すら聞いたことはない。興味が無いと言っていた。
最近、部活が忙しいのかめっきり陽奈の家に寄ることが少なくなった爽だが、先週家に来たときはクラスの話や部活のことなどいろいろと話をしてくれていた。
しかし……そんな話題は一言も聞かなかった。
「それって……陽奈ちゃんじゃないの?」
私?
そんなわけはないことは、私自身が一番わかっている。
“幼馴染とは恋愛しないから”そう言った陽奈に、爽は笑いながらいつだって同意していたのだから。
「違うよ」
「本当に? 陽奈ちゃんじゃないの?」
違うって言ってるのに!
爽が黙っていた事、そしてその事実をこんな見知らぬ女子から聞かされたことが、たまらなく悔しくて、突然爽との距離を感じる。
寂しい。イライラする。
「違うって言ってるでしょ! 私、幼馴染とは何があっても恋愛しないって決めてるから。第一、梶原君のことなんて一度だってそんな風に感じたことは無いし、これからだってないから。いい加減、私のことを勘ぐるのはやめてくれない? 所詮幼馴染なんて、大人になるにしたがって疎遠になるんだし、論外でしょ」
「そうなの……?」
「そうなの! そんな風に勘ぐられること自体、迷惑なの。梶原君だけはありえないって言ってるでしょ。わかったらさっさと……」
「……なにもそこまで言わなくてもいいんじゃない? まるで……爽くんが幼馴染だったこと自体、嫌だったみたい」
不安そうに揺れていた瞳が、突如として非難の瞳へと変化する。爽を想うゆえか、自分こそが爽を一番に考えていると主張し、自分の権限とばかりに庇護しようとし始めた。
爽に恋する女子だから当然のように……その瞳は先ほどの不安な色から、自信に満ち溢れたものへと変化した。
でも―――――いったい何の権限があって、私たちに踏み込むの?
言いようのないイライラが募って、心にもない言葉が口をついた。
「嫌に決まってるでしょ! まったく関係のないことで呼び出されて、”梶原君が””梶原君が”って……バカみたい。いちいち否定しないといけないなんて迷惑でしか……」
そこまで言い切った時、ハッと廊下に続く階段の先に視線を感じて顔を上げた。そしてその人物に驚いて目を見開く。
爽だ―――――双子の兄と共に立ち、怒りを込めたような瞳でこちらをみていた。
「あ……」
一瞬にして胸の中に罪悪感が広がった。売り言葉に買い言葉……しかし、今言った言葉を取り消すことはできないのだ……爽を否定した言葉を。
思わず声を上げた陽奈に、女子は不思議そうに陽奈の見つめる視線の先を追う。そしてそこに爽がいるのを確認すると、陽奈にしかわからないような微かな声で笑った。
「爽くん……いたんだぁ」
そう言い、軽快な足取りで爽のいる方向にかけていく。
爽は陽奈をじっと見つめたまま微動だにしなかった。陽奈も視線を逸らせずに、その瞳を見つめる。
“嫌に決まってるでしょ!”
こんな風に非難するつもりはなかった。関係を疑われるたびにうんざりすることはあっても、爽と幼馴染であったことを嫌だと思ったことなんて一度もない。
寂しさが……言いようもない苛立ちに思わず口についた言葉だったのだ。
いつから聞いてたの?
しかしその答えは明白だった。爽の瞳は今までに陽奈が見たことのないほど冷たく陽奈を見つめていた。
「爽くん、もしかして陽奈ちゃんに用事だったとか?」
女子は勝ち誇ったかのような視線を陽奈に向けながら、そう爽に尋ねる。陽奈はいたたまれなくなって、視線を足元に落とした。
爽はその言葉に答えず、しばらくするとゆっくりと陽奈の方へ近づいてきた。そして陽奈の目の前で止まった。
それを合図のように、陽奈は幾分か伸びた背のたどるように、爽を恐る恐る見上げた。
怒ってる?
そんなことを尋ねなくてもわかっている。
でも……いつものように怒ってほしい。
しかしその瞳は怒っていなかった。……今まで見たことが無いほどに冷たく――――――まるで他人を見るように冷めきっていた。
こんな視線ーーーーー初めて見た……
「笠井さん、この辞書貸してくれてどうも」
爽はそう言うと、陽奈の手元に辞書を置いて踵を返して行ってしまった。双子の太一が呆れたような視線を陽奈に向けた後、爽の後を追っていく。
“笠井……さん?”
思わず、かけられた他人行儀な呼び方に胸の奥がズキンと痛んだ。爽からはいつも“ひなちゃん”と呼ばれていたから。
先ほど受けた冷たい視線と……離れてしまった心の距離。すべてが陽奈の頭の中を駆け巡った。
違う!……違うのに!!!
しかし、後悔しても、もう遅かった――――――
“幼馴染なんて、大人になれば疎遠になるんだし”
自分が言った言葉を証明するかのように、それから爽とは疎遠になっていった。
意を決して謝った陽奈に、爽は“わかっている”と言ったものの、それ以来一度も陽奈を名前で呼ぶことはなかったし、双子の太一の部屋に来ていても陽奈の部屋に来ることはなかった。
顔を合わせれば、挨拶する程度。爽と私の関係は、それだけになった。
本当にただの幼馴染になったのだ。
平行線をたどる様に交わらない。そして次第に離れていく……忘れていく。
だけど……爽の大学卒業間近、家に来ていた爽がすれ違いざま陽奈に言った。その言葉がなぜか耳に残っている。
「俺は回り道は嫌いじゃないし、つじつまは最後に合えばいい。好きなものは最後に食べるタイプなんだ。知ってるだろ?」
それって――――――どういう……意味?
こちらから、失礼いたします。暁 柚香と申します。
この度、まろんマカロンを覗いていただいてありがとうございます!
このお話は幼馴染のラブでじれな王道ストーリーとなる予定です。
どうぞ、意地っぱりで単純可愛い陽奈と爽、何だかいつも頼もしい太一の幼馴染’sを温かく見守ってくだされば幸いです。
そして読んでくださる方に、ホンワカ幸せが訪れますように・・・・・・・