家族
目が覚めた。
窓の外は黒一色。どうやら夜のようだ。
知らない間に千春は眠ってしまっていたらしい。
服がベッドに散乱しているので、おそらく服を見ていたときに寝たようだ。
上半身を起こすと、扉を叩く音がする。
「千春、起きてる?」
「・・あぁ。何の用?」
千春は寝ぼけた面で扉を見る。
何で秋葉は俺が寝ているって知ってるのだろうか。
不思議に思う千春であった。
「もう少しで母さん達戻るから、下に来なさい」
「あーやだやだ。この姿で会うのは抵抗あるなぁ」
「めんどくさい奴ね。さっさと来な」
命令口調になったので、千春は嫌々ながらに起きて下に降りる。
秋葉を怒らせると怖いからな、と思いながらリビングに入る。
時刻は7時を回る頃。もうすぐ帰ってくる。
心臓が嫌でもバクバクとなる。
千春はソファーに大胆に座り、上を向き溜息を放つ。
こんなに緊張をしたのは初めてかもしれない。
前まで普通の生活をしていたのに、今となっては波乱だ。
おまけに身体に宿る不思議な力もある。
一体どれくらいの力があるのだろうか。
「千春、何をボーっとしてるのよ」
「んぁ?」
「間抜け面ね。チャイム鳴ってるのが聞こえないのかしら?」
千春は気付いてしまった。
確かにチャイムが鳴っている。
「あ、えー、俺のことは話してあるんだろ?」
一応確認を取ることにした千春。
だが、その返事に千春は絶句した。
「は?言ってるわけないでしょ?」
「・・・・・何で?」
「自分で説明したほうが良いに決まってるからでしょ?」
三度目のチャイムが聞こえた。
秋葉は顎で玄関を指し、千春に行けと命令する。
手汗やら脂汗などが滲み出る。
千春はどうやら腹をくくるしかないようだ。
自分の頬をペチンと叩く。
廊下へ行き、玄関へ行き、扉のノブに手を掛ける。
が―――
突然、玄関の扉が開いた。
千春はバランスを崩して前に倒れる。
「ぬわぁ!」
「ぎゃっ!」
「あ、アナタ!」
父を押し倒す形となった。
千春の父、秋宮裕二はどぎまぎしながらも顔を赤に染める。
こういうのも悪くない・・と思った裕二であった。
「千春!?大丈夫!?」
「な、なんとか・・」
「秋葉!この子は誰なの!?いきなり裕二さんを押し倒すなんて・・・きいぃぃぃ!ジェラシー!」
千春の母、秋宮散美は発狂しながら千春を蹴る。
「い、痛っ!やめろ!実の息子を蹴るとかやめろ!」
千春は蹴られている脇腹をさすりながら叫ぶ。
秋葉はその光景を見て思う。
(・・なかなかバイオレンス)
裕二はその光景を見て思う。
(いいなぁ・・・僕も蹴られたい)
どうしようもない連中だった。
千春は散美の攻撃を回避しようと自室へと逃げる。
「ちょっと!勝手に千春の部屋に入らないでよ!ま、まさか千春ったら彼女が・・・?」
気持ち悪い妄想をする散美を無視しながらベッドに潜る。
もう嫌だ、と思いながらベッドでブツブツと呟く千春であった。
だが事実は言わなければならない。
血走った目をした散美を納得させるのが難しいが、避けられないことだ。
千春はしょうがなく起き上がり、散美の目を見る。
「母さん」
「アナタに『母さん』なんて呼ばれる筋合いはないわ」
思った通りの反応である。
「違うんだ。実は―――」
‡
貧乏揺すりがリビングに響く。
眉間を押さえていた散美は、場の沈黙を解くために口を開いた。
だが、先に口を開いたのは裕二であった。
散美は不機嫌そうな顔になりながらも、台詞を裕二に譲る。
「本当に、千春なんだな」
「はい」
千春は丁寧に敬語で答える。
いつもの裕二と違い、今は真剣である。
「それにしても・・・ギャップがあり過ぎだろう」
「まあ、はい」
「髪の色も違うし、一体誰似なんだか」
裕二は頭を抱えたくなる。
どうしてもこの現実が受け入れられないようだ。
裕二は今この現実は夢なのではないかと思い、頬をつねる。
痛い。やっぱり現実だ。
長い溜息を吐いた。
「家族の柱となる男が減ってしまったな。なぁ母さん?」
散美は千春の顔をジッと見つめている。
どうやら聞こえていないようだ。
裕二は頭を掻きながら散美の肩を叩く。
一瞬、肩がビクッと痙攣を起こし、散美の思考を回復させる。
「しっかりしてくれ。それとも、千春の顔をご存知か?」
先ほどのように、肩が痙攣を起こす。
散美は無駄に笑みを浮かべる。
「・・・知らないわね。・・けど、いいんじゃない?」
千春は耳を疑った。
秋葉は当然とのようにお茶を啜っている。
どうやらフォローしてくれなさそうだ。
「母さん、俺、元に戻りたいんだが」
「今のままでいいわよ。あんな性悪な格好、私が嫌よ」
散美は貧乏揺すりを止めて話し出す。
さっきとは違い、散美も真剣に考えている。
暴れまわって疲れたのだろうか。
「それに、僕は押し倒されたしな」
「アナタ。『それに』の意味がわからないわ」
「・・・ん?ちょっと待て?」
千春は疑問に思う。
今の言い方は、まるで千春が自分から押し倒したみたいになっている。
だがそれは違う。ドアが突然開いたから、ああなったのだ。
「お前らのどっちかがドアを開けたんじゃないのか?」
「ん?何を言ってるんだ?僕と散美は何もしていないぞ?怖いことを言うんじゃない」
その事実を聞いた千春は眉間を押さえたくなった。
また、何かの力で開いてしまったのか。
そう思うと、何だかやるせない気分になった。
秋葉も一部始終を見ていたので、顔を青くさせる。
「そ、そうか。俺、疲れてるのかな?」
「そうよ。だからもう寝たら?」
秋葉の言葉の裏で「邪魔だ」って言っているような感じがした。