ⅩⅩⅩⅢ.決着のとき
『――さあ、終焉の宴を始めようか』
底冷えする声が心を侵食するように聞こえてきたのは、まさに勝利を確信した時だった。
「矮小な生命を絶て……《水邪の豪斬魔法》」
高加圧された水の刃が床を、壁を、海を、雲を、あらゆる物質を両断しながらわたしの真横を走り去った。直感による咄嗟の判断だったけど、回避できたのが奇跡に等しい。
「な――何が起きたんだ!?」
「海が……海が真っ二つになってますよ」
外を見渡すと世界が垂直に二分されていた。その景色に全身から血の気が失せていく。わたしたちは常に生死の境目で戦っているのだと、この期に及んで思い知らされる。
「フッフッフ、さすがは勇者だ。完全に不意を突いたと思ったのだがな」
この声は魔王……。残念ながら今さら聞き間違えようがなかった。
「まだ、生きていたなんて……?」
黒い巨影を生む新たなる形態となった魔王。まさに我こそは王だと言わんばかりに目をぎらつかせながら、王座があった場所に鎮座していた。
「ハハハハハハハッ! これこそが我が真の姿だ。その名も《魔王・ファイナルエヴォリューション》!! 今までなど只の前座に過ぎん!」
もはやツッコム気すら起きない。いいかげんにしてくれ。
「まだ変身するの? もう飽きてきたんだけど……」
「クハハァッ! 我が変身は108まであるのだ。まだまだ続くぞ!」
いや、今ファイナルって言ったじゃん! これがどう考えても最後の姿だろ。分かりやすい嘘をつくでない。
にしても、確かに最終形態に相応しい姿形だった。何より目を瞠るのはその体躯。天井まで届かんとする巨大な浅黒い体は、鋼鉄のような甲殻に覆われていた。そして五本もある長い尾は先端が剣の一振りとなっており、動く度に城に傷を増やしていく。なんて迷惑な姿だよ。
大は小を兼ねる時代などそろそろ去りそうなのに、とにかく「デカイ=強い」という発想に至るのは、いかに十四年前から何も進歩していないのが窺える。
しかし、その強さは本物だろう。正攻法で勝てるとは思えない。海を割る魔法を使うほどだし、そもそも今までの形態だって相手の間抜けっぷりのおかげで撃破できたのだから。
「ちなみに言っておくが、この最終形態の我が戦闘力は5300だ!」
「ご……五千三百?」
って言われてもどれだけ強いのかよく分からん。ってか戦闘力ってなに? (攻撃力+防御力)×(素早さ/2)とか?
「それでは最期の戦いといこうか、我が宿敵勇者よ!」
「――っく!」
魔王の全身からドス黒い闘気が噴出される。周囲の床や柱が同色に染まり、壊死したように腐っては消滅していく。何という禍々しい負の力だ。やはり魔王は魔王だった。
「猛ろ我が身よ……《闇雷の狂化魔法》」
「なっ! その魔法は」
「フフフ、貴様だけしか使えないと思っていたか?」
光を払い除けるような黒の甲殻に、闇の光が淡く灯り出す。この巨体にして光速の素早さが備わるなど反則もいいところだ。鬼に金棒どころの例えでは済まない。
「掻き消えるがいい!」
山のようにドシンと座していた魔王が一瞬にしてわたしたちへと距離を詰めた。やばい――、
「ちょちょちょちょっと待ったーーー!」
マホツカの一言に振り下ろされていた魔王の豪腕がピタリと止まる。あ、危ねー。
「何だ、この期に及んで命乞いか?」
何事に関してもプライドが高そうなマホツカが相手に頭を下げるなんてマネするとは思えない。何か魔王を倒す妙案でも浮かんだのだろうか。
「ア、アンタばっかりズルくない? 変身とかして体力を回復するなんて。こーいう時は、普通ワタシたちを全回復してくれるってのが礼儀ってもんでしょ」
「…………フム……………………、それも一理あるな」
凶器にように尖った顎に手を当てて熟考する魔王が賛同の意を表した。一理あるのかよ?
