Ⅴ.戦士!
悪夢のゲイバー事件の翌日、わたしは《シンヨーク中央公園》にいた。昨日は家には帰らず(帰りづらく)、ここで野宿をしたのである。勇者生活初日目で野宿って……。
結局酒場では仲間を一人も得られず仕舞い、これからどうすべきか悩みどころである。再度お城に赴いて今度はちゃんとした紹介所を教えてもらうのがベターな選択肢だけど、国のナンバーワン・ツーの役に立たなさを鑑みるに、足が向くはずがない。それに大臣には絶対に会いたくない!
とはいえ、「魔王討伐の旅に一緒に行きませんか?」と、何の捻りもない勧誘で危険な旅に同行してくれるお人好しはいないだろうな。魔王の根城に金銀財宝が眠っているのなら望み有りかもしれないけど、そんな現金な手段で仲間を集めたくはない。
どのみちわたしが勇者であることは秘密なので、そんなことできないんだけどね~(仮にそう話して信じるバカ正直な人はこの街にはいない)。
木漏れ日の射すベンチに腰掛け、園内を見渡した。舗装された遊歩道では汗を流しながらランニングをする人々、シンヨークの国章を模ったモニュメントが取り付けられた噴水の周りには幼い子供が水に触って遊んでおり、その母親らしき人たちがすぐ傍らで談笑をしていた。楽しそうな笑い声がここまで聞こえてくる。
「平和だな……」
魔王が復活したことをどうやって王様たちが察知したのか、そう言えばわたしには教えられていない。
本当は魔王なんて復活してないんじゃないの?
あのズボラコンビのことだ、「間違いだったー、てへっ☆」とか言ってくるかもしれない。
と思いたくなるほどの平穏な空間が公園のいたる場所で咲いていた。
「はぁ、これからどうしようかな……」
グタッと肩を落としてうな垂れるわたし。その姿はさながら、商売振るわず店が潰れてしまった商人か、怪我でリストラされたお城の騎士のようだった。哀愁漂う光景に土鳩の一羽も近寄ってこない。
「あの、少しよろしいだろうか」
晴天の下に出現したゾンビみたいな状態のわたしに、凛とした声が掛けられた。
「え? ああ、はい」
顔を上げて見ると声の主は女の人だった。歳はわたしと変わらないぐらいだろう。腰まで届くストレートな緑の黒髪に、濃い黒の瞳。鋭く整った顔立ちは綺麗というよりかは凛々しいといった方がしっくりとくる。
「この辺りで灰色の髪をした長身の男性を見かけなかっただろうか」
灰色?
シンヨークで最も多い髪の色はブラウン系で、次点は金。灰色は比較的少ない方かな。わたしは(母曰く)父親譲りの灰色だけど、生憎長身でもなければ男でもない。
「見ていませんよ。他に特徴はないんですか?」
女性の顔には若干の焦りの色が見られたので、できる限り協力して上げようと思った。どうせ暇だし。
「確証ではないが、青単色の旅人の服を着用していて……」
青単色? 随分とセンスのない服装だな。
「こん棒を複数本所持している可能性が有りで……」
こん棒? 随分と野蛮な物を持っているな。
「もしかすると女性に見えるかもしれないが、正真正銘の男――……」
言葉を止めて女性は懐から取り出したペラ紙とわたしの顔を交互に見比べ始める。その表情は答えの分からない二択問題のどちらを選ぼうか迷っているみたいだった。そして意を決した顔で――、
「あの、もしかして、もしかすると……勇者殿だろうか?」
勇者? わたしが? はっははー、なかなか勘が鋭いなこの人は。
「分かります? 実はそうなんですよ。これが勇者の証でして――」
――じゃないでしょ!! 思わぬ失態。わたしが勇者であることは関係者以外には口外無用な情報だった! どどどどうしよう? タイムマシンはゴミ箱の中か!?
いや、冷静になれ。彼女の方から尋ねてきたのだから、わたしが勇者であることに目星があったはずだ。もしかすると関係者かもしれない。
「それはまさしくシンヨーク王家の証! やはりあなたが勇者殿でしたか」
曇天だった表情が一瞬にして快晴へと変わった。
「勇者殿とは露知らず、失礼な物言いをしました。絵と大分違っていたので」
そう言うと、手に持っていた紙を見せてくれた。
「…………誰?」
そこに描かれていたのはまさに絵に描いたような美少年だった。剣を大地に刺し、屈んだ姿勢で遥か彼方を眺めている。どこか憂いの秘めた瞳だが、何かを果たそうとする強い意志が伝わって来た。眉目秀麗、質実剛健、長身白皙、そんな言葉が似合いそうな完璧な存在である。しかし三次元にこんなナイスガイはいないよ。
わたしとの共通点を挙げると、髪の色と肌の色と瞳の色だけ。残りは全て違うパーツになっていて……ってほとんど違うじゃない! 誰だよこれを描いた人? むしろこの絵を見てわたしに可能性を見出した彼女の目を疑いたいんですけど!
