Ⅸ.高度な魔法は発達した科学と見分けが付かない?
《リネンキュラッサ》での装備新調計画は、結局ウィンドウショッピングのみで終わってしまった。そりゃそうだよ、予算が三桁は足りないんだもん。
とはいえ、このままでは問題の解決には至らない。防具一式を揃えるのは大変なので、安い雑貨屋で武器だけでも購入することにした。こん棒二本と布の服を売り払い、三代前のシンヨーク王の横顔が刻まれた50セント硬貨を足した金額で、どうにか念願の《銅の剣》……は無理だったので《ブロンズナイフ》で手を打った。
余談だが窮屈な店内に僧侶ちゃんが目を丸くしていたのが非常にかわいかった。
さて、今のわたしのステータスだが、
職業 (きっと)勇者
レベル (相変わらずの)1
武器 (特売品の)ブロンズナイフ
防具 (パチものの)旅立つ人の服
装飾品 (いつまでも)なし
余計な文字列がくっ付いているけど、気にしない気にしなーい。
これで一応準備万端。忘れ物はもうないよね?
「それでは、いざ行かん、旅路へ!」
「で、どこに行くのよ?」
ふわふわと宙に浮くマホツカから当然の質問。言われてみればどこだろね?
王様は「仲間を集めて旅立つのじゃ!×2」としか指示してくれなかったな。まさかいきなり魔王の根城に攻め込めというわけではないだろう(そもそも場所知らないし)。物事には必ず順序があるはずだ。主にお遣いという形で。
「あの、精霊さんに会いに行くんじゃないでしょうか」
僧侶ちゃんがおずおずと手を上げて答えてくる。
「精霊?」って実在するの?
「はい。世界に五人いるとされる《精霊王》、彼らから魔王に打ち勝つための力を授かるんだと思います。ただ精霊王さんに会うためには、その僕たる精霊さんに力を示し、王に会うための《しるべ》を授かる必要があるみたいなんですよ」
さっすが僧侶ちゃん、頼りになるな。
「随分と詳しいな」
「えへへ、これぐらいは常識ですよ」
えっ、常識なの? 精霊王なんて言葉初めて耳にするんだけど。わたしが読んだことのある参考書には書いてなかったな……。(それとはにかむ僧侶ちゃんはまさに天使!)
ま、いっか。
「じゃあ気を取り直して、その精霊とやらに会いに行きましょう!」
「で、どこよ?」
助けて僧侶ちゃ~~~~~ん。
「精霊さんは《精霊の洞窟》と呼ばれる場所にいるらしいんですけど、場所までは…………すみません」
申し訳なさそうな顔もかわいっいなー……ってそうじゃない!
「戦士は知ってる?」
「すまん、私も知らない」
非常にマズイ。もしかすると王様に訊きに行かないと駄目だったりする? それだけはマジ勘弁。あの男に借りを作ることなどわたしのプライドが許さない。
「マ、マホツカ~」
「ちょっ、それぐらいのことで何で泣いてるのよ? まったく、仕方ないわね……」
マホツカはゴソゴソとローブの中で何かを探し始めた。もしかして策有り?
「困った時はコレに限るわね」
取り出したのは長方形の薄い板状の物体だった。手の平サイズで色は真っ黒。やや金属質な光沢を放つので宝石の類かと一瞬思ったけど違うようだ。角が美しい丸みを帯びており、シルバーのラインが入ったそのデザインからは異質な雰囲気が漂ってくる。
何だろう? と思い間近で確認しようとしたら、いきなり中央部分が白く光り出した。
「ぬわっ!?」
「ふふん、期待どおりの反応ね」
自慢気に謎の道具を見せびらかすマホツカ。
「何でしょうか、これは?」
ランタンにしては小さすぎる。それに光る部分には文字や記号、図形やらがいくつも映し出されていた。
「これは魔法使いの七つ道具がひとつ、《アルカナ・フォン》こと通称《アルフォン》よ」
アル……フォン?
「フォンって何?」
奇天烈な響きの単語だ。古代魔術言語か何かだろうか。
「チーズをからめて食べる料理ですよね?」
それは『フォンデュ』ね、僧侶ちゃん。
「東の国で食されているパスタみたいな食べ物のことか?」
それは『フォー』だよ、戦士。
みんな食べ物ばっかりだね。マホツカが手にしている物は明らかに食べられそうにない。硬そうだし、黒いし、突然光るし。
「フォンとはアレだよ。星の戦いにおいて選ばれし者だけが持つ特殊な力のことでしょ!」
「「???」」
あ、あれ? 違った?