「でしょでしょ? 本気の勇者を倒してこそ魔王の株が上がるってもんじゃない」
「確かに、満身創痍な貴様らを倒したところで後味が悪いだけだな……。よかろう。では癒えるがよい、《世界樹の雫》だ」
マイナスイオン的な清らかな飛沫が辺りに撒かれる。それに触れただけで疲労やら傷やらが瞬時に癒えていく。いつぞやの回復の泉みたいだ。
「これで満足か? ならば仕切り直しと――」
「はははーん! バカだけは変身しても治らなかったみたいね! わざわざ回復してくれてあんがと、そしてさよーな、ら!!」
まさにそのとおりだ。いかに最終形態であろうが、こちらにも規格外の猛者は一人いる。
「ワタシ考案の極大魔法の一つよ。十二分に味わって地獄の底に落ちなさい! 全てを無に帰せ! 《ライトニング・アルマゲドン》!!」
天から降ってきた極大な雷が天井をぶち破り、城ごと魔王を串刺し状態にする。余波によって謁見の間がますます崩壊したが、知ったことではない。
「相変わらず無茶苦茶な破壊力だな……」
「そうですね。けれどこれで魔王さんも……」
「ふふふ~ん。自分のバカ脳を悔やむのね~」
「……フフ、馬鹿は貴様の方だ」
なっ!? マホツカの魔法が直撃したのに無傷なの!? いや違う。これは――、
「あの世での後学のために覚えておくのだな。跳ね返せ……《暗銀の鏡鎧魔法》」
「いぃ!? 魔法反射ですって!?」
マホツカの極大魔法が魔王から解き放たれて跳ね返ってくる。その対象者はもちろん……、
「でぃぎゃぴぱああああああぁぁぁぁっぁーーーー!」
「勇者!」「勇者さん!」「あれ? 何で勇者なの?」
どうしてわたしに降ってくるー!
「ハッハッハッハッハ、これは傑作だ。仲間の魔法で死ぬとはな」
「マホツカー、何とかしろ! おまえの魔法だろ!」
「ぐ、ぐるじい……。む、無理に決まってるでしょ、もう」
「そんな、勇者さんが――」
近づこうとする僧侶ちゃんだったけど、魔法の威力がその歩を阻む。戦士の詰問に泡吹きそうなマホツカの様子を見るに策はないのだろうな。
マホツカの極大魔法、か。これは間違いなく死ぬな。現に身体の感覚が徐々に…………ん?
あり? なぜだろう。力が……、ち、か、ら、が、み、な、ぎ、っ、て、きたーーーーー!!
「な、何だ!?」
「げほっげほっ。まさか、ワタシの魔法を吸収してるの?」
全てを超越する力の本流が全身を隈なく駆け巡る。
「っぐぐ。これが勇者の真の力か。面白い、それでこそ我が宿敵!」
意気込む魔王だったが、その目には明らかに焦りの色が見てとれる。その反応は間違っていない。そして期待どおり全力全開でいく!
「はああああああああっ!!」
精霊王から授かった槍に力の全てを込める。今のわたしなら使える勇者の力の一つだ。
「《雷の神槍魔法》! いくぞ、魔王!」
発動とともに銀の槍が砕け、魔力で生成された雷の槍を魔王目掛けて投擲した。人知を超えた力が周囲の物を破壊しながら魔王の下へと一直線に突き進む。
「そ、それしきの力で――、守れ、《獄土の城壁魔法》!?」
防御の魔法で対抗しようとする魔王だったが、雷の槍がそれを突破する。
「ぶち抜けええええぇぇぇぇえーーーーーーー!」
「ッグガアアアアアァアッァァーーーーーーー!」
一条の光なった槍が魔王を貫き、戦いに終止符を刻んだ。