Ⅶ.マホツカ?
「武闘家だ!」
「いいえ、盗賊さんです!」
太陽が真南に上ろうかという時刻。わたしたちは今後の予定の話し合いを兼ねて昼食を取ることにした。そう言えば朝から何も食べていなかったんだった。
《初心者の(ビギナーズ)カフェ》――わたしが三ヶ月に一度の贅沢を楽しむオープンカフェの喫茶店は、城門通りから外れた割と人気のない区画にあるお店だ。隠れスポットとして有名で、特に夕方ぐらいから帰宅部の学生で混み始める。ここなら僧侶ちゃんの追っ手共も気付きまい。
わたしが注文したのはトマトソースの冷静パスタ。一度食べてみたかったんだよね~、ボリューム不足が瑕だけど。戦士はお腹が空いていないといってパス、僧侶ちゃんはオムライスを頼んだ――ナイスチョイス!
食べ終わる頃にはお客も捌けてきて、外の席にはわたしたちしかいなくなった。これなら心置きなく旅について会話ができる。
話し合いの議題は残りの仲間のことだ。人数的にはあと一人だろう。あんまし多くても動きづらくなるし、馬車なんてほしくない。そこで最後の一人はどの職業の人を仲間にするかを決めようとした――んだけど、思わぬ問題が発生した。
「盗賊なんてやましそうな奴を連れて行けるか!」
「武闘家さんでは攻撃一辺倒なパーティになるだけです!」
職業カタログ《月刊ダーマ》を広げて議論しているうちに、戦士と僧侶ちゃんがいつの間にか熾烈な舌戦を繰り広げていたのだ。二人とも負けず嫌いなのか、両者折れる気配がない。
それにしても職業も随分と増えたものだ。わたしが知る限り、五年ぐらい前まではせいぜい二十前後だったのに、何か啓発革命でも起きたのだろうか、今や優に五十はある。
戦士、僧侶、魔法使い……基本だな。吟遊詩人、踊り子、風水師……キワモノだな。浮気探偵、万引きGメン、ゴリ押し剣闘士……何これ?
「勇者、攻撃こそが最大の防御だと思うよな!」
「俊敏性こそが窮地に陥った時の助かる術ですよね、勇者さん!」
まずい、のん気に雑誌を読んでいる場合ではない。二人が形成するバトルフィールドに巻き込まれてしまう。
烈しく燃え上がる四つの視線がわたしに注がれる。言えない、「魔法使いを仲間にしたいんだけど」なんて口が裂けても言えない。
公平に「ジャンケンで決めよっか?」なんて安易な提案した日には二人の蔑視と罵倒を浴びることになりそうだ。迂闊に単純な解決案を提示できもしない。
まさに八方塞がり。ああ、どうしたもの――か?
雲ひとつなかった晴天なのに、ふとわたしに影が掛かった。
「勇者はっけーん!」
勇者? わたしのこと? 何だか頭上から声がしたような…………べふっ!?
何かが空から強襲してわたしを思いっきり押しつぶした。な、なに!?
「着地成功! ってあれ? 勇者は?」
「踏んでる! 踏んでますってあなた!」
「ん? ああ、メンゴメンゴ」
起き上がって空から飛来して来た人物を見ると、くすんだ黄色のとんがり帽子を被った、これまた同い年ぐらいの少女だった。僧侶ちゃんよりも白い肌と少し青みがかった瞳は北部生まれの人に見られる特徴である。
天から降ってきた少女との邂逅はいいんだけど、アイスティーを顔面から垂らした状況ではロマンチックもファンタスティックもあったもんじゃない。とりあえず僧侶ちゃんが差し出してくれたハンカチで顔を拭く。見たことがあるマークが刺繍されてあったので見なかったことにした。
「……え――ーっと、フーアーユー?」
「ふふん、見てのとおりよ」
サイズが合ってないんじゃないかと思える大きなとんがり帽子にはピンク色のリボンが巻かれていた。真っ黒なローブを身に纏い、腕には怪しげに光る腕輪。普通に考えるなら魔法使いと言ったところかな。
しかし、魔法使いの証である杖またはデッキブラシは手にしておらず、代わりに細長い棒でも入っているような黒い皮製の袋を携帯していた。
これは間違いなく引っ掛け問題の類だ。
「ズバリ魔法使いに扮した《バーサル棍使い》でしょ!」
「……つまんない冗談ね。無理して捻る必要ないのに。それとこれはただの釣竿よ」
うっ、普通にツッコまれてしまった。そこはもうちょいノッてほしかったんだけど……。まあ、初対面の人に求めることでもないか。
「それで、魔法使いさんがわたしに何の用?」
「もちろん、勇者の仲間になるために決まってるじゃない」
わたしが勇者ってこと意外に広まっているのかな。あのチャランポランコンビのことだ、「城から似顔絵をばら撒いちゃったー、キャハ☆」とかなっているかもしれない。そう言えば僧侶ちゃんって何でわたしが勇者だと分かったんだっけ?
