Ⅳ.お酒は二十歳を過ぎてから
《城門通り》――その名のとおり、シンヨーク城の表門からまっすぐと北へ伸びた幅広の道のことを指す。シンヨークの主要路であり、貿易協定を結んでいる諸外国から輸入された物品が行き交う場所である。長さは約一キロあり、今日も休日だというのに人や馬車の往来が激しかった。
活気溢れる景色を傍目から見ていると、とても世界に危機が迫っているとは想像できない。擦れ違う人々もわたしを勇者だと知らないので、目を合わすこともなく通り過ぎていく。
大臣様曰く、魔王が復活したことと、わたしが勇者であることは関係者しか知らされていないとのことだ。理由は余計な混乱を招きたくないからみたい。
けれど、魔王の復活が流布されたところで、幾ばくの人が混乱に慌てふためくだろうか。日々の生計を立てるためには働かなくてはならないので、どのみち世界はこのままの状態で回るような気もしないでもないが……、
「ここかな」
考えごとをしながら歩くことお城から数分、目的の酒場に到着した。
城門通りから一本路地に入った場所で、一般的な飲食店ほどの大きさの構えのお店には『バー・ウィズ・ルイージ』とポップな字体で描かれた看板が取り付けられてあった。
「……なんか悪趣味なお店だな」
二階建ての年季が入った建築物はとにかくモスグリーンだった。幸い路地は昼なのに薄暗く、周囲と比べて極端に目立っているわけではなかった。しかし間近で見れば異彩を放っていることがよく分かる。一人で入店するにはかなりの勇気が必要そうだ。
一抹の不安を感じながらも、わたしは意を決して店内へと入ろうとした――けど予想どおりお店は営業時間ではないようで、ドアには「準備中」の札(金髪のお姉さんがウィンクしているイラスト付き)が掛けられていた。
夜になるまで待とうかと考えたが、夜は夜でお店の仕事が忙しく迷惑になるのでは? と思い、とりあえず話だけでも聞いてもらないかと、ドアを数回ノックする。
「すみませーん」
…………、
…………。
反応なし。従業員の人はみんな就寝中なのだろうか。
――と、諦めて出直そうとした時、ドアがバーンっと勢いよく開いた。
背の高い男性だった。きれいに刈り上げられたスキンヘッドに青みが薄く見える顎髭。眠たそうな二つの眼には明らかに怒りの成分が含まれていた。
「す、すみません。わたし勇者なんですけど、お城の大臣様からこのお店を紹介し――」
「いま何時だと思っているのよ!! 来るなら日が沈んでからにして頂戴!!」
ガチャン! と壊れそうなぐらい大きな音を立てながらドアが閉じられた。
…………。
親や先生以外の人に怒鳴られたのはいつ以来だろうか……。
仕方がない。時間をわきまえなかったわたしが悪いのだ。
夜になるまで、ぶらぶらと過ごすことにしよう。
「アナタどう見ても未成年でしょ!! 来るなら大人になってからにして頂戴!!」
バタンッ! と近所迷惑になるぐらいの大きな音を立てながらドアが閉められた。
…………。
いや、まあ、正論と言えばそうなんですけど。
わたしは呆然と「営業中」の札(丸刈りのお兄さんが投げキッスしているイラスト付き)が掛けられたドアを見つめた。
ど、どうしよう? 他に行くアテなんかあるわけないし、一人で旅立つなど絶対無理!
仮にもわたしは勇者である。事情を聞いてもらえれば中に入れてくれるはずだ。
大臣様から話が伝わっていることを信じて、月夜の下、もう一度ドアを叩いた。
「アナタが勇者? 絵で見るよりもオンナっぽい…………、まあいいわ。さっきは追い返しちゃってゴメンナサイね」
「しつこい!」と怒鳴られたが、何とか食い下がろうと思い、閉まるドアに顔が挟まりながらも事情を伝えると、昼とついさっきわたしを追い返した男性が裏から店内へと入れてくれた。聞けばこのお店のマスターだという。
洒落っ気のあるお店……と言えば聞こえは良くなるだろうか。外装もそうだったけど、店内の色調もそれに勝るとも劣らずの極彩色カーニバルだ。真紅の布や真緑の絨毯、テーブルや椅子にはところ狭しと七色に輝く宝石が散りばめられていた。
目の疲れそうな部屋に案内されたわたしは、さっそく本題を切り出す。
「ここで旅の仲間を紹介してくれると聞いたのですが」
キセルをスパスパと吹かしているマスターは、ダークグレーのツイードスーツにノーネクタイ&ノーシャツという出で立ち。左右全ての指にデカイ宝石の取り付けられた指輪をはめていた。どうやらお店のインテリアデザインはマスターの手によるものらしい。
「う~ん、五年前まではそうだったんだけどね~、たいして儲けにならないからやめちゃったのよ。世も末ってヤツ?」
クネクネと全身を不気味に動かすマスター。会話の内容よりもそっちに意識が持っていかれそうだ。
マスターが話す儲けとはいわゆる紹介料のことだろう。確かに、酒場で仲間集めなどひと昔前の商売だ。交通の便が発達した今のご時勢では、対モンスター用のボディガードの仕事も年々減少していると、新聞の社会欄に載っていたような気がする。
「あ、でも心配しないで。昔のよしみでいい人紹介できるから」
それは助かった。でもなぜだろう、胸の裡でざわめく嫌な予感は。マスターの妙に女性っぽい仕草と喋り方が関係しているのかな?
