Ⅷ.ガールズ・ショッピング!
仲間が揃い、遂に魔王討伐に向けて旅立つ時が来た。まず手始めに行うことと言えば、
「装備品を整えに行きましょう♪」
僧侶ちゃんが先頭になって武器防具屋へと足を進める。なぜそうなったかというと――、
「ショボイ装備ね、勇者」
「そうだな、せめて鎧を装備したらどうだ」
「それならいいお店を知ってますよ」
早い話わたしの装備が貧弱だからである。何つったって《こん棒》に《旅立つ人の服》である。雑魚モンスター一匹戦うだけで宿屋直行になるのは火を見るより明らかだ。そこで一番戦力の乏しい状態を見るに見かねて装備を新調しようということになったのだった。
「シンヨークで装備品屋と言えばここしかないですよね」
場所は再び城門通り。僧侶ちゃんのオススメは、二階建てのアンティークな雰囲気を醸し出す外装のお店だった。右手には今朝戦士と出会った中央公園が見える。
古めかしいお店の看板には《リネンキュラッサ》と縦長な文字で描かれていた。
「ここってファッション雑誌で見たことがあるような……」
「さすがは勇者さん。早く入りましょう」
ズカズカと四人で入店するわたしたち。
軋んだ音を奏でる扉を抜けると――――そこは別世界だった。外観からはとても想像できないほど店内はモダンチックな内装だった。二階建てではなく高い天井造りの一階建て。カラフルな照明が嫌味にならないぐらいの明るさで所々に設置されている。鏡のように美しい純白の大理石の床は踏むのが失礼かと思えてしまい、脳が瞬時に場違いだと判断を下す。
思い出した! ここは先月の《月刊ノノン》で紹介されていた高級ブティックではないか! 一般庶民のわたしがはした金を持って足を踏み入れてよい場所ではない。
「どうも落ち着かんな、こういう店は」
「そう? ワタシは気にならないけど」
「では勇者さん、私がコーディネートを手伝って上げますね」
駄目だよ僧侶ちゃん、拒絶反応が――、
がっちりと僧侶ちゃんに腕を組まれる。華奢な体のどこにそんな腕力があるのかと思える力強さでズルズルと引きずられていくわたし。これが女のショッピングパワーというやつなの? 悔しいけどわたしは成長させていない能力値だ。おばさんひしめくスーパーの特売品コーナーに飛び込む勇気はあるんだけど。
とりあえず待ち合わせの時間と場所だけ決めて、わたしは僧侶ちゃんのなすがままに店内を回ることとなった。
「そ、僧侶ちゃん、買うなら安い防具が……」
店内のいたる場所で営業スマイルの店員さんたちが、お客に商品の説明やコーディネートの例をアドバイスしている姿が見られる。当然みな女性だった。
「あ、これなんてどうでしょうか」
僧侶ちゃんが手に取ったのは水色のシフォンチュニックだった。到底冒険に向いている代物とは思えない。
「これ着てモンスターと戦うなんてシュールだな…………しかも498ドル!?」
眩暈がする。天が回っているのか、はたまたわたしが回っているのだろうか。
高級とは聞いていたけど、まさかここまで高いとは。よく「リーズナブルな商品も取り扱っております」的な宣伝を見かけるけど、あれは絶対に嘘だね。我が家の生活レベルを舐めないでほしい。この値段なら半年は食費に困らない。
「駄目ですか? それでは…………、あ! これなんてどうです?」
次にセレクトされたのはシックな感じの《皮のドレス》だった。これならわたしでも手が届きそう――(値札をチラッと見たら128ドル)――なわけないですよね~。
「128ドルか…………? 1,280ドルって何だ?」
え? だって皮のドレスでしょ? 近所の雑貨屋が4ドルで売っているのを見たことがあるよ。たかがロゴマーク付けただけでなぜこんな値段になるんだよ!? 素材が違う? 防御力は変わりませんから!
ちなみにわたしが普段着ている服は、母が特売日や在庫処分デーとかにドッサリ買ってくるせいぜい三枚入り10ドルぐらいの量産型布の服だ。お金持ちのアキちゃんだってここまで高い服の話をしたことはない。そんな別次元の品物を何のためらいもなく勧めてくる僧侶ちゃん、恐ろしい子……。
「そ、僧侶ちゃん、この店はちょーーーっと高いな。道具とかも買わないといけないし」
「そうですか? 勇者さんがそう言うのなら……」
少し残念そうな顔をする僧侶ちゃん。それがまたかわいいんだよね。でもこのお店の商品は無理。
せっかくの機会なのでいろいろと見て回りたいという僧侶ちゃんと別れて、他の二人の様子を見に行くことにした。
お客はまばらだけど、こう店内が広いと見つけるのも一苦労かな……、いた! 一際目立つとんがり帽子はある意味ランドマークになっている。ローブのコーナーで商品をねめつけているマホツカを発見した。
「むむむ、いい値段するじゃないの……」
僧侶ちゃんと違ってマホツカからはわたし寄りなニオイがする。
「たかが《木綿のローブ》に100ドルって、ダサいロゴが入っただけじゃないの。こっちは《シルクのローブ》? 何でカエルのイラストが入ってるのよ。センスないわね」
ご尤もな感想をすぐ傍らに店員さんがいるのに容赦なく口にするマホツカ。つえー!