様々な疑問が頭の中を巡りめぐっていると、女性がいきなり跪いて頭を垂れた。な、なに!?
「勇者殿、無礼を承知でお願いがあります。どうか私を魔王討伐の旅に同行させて頂けないでしょうか!」
すぐ周りに誰もいないのが唯一の救いだった。こんな主従関係みたいなのを誰かに見られたら恥ずかしくて逃げ出したくなる。良くて劇の練習、悪くて借金の取立てだ。この女の人もよく公園でこんなことできるな。
顔を上げた女性と目が合った。さっきの絵の空想勇者と同じ、一点の曇りのない澄んだ瞳。これを昨日までに見ておければ、王様の演技を簡単に見抜けたことに違いない。
「あ、あの、話が急で追いつけないんですけど……、えっと、あなたは?」
「これは失礼しました」
すくっと立ち上がった女性は、右腕を胸の前で水平に置く姿勢を取った。
「戦士を名乗っております。勝手ながら事情は深く追及してほしくないのですが……」
「戦士……」
か。確かにそのとおりだった。頑強そうな鋼鉄の鎧を装備し、腕には同素材のガントレット、脚には薄くて軽量そうなレガース。そして腰には戦士の証というべき一振りの剣が吊るされていた。
それに加えて、服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体は、力強さと同時に女性らしいしなやかさを兼ね備えていた。彼女が戦士と名乗るのに嘘偽りはなさそうだ。
「駄目……でしょうか」
う~~~む。
見た目は(わたしなんかよりも)かなり強そうだ。それに武芸者ならではの礼節のある立ち振る舞い。わたしと同い年ぐらいなのに、こうも人は育ちによって違うのかと痛感させられてしまう。
素性は確かに気になるけど、少なくとも勇者と魔王の存在を知る者なのだ。一度騙された経験のあるわたしだからこそ、彼女の言動が本気なのが分かる。
それに騙されたところで失うものは何もない(あってもこん棒だし)。ここは彼女の真摯な思いを素直に受け入れよう。
「いえ、こちらこそ是非!」
わたしは彼女を仲間にすることにした。決め手はやっぱ女性同士で気が楽そうだってことかな。それと仲間に飢えていたってことも。
手を差し出すと、戦士は強く握ってくれた。
「ありがとうございます、勇者殿」
「はは、敬語はやめてほしいな。歳は一緒ぐらいだし、それに女同士なんだから」
「そうか、なら遠慮なく……?」
意外な顔をされたよ。彼女の頭の上にはっきりと「?」マークが浮かんでいるのが見える、見えるぞ! わたしの言葉の前半と後半どちらに対してかは……まあ、あえて述べる必要はないよね。
「勇者殿は『おとこ』だと聞いていたので、つい先入観で……」
戸惑う戦士に経緯を説明した。母のヘンタイ趣味を語るわけにはいかなかったので、男性だといろいろと都合が良い的なことを伝え納得してもらった。絵に関しては破り捨てた。
「そうでしたか、これは失礼しました」
「だから敬語はいいって」
「なら遠慮なく」
再び固い握手。
ついに、ついに一人目の仲間がパーティ・インしてくれた。
?
何? 嬉しいからだろうか。握り合った手を通して戦士の何かがわたしに送りこまれてくるような気がする。これはいったい……?
職業 戦士
レベル 30
武器 鋼の剣 真鍮の短剣
防具 鋼の鎧 鋼のガントレット 鋼のレガース
装飾品 大力の腕輪
こ、これは昨日の昼にも似たようなものを見たことがあるような……。
しかし、驚くべきはそこじゃない。
「さ、レベル三〇!? え、年齢じゃないよ……ねぇ?」
「どうしたんだ、勇者?」
「あれ? 戦士には何も見えないの?」
「何のことだ?」
どうやら戦士には一文字たりとも見えていないようだ。
もしかすると勇者だけが使える技なの? 何とも残酷な現実を突きつけてくれる。
「足手まといになるつもりはない。いざとなったら置いていっても構わんぞ」
「え、ああ、うん……」
それは絶対にないよ。むしろわたしの方が余裕で足を引っ張るか、な。
はは…………はぁ。