アブダクション
「あれはそうだなあ。よく覚えてないけどこんな夏の日だったな」
そう言いながら友人は話し始めた。
小学生の時だった。
狭いマンションに住んでた彼は、きょうだいで同じ部屋で寝ていた。特に寝苦しいという訳でもなかったが、どういうわけかふっと自然に目が開いたのだという。時刻は夜中。静まり返った部屋の中、彼は光る足を見つけたのだそうだ。
ひっと軽く喉を引きつらせて彼はそれを凝視した。黄色く鈍く光る両足は、こちらに爪先を見せて立ち続けていた。恐怖のあまりばっと布団をかぶり、彼は震えた。一体全体あれは何だというのだ。
「もう本当ビビりまくってたよ。桐谷も知ってるだろうけど、俺怖がりだからさ」
これ以上震えていても仕方がない。そう思った彼はもういなくなっただろうかと布団から顔を出すが、足はまだそこにある。ぴゃっと再び布団の中にもぐり、はやくいなくなれと念じた。この時、きょうだいを起こす、という発想は浮かばなかったという。
「でもさーそいつまだいるんだ。もうここまで来ると苛ついてきてな、そのご尊顔を拝んでやろうと俺はいきおいよく飛び起きた訳よ」
かくして跳ね起きた彼が見たのは、まるでプレデターのように後頭部が伸びきったグレイ型宇宙人のような『何か』だったのだが。
「キモッ」
「俺もキモイと思った」
更にこんな事もあったらしい。
もうきっかけも思い出せないが、彼は親と喧嘩したのだという。出ていけ!と怒鳴られて、衝動的に夜の町へ飛び出した。「今にして思うと若かったな」と苦笑しているが、今だって十分若いだろう、と統也は思った。
夜の公園へと足を踏み入れ、遊具へと背中を傾ける。ジャングルジムのようなそうでないような、とかく言葉では説明が難しいのだという。夜空に瞬く星を見ながらため息をついた。自分から売り言葉に買い言葉で家から出てきてしまったのだ。帰りたくはない。空にはたくさんの星が出ていて、その中の一部が不規則な動きをしている。流れ星だろうか。彼はじっとそれを見る。
やがてそうではないと気付いた。蛇行、というのか。その星はそのように不規則な動きをしていたのだ。気のせいだと思って目を逸らしたのだが、ふとまた空を見ると星はまだ動いている。心なし、光が大きくなった気もした。
「これはやべえって思ったわ」
危機感を感じた彼はそのまま公園から慌てて抜け出した。とにかく光のある所へ、と近くのコンビニに避難した。やがて、深夜という事もあり見かねた母親が迎えに来てくれた。
「今にして思うとあれ宇宙人だったのかもしれん」
そう言う友人に統也は半ば笑いながら、冗談のつもりでこう言った。
「お前そのうちアブダクションされるんじゃねえの」
「そうかも」
げらげらと笑い、日が暮れている事に気付いて二人は手を振って別れた。明日からは夏休みだ。
夏休み明け、その友人が行方不明になったと担任が言っていた。