「わけ分かんないこと言ってないで、目的地を探すわよ」
マホツカが《アルフォン》なる物体の白く光る部分を指で押すたびに、まるで絵本の如く様々な絵と文字が現れては消え、フェードアウトしてはフェードインする。もはやわたしの灰色じゃない脳細胞では理解が及ばない。
「地図検索だったら《アルカナ・アース》で調べればすぐに済むわよ。えっと、せいれいのどうくつ……変換……精霊の洞窟、っと」
狭い空白に文字が打ち込まれ、最後に『決定』と書かれた場所を押すと、世界地図と共に『検索結果十二件』というメッセージが映し出された。よく分からないけど、世界中で精霊の洞窟が十二あるってこと?
マホツカは世界地図上に赤く光る点からシンヨークに一番近い場所を選ぶと、何やら何で、これがあーして、それがどーして、以下略。
「一番近いのは《シンアーク》ね。すぐそこじゃない」
《シンアーク》はシンヨークの北にある都市だ。
アルフォンに今度はシンアークの地図が映し出され、マホツカが指を器用に動かすと、地図が拡大されたり縮小されたり左右に動いたりと不思議な現象が発生する。戦士も僧侶ちゃんもわたしと同様まったくわけ分からないといった表情でアルフォンとマホツカの指を凝視していた。
もしかしてこれが現代の魔法なの? わたしの知っている魔法使いって何もないところから炎や氷や雷を生み出すことができる人ってイメージだったのだけど、今のマホツカを全然違う。思わぬところで魔法使いのすごさの片鱗を思い知らされてしまった。
「シンアークからは歩いてすぐの場所にあるみたいね」
シンアークへの進路は北北西、直線距離はおよそ三〇キロだ。《城門通り》→《アーク街道》を経て、シンアーク領に入ってからは《ルート7》を使えば夜中には着くはずだ。
「よし、じゃあ気を取り直して、まずは一路シンアークへ!」
わたしは冒険への第一歩を踏み出した。人類にとってはたいしたことのない一歩でも、わたしにとっては大いなる一歩となる――、
「あの、勇者さん」
ん? 僧侶ちゃんが少し当惑した顔で見上げてくる。
「何? 忘れ物?」
「いえ、そうじゃなく、歩いてシンアークまで行くんですか?」
隣には同じ表情の戦士。
「歩くとかなり時間がかかるぞ。列車なら一時間足らずで到着する」
…………。
「も、もちろん列車で行きますとも! ただ何と言いますか雰囲気がやっぱ大事じゃない? だからとりあえずやってみたむにょ~」
「嘘をつくでない、嘘を」
マホツカに頬を思いっきり引っ張られた。ごめんなさい、列車とか忘れてました。
シンヨークは世界有数の貿易都市である。あらゆる交通機関は整っているので旅行するには不便はない。わたしってそんなすごい都市に住んでいるんだよね、何気に。
「でも列車って頻繁に走ってるの?」
「確かにそうだな。休日とはいえ、一日に五本ぐらいか?」
「そうですね。シンアーク行きはそんなになかった覚えがあります」
でしょでしょ。
「そんな時は《MAHOO!・路線情報》を使えば発車時刻を調べられるから…………、今からちょうど三十分後に出るのがあるわね」
さいですか。マホツカ先生マジパネェっす。
こほんっ!
「じゃあ気を取り直して、まずは《シンヨーク駅》へ行――」
ピピピ――ピピピ――ピピピ、っと奇怪な音が聞こえてきた。発生源はマホツカの手の辺り。
「ん? 誰からだろ」
マホツカは慣れた手付きで操作すると、アルフォンを耳に押し当てた。
「もしもし? 何だレッドじゃない。今どこにいるかって? シンヨークよシンヨーク。そっ、勇者と一緒に魔王を倒しに行ってくるから。バンドの練習? そんなのてきとーにやっといてよ、じゃね~」
ピッと、マホツカの独り言(?)が終わった。でも明らかに誰かと会話しているみたいだったよね? 演技にしてはうますぎる。
「ん? どしたの、ハトが唐辛子食った顔しちゃって」
なんか、魔法ってすげー…………。