time transposition【読み切り版】
制作時間は32分。ギネス認定かな(笑)
「うわぁぁぁ!!!」
そんな叫びが森一帯に響いた。これ程までに仲間に助けを求め、仲間に敵からの襲撃を知らしめるものがこの世に存在するだろうか? ふと、そんなことを思いながらも、女性は家をすぐに飛び出す。
あまりに急な叫びに、荷物を纏める時間など、一切許されず、家と共に大切なものを失うと分かっていても、置いていかなければならない現実が、この時代にはある。
本来ならば、国を引っ張るはずの朝廷は南北で二分化し、争いの火種がどんどん大きくなっていった時代だ。もう火の勢いが強すぎて止まらない、誰も止めることが出来ない。あらゆる策を投じてもそれは、山火事を相手にバケツリレーで消火作業にあたる様なものであった。
国のリーダー達が喧嘩をしていては全く話にならないのは当たり前のことだ。
女性はすぐに家を飛び出すと、叫びが聞こえた方角とは全く逆方向へと走り出した。
叫び声を上げた方角に助けに行く者など、皆無だ。助け行けば、殺されるのは目に見えている。いや、それはあくまでも男性の話だ。女性は生き地獄を経験することになるだろう。
何と言ったって、相手は盗賊や山賊の類の外道達である。説得などは、馬に念仏を唱える様なものであり、良心を持つ人間は逃げる以外の選択肢は用意されていない。
女性は、汚れた着物に身を包み、走るのには全く適さない下駄で必死に逃げた。
徐々に悲鳴が後ろから迫ってくる。全く聞きたくもない言葉が耳に嫌でも入ってくる。だが、それでも立ち止まる訳にはいかない。生きることを全力で行う。
今、生まれてくる子供は、『生きるって何?』と聞かれれば、『生きることは、逃げることだよ』と当り前の様に言うだろう。毎日、どこかしらの村が、襲われる。火を付けられ、死体の山を築き、腰が抜けるまで弄ばれる。
そんな時代に、希望を持てる人がどこにいるのだろうか。
早く平安の世になってほしい。女性はそう思わずにはいられない。たとえ、それが誰かによる独裁政権で、恐怖と苦痛で縛る様な偽善の平和だとしても、女性は喜んで受け入れる程の覚悟をしていた。
女性の目に、村と森を繋ぐ門が映った。もう、村を捨てる覚悟は出来ている。今は、命と体が最優先であり、村に対する情などは一切なかった。いや、敢えて言うならば、
「この貧しい村に生まれて、私は地獄を味わいました」
が、正しいか。女性は、そう呟きながら少し顔を歪ませて笑った。
村を抜けるまで、あともう少しだ。森に入れば、それこそ逃げるところなどいくらでもある。女性はもう既に疲労の色を見せる足に、そう言い聞かせ、踏ん張った。
だが……。
「きゃっ!」
なんと言う運の悪さだろうか。女性は、木造のぼろい建物の死角から出てきた男性とぶつかって、転倒した。村を悪く言った罰なのかも知れない。門まであと十メートル程だと言うのに、最後の最後で村に見放された。
もう駄目だ、そう思った。一生、奴隷になる覚悟もした。もう、怖くて怖くて目が開けられなかった。
だが、女性に降りかかる言葉はあまりにも意外なものだった。
「いってぇ……。すまんな、お嬢ちゃん……。ったく、マジでどうなってんだ。ここはどこの田舎だ?」
「え?」
目を開けると、そこには緑色の服を着た男性が立っていたのだ。しかも、その服には汚れ一つすらもなく、そして、黒い筒の様な棒を持っている。
「お嬢ちゃん、立てよ。怪我はないか? それと、警察にはもう連絡しといたからな。もう大丈夫だぞ」
「…………?」
手を差し出してきた男性には悪いが、女性には、はっきり言って意味が分らなかった。
警察? 何それ、おいしいの? と言った感じである。
「いやぁ、それにしても日本も治安が悪くなったなぁ……。こんな大規模な集団犯罪が起きるとは。警察や自衛隊も忙しいってもんだ」
「警察? 自衛隊?」
「ん? 早く立てよ。見ての通り、俺は自衛隊だからな。驚くことじゃないだろう。迷子になっちまったんだ」
女性は意味が分からないまま、無理やり手を掴まれて、起こされた。そして、着物に付いた泥を両手で払う。
「俺は、陸軍の沖本だ。お嬢ちゃんの名前は?」
「山下」
笑顔で話す沖本とは全く逆に、山下と名乗る女性の顔は明らかに沈んでいた。逃げることを諦めたために、沖本が優しくしてくれていると思ったのだ。
「おーい、どうした? もう、大丈夫だって。犯人たちは絶対に捕まるから」
そんな山下を気遣う沖本の態度に、山下は怒りを露にする。女性の気持ちを知らないから、こんな無神経なことが言えるのだと思った。いや、思わざるを得なかった。
「もう、早くヤリタイのなら、ヤレバ? これから、散々私の体で遊ぶのに優しくしないでよ!」
山下の目に思わず、涙が浮かぶ。それに対し、唖然とした表情の沖本。
「は? ヤルって何を?」
