彼女気取り
「八尺様ってさあ、いるじゃん」
芝田杞紗はぶっちゃけると美人だ。大学の食堂で正面きってよく話をする統也からするとあまりそうは思えないのだが、ミスコンに出れば恐らく優勝できる。背中を覆えるほど伸ばした少々緑がかったように見える黒髪、落ち着いて相手を見据える、見方によっては冷たいとすらいえる視線。身体つきはいわゆるスレンダーなタイプで、その持ったら折れてしまいそうな頼りない手首や脚の細さは目を引く。しかし儚げで苛烈な色を宿す容貌と違い、彼女の中身はそらもう豪胆だ。そこらの男よりも、だ。そして何より、中身がちょっとアレなのである。
「………あの背がニメートルくらいある、ちょっと洒落にならない掲示板のあれ?」
「そうそう。あの背がニメートルくらいある丘にたってそうなスレのあれ」
こんな美人が某大型掲示板の丘板に張り付いているなんて知ったら、ファンは幻滅するだろうなあ。そう思いながら統也はずるずると冷やし中華を啜った。食堂の入り口に堂々と『冷やし中華始めました。』と書かれておきながら放置する奴はいるだろうか。いや、いない。麺のコシが今いちだなあと思いながら、杞紗の話の続きを促す。
「小さい頃ね、あれに似てるようで似てないようなのと出会った事があるの」
「詳しく」
そういうのは大好物です。とでも言わんばかりに輝いた黒い二対の瞳を見て杞紗は少し苦笑して、氷の浮いた水を飲んで唇を潤した。手前に鎮座する空の皿には、この大学付属食堂名物、夏の激辛野菜カレーがあったが、この女は平然と食べてしまっていた。さも涼しそうに。この劇物の臭いにあてられたのか、二人の周囲には人がいない。時刻はそろそろ午後一時半、人が引き出す時間というのもあるのだろう。
杞紗は口を開いた。
「昔………ううん、中二頃?その時の帰り道に交差点があったのよ。といってもそんなに大きくない交差点。車の行き来は何故か多くて事故がよくあったけど人死にはなかった気もする。
その交差点である日、女の人を見たの。背がすんごく高くてね、モデルにもいないような長身。白いワンピースで黒い日傘を刺してて、木陰に収まるように信号機の近くにいた。その時赤信号だったからあんまり気にしなかったんだけど、青になってもその人横断歩道を渡らないの。最初に見かけたのは夏で、それから地元の高校に進学できて、それでもその人はそこから離れなかった。冬になっても夏物のワンピースだったから、その時になって『ああこの人おかしいんだ』って思った。ああ、頭が、とかじゃなくて、存在がって意味よ。
高校生になって暫くして、私と同じ交差点の常連さんができたのね。反対側の横断歩道を使う、中学生くらいの男の子。その子が通るとその女の人、しずしずと彼の後ろについて行ってたの。といっても交差点からは出ないみたいだったけど。
チープな恋愛ものみたいでむず痒いけどね、当時の私は、あの女の人があの男の子に恋してるんだ!って結構本気で思ったのよ。反応するのは男の子だけ、私がいくらガン見しても反応ないんだから、そうと思っても仕方ないと思うけど。自分で自分をフォローするのも変な話だけどね。
何ヶ月か経って、女の人は木陰から出てきていた。ちょっとずつ場所を移動して、道の向こう側に行ってるみたいで、今までの通学路とかから考えて、それは男の子の家の方だったのね。とうとうアプローチをかけるのか。よし、頑張れ。他人事だったから、私はそんな風に女の人を応援してた。
で、女の人はとうとう男の家の前までたどり着いたみたいだったの。交差点から見て結構近い家に住んでたみたいでね、何故か嬉しくなって「おめでとう」って思わず小声で祝福したのね。臆病な友達がようやく告白できたシーンを見てた気分だった。
でもね、それが聞こえたのか女の人は私の方を見てたの。顔が見えたと思うんだけど、全然思い出せない。
………それからね、彼女は私の傍に来るようになった。八尺様的な感じだったらどうしようと思っていろいろ試したけど、ぽっぽとは聞こえないし、私は今もこうして生きてる。だから何も問題ないと思って割り切る事にしたの。まあ、中身はないけど、こんな感じね。なんとなく話したくなったから、思わず。
ああ、そういえばさ、ちょっと外見てみてよ。ほら、第二講堂の近く。左から四番目の木の下、見てよ。………え?何も見えない?そっか」
杞紗は残念そうな顔をしてもう一口水を啜る。
「そこに彼女がいるんだけどねえ」