穴の中で
「そうね。一か月間ずっとあなたのことを観察してきたけれど、つまらない人じゃなさそうだし……。いいわ、付き合いましょうか」
俺の人生に春が来た。青い春が。
父さん、母さん。息子は今、人生の頂点に登り着きました。
後は転がり落ちるだけです。
「転がり落ちるってあなた……。私の加護がある限り大抵のことがない限りは幸運が手を繋ぎながらこっちに全力疾走してくるわよ」
「え?不幸ちゃんって不幸にならないの?」
「不幸になるって私を厄病神と何かと勘違いしていない?私の名前は不幸じゃなくて富鉱よ。ここら一帯の地域は昔から金や銀がよく取れていたから、この名前で呼ばれるようになったの」
「まさかここの穴の名前は『不幸穴』じゃなくて『富鉱穴』ってことか?」
「そういうことになるわね」
誰だよ不幸とか言い出したやつは。
そりゃ、ここに来ても何も起きないわけだ。
何かが起きたとしても帰り道にきれいな石を拾うぐらいじゃねえか。
子供か一部の石マニアしか喜ばないご利益だよ全く。
「ねえ」
「なんだい富鉱ちゃん」
「恋人って、その……。手とか繋いで帰るんでしょ?」
「んー。一部のあつあつバカップルとかならしてるんじゃないの?」
「そうなのね。よし、そうと決まれば手を繋いであなたの家に帰るわよ」
富鉱ちゃんが強引に俺の腕を引っ張って空地の外へとでる。
アスファルトで固められ舗装された道路はところどころ乾き始めたらしく斑模様を描いていた。
えーと引っ張られている俺の腕の骨が悲鳴を上げているのだが。
「俺の家に来たら色々とマズい気が。あと腕の力をもう少し抑えてもらうと嬉しいです」
「さーて、あなたの家はどこかしら」
「ところで富鉱穴から離れても大丈夫なのか?あと引っ張る力を緩めてもらうと喜びます」
「ふふっ、こっちね!あなたの思考はお見通しなんだから!」
「そういえばお前何かと俺の思考を読んでいたよな。あと君の右腕の力を抜いてくれると歓喜です」
「それと、私あなたの家に今日から住むから。恋人なら普通なんでしょ?あ、心配はしなくていいわ。私の権力を使えば面倒事なんてチョチョイのチョイよ」
「聞いてないし聞きたくもなかった。あと……ええいさっさと腕を絡めるのをやめろ!血行が悪いせいで腕の感覚がなくなってきたじゃないか!」
「そうだ、あなたの学校にも明日から通うことにするわ!大丈夫、心配はいらないわ。人間の勉強に私がついていけないと思う?」
「出会った初めもそうだったが急に会話のキャッチボールができなくなるのは一体なんなんだ。嫌がらせか、嫌がらせなのか」
千本ノックしようぜ!俺捕手な!って言っているのにバットでタコ殴りされている気分だ。
前のもそうだが悪気があって無視しているわけではなさそうだ。
自分の気持ちを相手に伝えようと精一杯なだけのように見える。
まわりが神様だけで、俺のようになんでもないただの人間相手みたいに気持ちを吐き出せる相手がいないのかもしれないな。
「ところで、あなたの名前を私はまだ知らないわ。なんていう名前なの?」
今度はこちらの返答をしっかり待っているようだ。
純真無垢な瞳がこちらの反応をうかがっている。
「思考を読むことができるなら言わずとも分かるだろう」
「あなたの口から聞きたいの。それくらい分かりなさいよ。こういうの大事だと思う。そうでしょ?」
富鉱ちゃんが可愛らしく小首を傾げる。やっぱり可愛い。
「まあ、それもそうだな。それじゃあ改めて自己紹介するぞ。俺の名前は──」