「でもなかなかいい品よね。質もいい感じだし、着心地も良さそうだわ」
それは納得だ。値段が高いのにはやはりそれなりに理由がある。安い服だとすぐに糸が解れちゃったりするからね。
「《魔術師のローブ》か。買うならこっちの方がいいわね」
さてマホツカは何か買うのだろうか。それである程度の生活水準が把握できるんだけどな。
マホツカは色とりどりのローブを手にしては鏡の前でチェックする。が――、
「惜しいけど、やっぱ高いわ」
でしょーね。
戦士は言動から何となく貴族生まれっぽい気がするんだよね。僧侶ちゃんは言わずもがな。最後にしてやっと価値観の合いそうな仲間を見つけた。
「マホツカ、一緒に貧乏トークに花を咲かせよ――」
「《ナイル》に複製品売ってないかしら? ないなら頼めばササっと作ってくれるかも……」
あれ、今聞いてはいけないことを耳にしてしまったような…………。
素材や寸法を細かく調べるマホツカを残して、わたしは消えるようにその場を後にした。
次は戦士を探すことにした。マホツカみたいに遠くからは見つけづらいかもしれないけど、こんな店で鎧姿のお客は戦士ぐらいしかいないはずだ。
「お、いたいた」
店の隅っこにある鎧・甲冑コーナー(そんな物まで扱っているんだ)でその姿を発見した。
「戦士は何か買うの――」
「実に素晴らしい!」
うわっ! びっくりした。いきなり大きな声出さないで――、
「この《ミスリルプレート》は実に良い品だ、造形といい機能美といい、しかもあのミスリルをここまで薄く加工するとは、ブランドメーカーの防具などと斜に構えていたが、匠の技を見て取れる一品ではないか、値段はその分高価になってしまっているが、この頑強さなら申し分ないだろう、しかしシンヨーク周辺にはそれほど強いモンスターが棲息していないのが惜しまれるな、この鎧の性能を試すのならもっと西へ行かなくては、可能ならドラゴン族、個体差もあるが《ソードドラゴン》辺りが手頃だろう、あいつらの鋭い角で耐久勝負をしてみたいな、だが私には手が出せない価格だ」
何かに憑かれたように鎧の解説を一気にまくし立てる戦士。なんか怖い。店員さんも明らかに引き気味だし。
「この兜は! ああ、語彙の貧弱さが情けない、私には『素晴らしい』の一言しか出てこない、この角! 何とも戦士心を刺激する角度と大きさだろうか、いや、私は兜を被らない派なのだが、これは是非とも装備してみたい、しかし私のような未熟者が着用してよい品なのだろうか、せめてもう少し強くならなければ」
今でも十分強いでしょ。戦士が装備できないのならわたしは一生被れる気がしないよ。
しかし意外な一面を見てしまった。あまり戦士の前で鎧とか兜とかについて語らない方が良さそうだ。この手のタイプは時間を気にせず話に没頭してしまう。
わたしのことを知り合いだと察知したのか、泣きそうな顔の店員さんが救いの目を向けてくる。ごめんなさい、わたしには割って入る勇気がない。あとガッツも。
「おお、この盾は――」
長くなりそうなので、戦士に気付かれないようにソソソと忍び足でその場を後にした。
店員さん、南無。
待ち合わせの時間、結局何も購入できなかった。ぐるりと店内を回ってみたが、一番安いハンカチでも予算オーバーなのだから無理に決まっている。
「ところで戦士さんは?」
「全然来ないわね」
待ち合わせの時間を過ぎても戦士が現れない。さっき鎧コーナーにいたのでとりあえず行ってみると……、まだいた。店員さんの疲弊&衰弱し切った顔が痛々しい。
「実に素晴らしいな、この店の商品は」
「は、はい……ありがとうございます」
どんなに消耗していても営業スマイルは崩さない店員さんに拍手を送りたい。よくがんばったよ、本当に。あ、ちょっと睨まれた。
「それで商品のご購入の予定は……」
これだけ長い時間付き合わしたのに何も購入しないのは悪い気がするが、戦士も値段が高いとか未熟だからとか言っていたからな、どうするんだろ。
「よし、全部くれ!」
ええー!? お金あるの? いや、無理だろ。
暴走する戦士を店から連れ出すのに、それはそれは一苦労した。
買い物はほーーーっんと疲れる。