Ⅵ.僧侶ちゃん♪
一人目の仲間を加えたわたしは、複雑な気持ちを引きずりながら、戦士と共にシンヨークの街を北へと歩いていた。
次の目的はズバリ僧侶を仲間にすることである。彼らが使う《法術》と呼称される癒しの術は、危険な旅には必要不可欠と言っても過言ではない。
そこでわたしたちは法術の裏千家と称される、世界で初めて法術を体系化した一派こと《セルゴード教》の門を叩き、旅の同行が可能な僧侶を一人仲間にしようという魂胆なのである。
そんな大仰そうな人たちの所にアポなしで訪ねて大丈夫なの? と思うかもしれないが(わたしは思った)、どうやら戦士には知り合いがいるそうなのだ。何と頼りになることか。
「あれ? ここって……」
中央公園から歩くこと少し、巨大な十字路に出た。城門通りと、西へ伸びる《ヨーク街道》が交差する陸路の拠点《エルメ・クロス通り》だった。
「勇者は来たことがあるのか?」
わたしが? 《エルメ・クロス通り》に? ふっふっふ、モチのノンですよ。
この通りはシンヨークが世界に誇る最大のファッションメーカーこと《エルメ・クロス・カンパニー》の本店がある場所だ。それゆえか、通りの近辺には流行りの服装や奇抜なファッションに身を包んだ女性がたくさん歩いているという話ではないですか。わたしみたいな布の服を好む《ヌノラー》がおいそれと近づいていい場所ではないのですよ。いや、別に好きこのんで布の服ばかりを着ているわけじゃないんだけどね。
しかもそれだけではない!
わたしは十字路の角地にそびえ立つ本店ビルを見上げて感慨に耽る。
《エルメ・クロスで晩餐を》――シンヨークに住む女の子ならば誰もが耽読したであろう恋愛小説。その物語の舞台がまさにここなのだ。つまりは聖地なのだよ!
「トーミとジナーはここで出会ったんだ……」
季節は冬の本店ビルの正面。そこから北へ行こうとしたジナーが偶然トーミとぶつかるシーンから物語は始まる……――!!
「ぎょはっ」「きゃっ」
突然曲がり角から走ってきた人とぶつかった。
「いつつつ~……ごめんなさい、大丈夫ですか?」
お尻を地べたにつけて転んでいたのは小さな女の子だった。青を基調として白銀のラインが入った清楚感のある服に、同じ色調の帽子。その大きめな帽子が頭を覆い隠すように被られているのが何とも可愛らしかった。
「いえ、こちらこそ……!! ちょ、ちょっとすみません」
金色に輝く髪が目を惹く少女は、慌てて立ち上がると隠れるようにしてわたしと戦士の背後に回った。な、なに!?
「すみません、しばらく匿わせてもらえないでしょうか」
「え? それってどういう……」
ドドドドドっと、水牛の群れが大挙して押し寄せるような音が猛スピードで近づいてきた。
「ひっ!?」
白煙を巻き上げながら接近する集団、その全員がダークスーツに黒のタイ、さらに日差しが強いわけでもないのに皆一様にサングラスを掛けていた。あまりの凄みに思わず身が竦んでしまう。こういう一団とは目を合わさずやり過ごすのが――、
「そこの男おぉ!!」
ん? え? なぜかわたしの方を見ているような……あ、目が合った。
「そうだ、おまえだ。ここらを金髪で法衣姿の少女が通らなかったか?」
わたしを男と勘違いした上に、さらに偉そうに上から物を言う態度。何とも癪に障る無礼な男だ。でも後ろに三十人ぐらいの控えがいるため怖くて文句など言えたものじゃない。
「え、えっと……、あ! それらしい女の子がヨーク街道を西へ走っていったような……」
「確かだな? よし、いくぞおまえら!」
ドドドドドッと、地鳴りを発しながら黒ずくめの集団が去っていく。何だったのいったい?
「助かりました」
わたしと戦士の陰に隠れていた少女が安堵した顔でひょこっと身を出す。
「ひょっとしてあなたのことを探してたの、あの人たち?」
「はい、そうです。黙って家を出ようとしたら見つかっちゃいまして。本当にありがとうございます。お礼はいずれ…………」
お礼……何とも甘美な響きの言葉。できればお米五キロがいいな……、いや、今はやはり銅の剣? ってそうじゃない! なぜか少女がつぶらな瞳でわたしの顔をじーーーっと見つめてくる。既視感があるのは気のせいだろうか。
「もしかして、もしかするとなんですけど、勇者様……でしょうか?」
勇者? わたしが? ふふ、同じ轍は踏まないよ。ここは冷静に切り返す!
「いいえ違います。通りすがりのただのヌノラーです」
完璧、だ。
「やっぱり勇者様なんですね! こんなに早くお会いできるなんて、感激です」
あっるぇー? なんで? 勇者=ヌノラーなの?