「恍けないでよ! どんだけ、人を傷つければ済むのよ。どうせ、私の体のことしか頭にないくせに!」
「はぁ? そんなことしたら、クビになるだろ。いくら、俺の顔がイケメンだからってそんな誘惑はなしだ。反則だ」
全く噛み合わない二人。
「あぁ、なるほどね。貴方は位が低いから、もっと上の人から相手にしなきゃならないのね!」
「はぁ? 俺の地位が低いだと? 特別国家公務員だぞ?」
「何よ、それ! 貴方、変な言葉ばっかり使ってるよ? 自覚ないの?」
「変な言葉? お前の方が、変な言葉言ってるだろ? さっきから、あの手この手で誘惑しやがって。それに、なんでこんなに服汚れてるんだ?」
全く意味の成さない会話をしていると、もう既に村は盗賊の手に落ちていた。家は弓矢で針鼠の様になり、血の匂いが充満する。そして、気付けば二人は囲まれていたのである。
「やばい、あんたのせいで囲まれた。最悪! どうせこうなることを狙ってたんでしょ?」
山下はすでに言葉遣いなど関係ない、という様に勢い良く沖本の怒鳴る。
だが、沖本はすでに視線を山下ではなく、囲んだ男達に向けていた。
「もう、すでに警察に通報した。すぐにバックアップに来るだろう。それに、この近くの森で俺達は実習を行っていた。そこには、機関銃や多銃身回転砲もある。覚悟するんだな。これだけやったら死刑は確実だ」
そう言って胸のポケットから煙草を取り出す、沖本。だが、山本と同様に、言葉が全く通じない。
「マシンガン? ガトリング? 何だそりゃ。今、その女を俺達に渡せば命だけは助けてやる。さっさと偽善者は消えな」
その集団で、位の高そうな男はそう吐き捨てる。それに便乗し、周りの男たちは腹を抱えて笑った。山下は、それを不安そうに見守る。
沖本は、土を少しブーツで蹴り、煙草の煙を一気に吐き出すと、それに答えた。
「相当な、田舎だなこりゃ……。警察を知らない村が日本にあるなんて信じられねぇ……。まぁ、でも弱い奴守るのが、俺達の仕事だからな。消えるのは、お前らだ」
白い煙越しに、鋭い眼を向けて、男たちを見据える沖本。その反発的な態度に怒ったのか、男たちは一斉に飛びかかってきた。
良く晴れた青い空の下。山下はもう諦めて、目を瞑る。
だが、目を疑う様なことが起きたのは、次の瞬間だった。
ドドドドドドド!!!
骨の髄にまで届く様な思い音が響く。それは、最初の悲鳴よりもずっとずっと大きなものだった。
初めは単なる、音でビビらせるような機械だと、山下は思っていた。しかし、目を開けてみると。そこでは既に盗賊達は血の海に沈んでいて、火薬の匂いが漂う世界が広がっている。山下は、恐怖と驚嘆で声が出なかった。
何人かの体が吹き飛び、ミンチになったところで漸く、男達は自分の仲間が死んでいることに気付く。だが、既に手遅れだった。
自衛隊と名乗る男は既に最強の武器を持っていたのだから。
「ひぃぃぃ!!! すみません、すみません! ごめんなさい……」
自分の置かれた危機的な立場を漸く理解した男達は、頭を地面に付けて許しを乞う。だが、沖本は仮にも自衛隊。感情を殺す訓練は何度も繰り返してきた。そんな、沖本に先程、山下に見せたような笑顔はなく、ただ般若の様な顔でジッと、その姿を見詰めている。
そして、銃を再び向けた。
バァン! バァン!
その音が黒い筒から出る度に、男たちの誰かが吹き飛んでいく。血を撒き散らしながら、悲鳴を上げることもなく、ただ死んでいく。
山下は、沖本がただ怖かった。
「よし、あと一人だな……。お前も、人を殺したんだろ?」
沖本は、最後の一人まで追いつめると、最後の男に歩み寄った。その男は、頭を下げて慈悲を乞うこともなく、ただ沖本を睨んでいる。
「あぁ、殺した。だから、どうした? その変てこな棒で俺を殺すのか?」
右手に短刀を持つ、男。その男は、死を全く怖がっていない様に、見える。
「俺の名前は、沖本……。陸軍の兵士だ。これは、“銃”というものだ。それには多くの種類があるが、これは突撃砲と呼ばれるもの。まぁ、威力は中くらいだな。お前に訪ねたいことがある。答えなければ、この突撃砲で撃ち抜く……」
「……そんなもんどこで見付けたんだ? 信長様がお造りになったのか?」
「信長? ここはいつの時代のどこか言ってみろ……」
「はぁ? お前、頭でも打ったのか? 今は戦国時代って言われてるんじゃないのか? まぁ、知識に乏しいからわかんねぇけどよ」
淡々と言ってのける男の言葉に嘘はない様に思えた。沖本は、思わず吐き気を抱いた。
こんな映画の様なことがあって良いのか、と。
そして、銃や自衛隊、警察の存在を知らないこともこれで繋がった。
いつか緑の服と、銃を持つ男、沖本は歴史そのものを変えてしまう存在であることを、まだこの時は知る由もなかったのであった。
続き、読みたいですか?(笑)