その件はとりあえず置いとい、て。
念願の魔法使いが仲間にしてくれと言ってきているのである。わたしとしては断る理由はないんだけど、他の二人はどうなのだろうか。
「わ、私は勇者が決めたことなら誰だって構わんぞ。否定はせん」
「私も勇者さんに、お、お任せします」
不毛な戦いに嫌気が差したのか、二人は目を合わさず気まずい顔で返答してくる。まったく、素直じゃないな。
それじゃ、これで決まりだね。
「あ、二人の仲間を紹介するね。こっちが戦士で、この子は僧侶ちゃん」
自称魔法使いの少女は二人を見た後、なぜかわたしを注意深く見つめてくる。もしや……。
「ふ~ん。何だ、みんな女なんだ。イイ男がいると思ったんだけどな」
ははは、それはそれは残念なことで……――!?
「い、今何て言ったの!?」
「え? イイ男がいると思って?」
「違う違う、その前!」
「前? えーっと、みんな女がどうとか、ぎゃっ??」
わたしは魔法使いに抱きついた。人目はなかったけど、たとえ衆人環視の中でも同じことをしただろう。だってわたしのことを『おんな』だと認識してくれたんだから。
「ぐ、ぐるじい……、ギブ! ギブギブ!」
魔法使いの情報がわたしの頭に流れ込んでくる。体に接触してればいいんだ、これ。
職業 魔法使い
レベル 11
武器 なし
防具 古ぼけたとんがり帽子 黒いローブ
装飾品 よい香りの腕輪
う、う~ん。なかなかの強さのことで。結局わたしが一番レベル低いんだ……。
「げほげほっ、ワタシを殺す気!?」
「ごめん、つい嬉しさのあまり」
何はともあれ、これで旅の仲間が揃ったわけだ。
「それじゃよろしくね、魔法使い…………?」
「どうかしたのか、勇者?」
魔法使い、か。戦士、僧侶、魔法使い。せんし、そうりょ、まほうつかい……。
「ながい」
六文字は長すぎる。なぜか四文字以内でないと駄目な気がするのは気のせいだろうか? いや、気のせいではない! 世界の真理、星の定めだ!
「別にいいじゃない、長くたって」
いいや、呼び名は大事だ。一度可決された呼称は死ぬまでその名で呼ぶ/呼ばれてしまうんだよ! 初等学校の時、学級委員長だった委員長ちゃんは、中等、高等学校になってもずっと委員長ちゃんと呼ばれ続けている。別にもう委員長でもないのに、だ。呼び名を変えることは人生をリセットすることの次ぐらいに難しい。あれ? 委員長ちゃんの本名って何だっけ?
「何かいい案はないかな?」
「『メイジ』ではどうだ?」
「『ウィッチ』さん、はどうでしょうか?」
「ワタシは何でもいいけどね。何なら格好良く『ウィザード』でいいわよ」
う~む、どれもしっくりこないな……。
もっと呼びやすく、分かりやすく、愛着のある呼び名。魔法使い……まほうつかい……まほうつか……ねるねるね……「ウマイ!」じゃなくって……まほつか……まほつか?
「『マホツカ』、か」
これだ、これしかない!
「よろしくね、マホツカ」
「何その珍妙な呼び名は!? 却下却下!」
何でもいいって言ったじゃん。残念ながら異論は認められない。ふっふっふ。
「私はいいと思うぞ」
「私も賛成です♪」
多数決により『マホツカ』で議決された。民主主義に則った正当な決定だ。
「改めて、よろしくね、マホツカ」
「むむむ……、仕方ないわね、我慢してあげるわよ」
マホツカと固い握手を交わす。
ん?
所持重量 682 ※およそ一トン
所持重量? そんな項目があったんだ、へぇー…………一トン?
「どしたの勇者?」
マホツカは釣竿入れの皮袋に腰掛けると、ふわりと宙に浮いた。
魔法使いがよく浮いているのって、まさかそういうことなの?
気になる。一体何を所持しているというのだ。そのローブの中に……。