ⅩⅩⅩⅡ.第三形態!!!
『まだだ……、まだ終わらんぞ!』
「うわっ、まだ生きてるの!?」
再々度魔王の声が謁見の間に響く。しかし、そこには威厳も邪気も覇気もない。ただの疲労の溜まったおっさんのしわがれた声だった。
「ふはははははあぁ……はあ、はぁ。こ、これで勝ったと思ったか!」
「……そりゃ思うでしょ」
三度漆黒の魔方陣から這い出てきた魔王は第一形態の姿に戻っていた。しかしローブはボロボロのヨレヨレの穴だらけ。マントとペンダントはなくなっているし、まるで火事場から必死に逃げてきた様相だった。不気味だった鳥顔も、今や疲労感が滲み出ているせいかどこか人間味がある。ちょっと親近感が沸き起こりそうだ。
「しつっこいわね。早く死になさいよ」
「おかしいですね。あれで天に召されないなんて……」
「はっはっは。本当の勝負はこれからだぞ、勇者!」
第二形態になった時もそんなこと言ってなかったっけ? まったく、一旦引いて体制を整えればいいのに。みんな妙に負けず嫌いなんだから。
「さあ見るがいい。我が真の姿をな!」
はいはい。次はどんな臭い……もとい、外見なんだろうね~。
――っと、魔王の全身が突如光り出した。黒のメタボなシルエットが、白い光が明滅する度に膨張していく。そして――、
「くはははははははっ、これが我が第三の姿だ! その名も《魔王・ハイヤーエヴォリューション》!! 骨の髄まで恐怖を味わわせてくれよう」
「ハ、ハイヤー?」
「『高等な』、という意味ですね」
『高等な進化』って、どんなネーミングセンスだよ。マホツカといい魔王といい、いい歳なんだからチューニ病は卒業して少しは大人になれ。
そんな魔王の新たなる姿は、紫色の鱗を持つ筋骨隆々なドラゴンだった。倍以上は大きくなった体躯はとにかく筋肉の塊としか形容できない。腕は丸太ぐらい太く、誰もが羨む(?)逆三角形の肉体美。それに比べて脚は短足且つモデル並みの細さなのがアンバランスだったけど、一応二足立ちしている。
「す……すごい筋肉だな。どうすればあれだけの力を……」
「いや、戦士、感想がおかしいって。変態なんだから、どうせドーピングでしょ」
背中から生える小さな翼が頼りなさを感じさせるが、頭に三本、両肩から槍のように突き出た二本の角から雄々しさが伝わってくる。今までとは打って変わってパワータイプっぽい。
見た感じ鈍足そうな魔王・なんちゃらなんちゃらーは、ズカズカと床を踏み砕きながらノソノソとわたしたちへと近づく。そして硬く握った拳を振り抜いた。
「喰らうがいい! 《魔王・ハンド・クラッシャー》!!」
名ばかりの攻撃。要はただの鉄槌だった。分かりやすい動きゆえに避けるのは容易い。
「うわっ!?」
空を切るだけに終わるかと思えた豪打が床を粉砕して石片を飛び散らせる。しかも下のフロアまで貫通したようで、王座への道に大穴が開いていた。
「ふはははははははっ! どうだ、このパワー!!」
一発でもくらえば全身が粉々になるだろう。風圧だけでも体が吹き飛ばされそうだ。
しかし動きが鈍すぎる。当たらなければどうということはない。
「攻撃力は認めるが、背中がガラ空きだぞ!」
戦士が無防備な魔王の背へと反撃した。鋭利な剣の一振りが紫鱗へと走る。
戦士の 攻撃!
戦士は 12のダメージを受けた!
ええ!? 何で攻撃した戦士の方がダメージを受けたの?
「くっ、硬い……だけではなさそうだな」
確かにインパクトの瞬間に魔王の体が鈍く光ったように見えた。いったいどんなカラクリがあるというのか。
「ふはははははははっ、そんな惰弱な攻撃など毛ほども痛くないわっ!」
深く腰溜めしてからの正拳突きを、後ろに飛び退って回避した。一撃必殺の恐怖からか、そのプレッシャーに拳が見た目以上に大きく見える。
魔王・ハイヤーエヴォリューションの 攻撃!
勇者は 攻撃を回避した!
勇者は 8のダメージを受けた!
風圧がわたしの体を横殴りにした。完全に回避したのにダメージを受けるなんて反則だろ。
「はははっ! この肉体から繰り出される攻撃は回避したところで無傷では済まんぞ! さらにこの鱗はあらゆる物理攻撃を反射させることが可能なのだ!」
まじでか!? だからさっき戦士はダメージを負ったのか。
「これが《物理を極めし者》の力だ。その代償として魔法耐性はマイナスまで下がるがな。だがそこの魔法使いはもはや魔力切れ。貴様らには百に、いや万に一つ勝ち目はない!」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
悔しさの余り歯軋りするマホツカ。わたしの魔法も自身の強化だから通用しないだろう。
しっかしなんつー無茶苦茶な能力だ。マホツカが魔法を使えないのをいいことに。
あれ? でも誰かが攻撃魔法を使えたような……、は!
「僧侶ちゃん、お願い!」
「その言葉を待っていましたよ、勇者さん!」
いつになくハイテンションな僧侶ちゃん。精霊王から授かった魔法を使ってみたくてウズウズしていたのだろう。そして今がまさにその時だ。ここで使わずにいつ使うというのか!
「いきますよ! 暴風れろ、《嵐の天乱魔法》!!」
僧侶ちゃんの口からそんな乱暴な言葉が紡がれるなんて……、だがそれもいい!
「だにぃっ!? 魔法だと!?」
目玉が飛び出すかと思えるほど驚愕する魔王以下略。こいつは本当に世界を闇で覆いつくさんとしている人類の敵なのだろうか。ただの噛ませ犬にしか思えない。
そんな魔法耐性マイナス値な魔王の足元から竜巻が発生する。風の渦巻きが巨躯を余すことなく呑み込む。精霊王が使用した時以上の大きさだ。
「ぐおおおおああああぁぁぁあーーー」
飛ばされまいと必死に床に張り付く魔王。しかし抵抗空しく竜巻に持ち上げられると、その身に翠色の風刃が襲い掛かった。
僧侶は 精霊魔法を唱えた!
魔王・ハイヤーエヴォリューションに 256のダメージ!
魔王・ハイヤーエヴォリューションに 232のダメージ!
魔王・ハイヤーエヴォリューションに 241のダメージ!
魔王・ハイヤー…………(なげ)、
魔王・ハイヤーエヴォリューションに 合計3123のダメージ!
魔王・ハイヤーエヴォリューションを 倒した!
つ、つえー!!
純粋に魔法の威力がすごいのか、はたまた魔法耐性マイナスはダテじゃなかったのか。どちらにせよ魔王を倒したことに変わりにはない。
これでわたしたちの勝利である。
今度こそ成仏しろよ。魔王……なんとかエヴォリューション。