少女の顔は、徹夜で暗記した情報を引き出そうとする学生のような表情からヒマワリのような明るい笑顔になった。そんなに勇者に出会えたことが嬉しいのか、な?
今にも踊り出しそうなほど喜ぶ少女の姿は、山で舞茸を発見した時の母みたいだ。
「あの、あなたは?」
腑に落ちない点はとりあえず置いといて、まずは話を進めないと。
「おっと、これは失礼しました。私は見てのとおり、通りすがりの僧侶です」
僧侶……か。確かに帽子と着衣には神に仕える者の証である十字の刺繍が入っている。
「もしかして一緒に旅がしたいとか?」
「はい、そうなんです。さすが勇者様、話が早い」
二人目の仲間希望者、しかも狙っていた僧侶が仲間になってくれるとは嬉しいことこの上ない。小槍の上でもないのに踊りたくなる気分だ。
がしかーし! 実際問題どうなの?
年齢はわたしより一つか二つ下だろう。愛くるしい瞳に、愛くるしい鼻梁に、愛くるしい唇に……、と・に・か・く・カワイイ! の一言に尽きる!! くだらない美辞麗句など彼女の前には不要である。庇護欲を掻き立てられる小さな身体は思わず抱きつきたくなるほどだ。同じ女のわたしだけど嫉妬を通り越して、神様もほったらかしにして崇拝したくなってしまう。
ゆえに……、ゆえにこんなカワユイ子を危険な旅に連れて行くなんて、わたしにはできない。
チラッと戦士にアイコンタクトを送る。難しい顔をする戦士の反応は、どうやらわたしと同じ意見のようだ。
「駄目……でしょうか?」
あどけない表情で上目使いにわたしを見つめる少女。見ないで、そんな穢れのない瞳でわたしを見ないで!
「ご、ごめんなさい。これは命の懸かった危険な旅なの。だから……だからあなたみたいな子を連れて行くわけには…………? あれ、この十字は……?」
一見普通の十字架に見えた白の刺繍だったけど、よく見るとちょい違う。交差部分が通常よりも太くなっていた。毎週母と教会に通うわたしには分かる。ご利益はお察しのとおりだけど。
「あ、分かります?」
自称僧侶な少女は、モデルショーみたいにその場でくるりと回転した。か、かわいい……、ヤバイ、かわいすぐる。おっと、思わずヨダレが、いかんいかん。
「エルメ・クロス製なんです。この法衣と帽子はオーダーメイド品でして」
なるほど、十字架じゃなくってエルメ・クロスのロゴマークだったんだ……、ってオーダーメイド!? 一番安価な服でもわたしの毎月のお小遣い五年分ぐらいの値はするって聞いているのに。それがオーダーメイドって、ええー!?
「訊くが、もしやセルゴード家の者か?」
呆気に取られているわたしに代わって戦士が話を進めてくれる。
「ええ……はい」
言い辛そうな顔もかわいいな~。
「やはりそうか。さっきの連中もそれで納得がいく」
どゆこと? わたしを置いてけぼりにしないで~。
「私も似たようなものなのだが……いいのか?」
「はい、覚悟はできています」
真剣な顔もかわいいな~。う~ん、これが癒しか。
はっ! 違う違うそうじゃない。
「どうなの、戦士」
「私は彼女を同行させるのに反対はしない。後は勇者の判断に任せる」
そっか、戦士がそう言うのなら余計な気遣いはいらないのだろう。
わたしは黙って手を差し出した。こういう時に言葉は不要である。
少女は小さな手で力いっぱい握ってくれた。
「それじゃよろしくね、僧侶ちゃん。女の子同士仲良くしましょう!」
「はい勇者さ…………はい?」
またか、またなのか。わたしってそんなに男に見えるの? それとも『おとこ』だから?
わたしは僧侶ちゃんに説明した。長いので以下略。
「なるほど、そういう事情があるんですね」
納得してもらった僧侶ちゃんと再び固い握手をする。本当は抱きしめたかったけど。
あっ、また来た。戦士の時と同じ感覚が……。
職業 僧侶
レベル 7
武器 なし
防具 蒼天の法衣 蒼天法帽 ※《エルメ・クロス》オリジナル 二八〇年春モデル
装飾品 形見のロザリオ 誓いの指輪
普通だ、よかったー。可愛い顔してレベル50とかだったらどうしようかと――ん?
所持金 ノスシィ、ヌ、ュ、・マーマ、カ、ィ、ニ、、、゛、ケ。
所持金……だと?
しかもこれは何だ? も、もしかして認識できる範囲を超えているってこと!?
「よろしくお願いしますね、勇者さん♪」
僧侶ちゃん、あなた一体何者……なの?