「それで、どんな人が希望なのかしら?」
苦楽を共有する仲間、安易な考えで決めるつもりはない。理想のメンバー構成は既にわたしの頭の中では完成している。
まずは――、
「『戦士』の方はいませんか? あらゆる近接武器を使いこなす屈強な人は」
物理攻撃は戦闘の基本だ。魔法と違って何も制限がなくいつでも安定したパフォーマンスを発揮できる戦士は長い旅には必須の職業だ。異論は許す。
「戦士? それならミザリーちゃんがいるわよ♪ ミザリーちゃ~ん」
ミザリー……ちゃん? 女の人かな。
しばらくすると鍍金がギラギラ光るドアが開いた。そして部屋に入って来たのは確かに屈強な――男性だった。白のタンクトップに青のジーンズという黄金の(?)組み合わせ。鍛え抜かれた筋肉は並みの鎧より防御を上回りそうだ。
「ミザリーです! よろしくお願いしまっす!」
「どう? ミザリーちゃんは料理も上手なのよ」
「……パスでお願いします」
「そう? せっかくいい子なのに……」
人を見た目だけで判断するのは良くない事だけど、これは無理だった。いや、まじで無理。
戦士というより蛮族に近かったミザリーちゃんは「うっす、失礼しました」と言い残し、心底残念そうな顔で部屋から退出した。
「他はどんな人を希望するの?」
戦士が駄目なら、次は――、
「『僧侶』の方はいますか? 癒しの法術を会得した神に仕える者は」
回復手段無しでの戦闘は危険だ。傷ついた肉体を治すのにアイテムだけでは心許ない。やはり僧侶は必須のジョブであろう。異議は認めない。
「僧侶? それならマゴットちゃんがいるわよ♪ マゴットちゃ~ん」
マゴット……ちゃん? 女の人……かな。
「呼んだ~、マスタ~?」
ドスドスと足音を鳴らしながら入室したのは筋肉の塊だった。神に祈るべき時間を、体を鍛えるために費やしていそうな人だ。十字架を天にかざすよりもダンベルを持ち上げる方が似合っている。それと言わずもがな男性だ。
「マゴットで~す☆ よろしくお願いしま~す☆」
「どう? マゴットちゃんは裁縫も得意なのよ」
「…………パスでお願いします」
「またぁ~? せっかく素直な子なのに……」
マスターの眉間に深いシワが寄る。二回連続の却下に機嫌を悪くしているのであろう。
でも無理なものは無理なんだもん! なんで筋肉ファイターばっかりなんだよ!?
僧侶のそ(・)の字も感じさせないマゴットちゃんは「もう失礼しちゃう~、ぷんぷん★」と言い残してその場を辞去した。
「で、他は?」
僧侶が駄目なら、最後は――、
「『魔法使い』がいいです。強力な魔法を唱え、モンスターを一掃できる者が」
制限はあるが魔法の力は絶大だ。物理的な攻撃だけでは時として窮地に陥る。やはり魔法使いは必須なロールであろう。異存は許す。
「魔法使い? ならドロシーちゃんがいたわ♪ ドロシーちゃ~ん」
二度あることは……、
「呼んだか、マスター?」
なぜか上半身裸のセクハラ脳味噌筋肉野郎が入って来た。なぜ、だ!?
きっとわたしは夢の中にいるのだ。誰かこの悪夢から覚まさせてくれ!
「どう? ドロシーちゃんはヘッドショットが十八番なのよ」
魔法使いと全然関係ないし!
「………………パスでお願いします」
「ええー! なんでー!? みんないい子なのに――あれ? よく見るとアナタ……」
マスターがわたしを舐め回すように怪しい瞳で見つめてくる。悪寒が背筋を駆け抜けた。
「意外とカワイイ顔してるじゃな~い♪ どう? うちで働く気ない? 悪いようにはしなわよ☆」
「小生も賛成します。共に男の道を極めようではないか」
「――!?」
接近する二つのむさい顔を撥ね退け、わたしは脱兎のごとく全速力で遁走した。決して振り替えることなく無我夢中で。
後で知ったことだけど、そのお店はゲイバーだった。
大臣、まさか……。